第3話 中編

「始まったみたいね」


 空中にて待機中のグリペンこと立花涼子は、やや退屈そうにそう言った。


 両手足が義手義足で、両足に飛行用のジェットエンジンを搭載して飛行できるために、涼子は偵察やこうした遊撃要員としての役割を与えられることが多い。


 現在、この倉庫はラファールの風神結界によって完全に封印されている。

飛び出しただけで突風に阻まれ逃げ出すことはできない。


 だが何ごとも例外というものが存在する。特に吸血鬼は翼を持つものがいるために、空を飛んで逃げることもできるのだ。


 それだけにこの風の結界を突破することも、決してあり得ないことではない。


「やり過ぎないといいんだけどなあ」


 上杉荘龍と結城圭佑は、それぞれ隊長と副隊長を務めるだけに、その戦闘能力も抜きんでている。


 涼子も何度かその強さに助けられてきたために、そのことは十分理解している。問題なのは、その強さが変な方向性に向いてしまうことだ。


「隊長、愛妻家だもんなあ」


 荘龍はデルタ唯一の既婚者だが、愛妻家でもある。今回の有給も奥さんと愛を育むために取ったものだ。


 ところが管轄外の仕事に無理やり有給を取り消され、挙句の果てに草津から四時間かけて無理やり呼び戻されているわけで、怒らない方がおかしい代物である。


「暴れ過ぎないといいんだけどね」


 以前など、奥さんを負傷させようとした相手を、怒りのあまりにフルボッコにした挙句、二度とスクワットも腕立て伏せもできない体にしてしまったほどだ。


 普段は明るく振る舞う一方で、任務に忠実だが、奥さんが絡むと文字通り人格が変わる。


 紅蓮に染まる装甲と自分の名前から「紅蓮の龍王」という異名で恐れられていた。


「考えると頭痛くなるから、真面目に仕事しよ」


 荘龍が暴れ出した場合、それを止められるのは副隊長の圭祐か、あるいは室長だけだろう。

 他に止められるとすれば、かろうじて、自分と宗護、冬の三人だろう。それでも、入院は覚悟しなければならない。


 そんな、恐ろしい想像をした涼子は最悪の事態を考えることをやめて、真面目に上空監視の任務に専念することにした。


***


 吸血鬼という生物には独特の特性が存在する。


 それは血を吸う文字通りの吸血能力や、太陽光を始めとする強力な光に弱く、それ以外の方法では、基本的に満足なダメージを与えることが出来ないという強い生命力などである。

  

 だが、最大の特徴は噛みつくことで自分のウイルスを他者に感染させ、支配下に置くという力だろう。こうすることで、吸血鬼たちは自分の同族を簡単に生み出せる。


 通常の生物が性交を基本に子孫を増やすのとは対照的に、吸血鬼たちは自らの力で他種族を強制的に同族にすることが出来る。

 

 だが純粋な吸血鬼という種族を生み出せるわけではない。大半の吸血鬼が他種族をウイルス感染させた場合、吸血鬼ではなくグールを生み出してしまう。


 グールもまた吸血鬼に近い生物ではあるが、知性は大幅に減少し、ほぼ本能のままに行動するなど限りなく野生動物に近い。


 また、血を好む吸血鬼とは違い、グールは肉食であり時には共食いをするほど理性が無い。また吸血鬼がグールを生み出す確率は95%と言われている。


 性交ではなく感染で同族を増やせることは決してメリットではない。また吸血鬼の出生率は人間と比較しておよそ二十分の一程度であり、吸血鬼が強い生命力を持っている中で繫殖力が低いのはこうした特性にある。


 それでも吸血鬼の存在は魔族の中でも一番危険視されている。噛みつき一つで、人間を含めた他種族を怪物に変えてしまうという、生きた生物兵器という特性は、日本に限らず世界中で危険視されているのが現状である。


「面倒ごとに巻き込まれた」


 だるそうな口調で、圭祐は右腕から雷撃を放ち続ける。


「そりゃこっちの台詞だ」


 クリムゾンからレーザーを連射させながら、荘龍はグールを確実に仕留めていく。グールは厄介ではあるが、生命力という意味では吸血鬼には及ばない。頭や体の中心部を打ち抜けば、無力化は容易い。


「しかしまあ、なんでこんな連中相手に四時間も眺めてるんだろうな」


「俺たちほどの武器を持っていないからだろう」


 グールたちを次々に仕留めていく二人が、ある意味異常なのである。低級なグールですら、完全に仕留めるには最低限の装備として、特殊な処理をした弾丸を装填した軽機関銃が必要になる。


