第6話 前編

 国家保安局には多くの能力者が存在するが、能力者には大きく分けて三つの系統に分類することが出来る。


 念動力を使い、物体を動かし、捻じ曲げるサイコキネシスや相手の心理を読み取り、会話が可能なテレパシーや、物体から記憶などを読み取るサイコメトリー、そして瞬間移動が可能なテレポーテーションなどが使える念動力系。


 気力を原動力とし、火や水、風、雷などを発生させ、物質に干渉、制御ができる元素系。


 そして、霊力を原動力とし、相手に呪いや幻術をかけ、また死者の言葉などを聞くことが出来る超常系の三つに分類される。


 それぞれ長所や短所が存在するが、特捜室には念動系と元素系の能力者が多く、霊安室は超常系の能力者が多く所属している。


 霊安室と特捜室の対立にはこうした能力者同士の対立という、面倒な背景が存在している。


 その霊安室の長である皇征士郎すめらぎ せいしろうと、特捜室の長である加納明之かのう あきゆきは互いに不快な思いを抱きながら、昨日の事件についての話を行っていた。


「昨日はずいぶん暴れてくれたそうだな」


 征士郎の挑発的な言葉に、明之は少々困り顔になった。


「そうだなあ、君たちが三十人で包囲していた中で、我々はたった五名でケリをつけてしまったからなあ。嫌みなことをして申し訳ない」


 挑発的な征士郎に明之も一歩も引かずに挑発的な言葉をぶつけてきた。


「それにしても、四時間かけて数珠を握って呪詛をしていた割には、人質全員グールと吸血鬼になったそうじゃないか。おかげで、ウチのデルタたちが全員皆殺しにする以外にするしかなく、その結果として30分ほどで片が付いてしまったそうで、これも本当に申し訳ない」


 詫びたフリをしながら頭を下げる明之に、征士郎は激しくテーブルに拳を叩きつける。


「調子に乗るな! 大体この案件は我々が専属で任されている!」


「お言葉だが、君たちだけでは手に負えないからこそ、我々は内務次官経由で指令を受けたに過ぎない」


 霊安室は保安局長官を筆頭に、上層部との深いつながりを有している。だが特捜室、というよりも室長である加納明之は内務省そのものとの深いつながりを有している。


 国家保安局は内務省の外局に過ぎない以上、結局は親分とも言うべき内務省の意向を無視することなどできないのだ。


「すでに今月に入って三件、吸血鬼が発生している。それに伴って被害者はすでに百人を超えている。君らにも面子はあるだろうが、人命よりもそれは優先されるべきことか?」


 国家保安局が「命を守るために犯罪に立ち向かう」ことを理念にしている以上、優先されるべきは面子よりも人命なのは当然の発言だ。


「だが専任で捜査に当たっているのが我々だぞ!」


「その君たちに任せている結果が昨日の有様ではないか?」


 明之は後ろに控えた二人の部下、上杉荘龍と結城圭佑に視線を向けてそう言った。


「まあ、我々はおっしゃる通り、30分以内でケリ付けましたけどね」


 皮肉るように荘龍はそう言った。


「初めから任せていただければ、被害者数はもっと少なくできたと思いますけどね」


「たらればの話など聞きたくなどない」


 圭祐の主張に征士郎はそう否定するが、明之らは全く怯んでなどいない。むしろ呆れていた。


「得体のしれない代物が見えたり、幻術をかけることに一生懸命になるのも分かるが、現実と現状もしっかりと見ておくことをお勧めする。とにかく、我々も独自で捜査を行う。異を唱えたければ、本省に文句を言い給え」


 盛大な皮肉で明之がそう言うと、荘龍は爆笑し、基本クールな圭祐もほくそ笑んでいた。


「それにしても、総勢30名で挑んで四時間も無駄な時間を過ごし、こちらはたった五名で三十分で解決したのだがな。これについて、何か言うべきことがあるのではないか?」


 霊安室と特捜室は決して友好的ではないが、それは霊安室室長の皇征士郎と、特捜室室長の加納明之が互いに対立していることにある。


 だが、厳密にいえばそれは霊安室の尻拭いや失態を、特捜室が文字通り尻拭いしているからに他ならない。


「何が言いたい?」


「単刀直入に言おう。君らではそもそもこの事件を専任で扱うには荷が重すぎるということだ。我々に一任しろとは言わない。君たちにも専任でやってきた面子もあるだろうしな」


「それが分かっていながら、専横を振るう気か?」


 征士郎の発言に思わず、荘龍は爆笑してしまった。


「アハハハハハハ!!! 専横って、四時間も数珠握って空拝んで、人質全員グールにしておいて、何の処罰も食らっていない方がよっぽど専横してるでしょ。一昔前だったらハラキリもんですわ」


 腹を抱えながら、荘龍は痛烈な皮肉を飛ばす。


「大体、自分たちだけで問題なくやれてるなら、こっちも動かないし面倒でしょ」


「なんだと貴様!」


「あ?」


 征士郎が睨みつけるが、若くして文字通り死線を潜り抜けてきた荘龍にしてみればエリマキトカゲの威嚇程度にしか感じない。


 対して、死線を潜り抜けてテロリストや魔族、戦闘ロボットやバイオロイド相手に戦ってきた荘龍の威圧は、文字通り紅蓮の龍王と呼ぶにふさわしい。


 睨みつけられた瞬間に征士郎は視線を反らしてしまった。


「おい荘龍、それぐらいにしておけ」


「さーせん」


「まあ、ともかく、これは我々の判断ではなく本省の判断なのでな。あまり君たちもわがままを言うと、今度は大臣に叱責されるかもしれんからな」


 言いたいことだけを言って、明之たちは去っていったが、皇征士郎はさっそく参事官の八並を呼び出す。


「ご当主、この度は一体?」


 八並がおびえている中で、征士郎は手にしたコーヒーカップを八並の頭に投げつけた。


「この大バカ者が!」


「お、お許しください!」


 陶片が刺さり、頭頂部から血が噴き出ているにも関わらず、痛みよりも征士郎を怒らせてしまったことがそれよりも恐ろしく感じているらしい。


「貴様を何のために参事官にしたと思っている! 愚鈍で大した能力もない貴様を取りたてたのは、貴様の忠誠心を買ったからだ! それをあの成り上がりの加納明之と、その部下である上杉荘龍に好き放題に引っ掻き回されおって!」


 決して有能とは言えない八並を出世させたのは、征士郎の判断からだ。愚鈍で