 だが、これはあくまでもグールと戦う上での最低装備に過ぎない。


「霊安室の連中は科学に疎いからな。能力にしても、戦闘向きな奴が少ない。それに、この騒ぎはここだけで起きていることじゃないからな」


「初めっから自分たちだけで独占するからこういうことに……」


 荘龍が途中まで言いかけると、鉤爪の付いた鋭い蹴りが飛んでくるも、荘龍は片腕でそれを受け止める。


「へえ、これ受け止められるんだ?」


 理性を失っているグールとは真逆の、技を使った攻撃。どうやら、本命が出てきたようだ。


 黒い肌と羽根、黒みがかった赤い瞳、そして鋭い牙。野獣のようなグールとは対照的な肉体はまさに吸血鬼の特徴そのものである。


「まさか、僕らと戦える人間がいるなんて思わな……」


 途中まで言いかけたタイミングで、吸血鬼の顔を紅の閃光が貫いていた。


「あ? ごめん聞こえなかったわ。ちゃんと話せよ」


 ふざけた口調で荘龍はクリムゾンを突きつけていたが、さらに両手足を打ち抜いていた。流石の吸血鬼も、思わず地面に突っ伏すが、すかさず荘龍は吸血鬼の頭を踏んずけた。


「どういう気分だ? 人間に頭踏まれるのは?」


 わざとらしく、サディスティックな口調で荘龍は意地の悪い質問をする。


「最悪に決まっているだろ。たかが人間が、選ばれた僕らに対してなんでこんな不遜な真似を……」


「吸血鬼になったぐらいで勘違いし過ぎだぜ。お前がグールじゃなくて吸血鬼になったのは単純な確率論だ。ギャンブルで一山当てたのと大差ねえんだよ」


 吸血鬼に噛まれて、グールではなく吸血鬼になる確率はわずか5%。それをギャンブルと言い切るところに荘龍の口の悪さが入っているが、荘龍は吸血鬼になったことを決して特別な存在になったという認識を持たないようにしていた。


「ところで、お前がこの騒ぎ起こした吸血鬼か?」


「だったらどうしたっていうのさ?」


 頭を踏まれながらも、自尊心を保ったままの吸血鬼ではあるが、荘龍は容赦することなく、頭をさらに踏んづけた。


「てめえのせいで、ここに拉致された人達や働いていた人達が化け物になっちまったよ。やってくれるじゃねえか。一度グールになったら、人間に戻れないことぐらい知ってるだろ」


 グールや吸血鬼に変質してしまった場合、現在の医療では元の人間に戻すことは不可能である。


 これはゆで卵をゆでるまえの生卵に戻そうとするに等しい。それほどまでに、元の人体が変質化しているために戻すことが出来ないのだ。


「つまり、吸血鬼やグールになったら、隔離か処分するしかないんだ。お前らのやったことは立派な大量殺人なんだよ」


「殺すのは君らだろ。身勝手なものだね」


「だな、だからお前も心置きなくご臨終してろ」


 ふざけた口調で語る吸血鬼に、荘龍はその頭部にクリムゾンを突きつける。先ほどのレーザーではなく、よりエネルギーを凝縮した荷電粒子ビームの弾丸、エネルギーマグナムを発射した。


 吸血鬼の上半身は一瞬で消し飛び、下半身だけが残るという些か無様な死体となっていた。


 エネルギーマグナムは貫通重視のレーザーとは対照的に、命中した対象を焼き焦がしたり、大ダメージを与えるために使われる。連射できるレーザーと違い、些かチャージタイムが必要になるが、破壊力は非常に高い。


「口は禍の元ってな」


「この場合、逆鱗に触れたっていうのは正確なんじゃないか?」


「どっちでもいいわ。それより、雑魚片づけはどうよ?」


「あらかた炭にしておいたが、涼子の話じゃここに立てこもった吸血鬼は五体。お前が一人倒したから、後四匹いるな」


「全く、面倒なことになっちまったぜ」


 そうぼやく荘龍であったが、今度は二人目掛けて鉄骨が飛んできた。荘龍は右足で蹴り飛ばし、圭祐は最小限の動きでこれを回避する。


「どうやら現れたようだな」


「その方が楽でいい。まとめてぶっ飛ばしてやれるからな」


 二人を眺めるかのように、四体の吸血鬼が姿を現す。まるで自分たちこそが主役であると言わんばかりの態度で。


 しかし、荘龍も圭祐もグール以上の戦闘力を持つ吸血鬼相手に些かも怯んではいなかった。


 そうでなければ内務省特務捜査官を名乗れない。ましてや、人を守るために犯罪に立ち向かい、その精鋭としてこうした人外の存在と戦うことなどできやしないのだから。


 

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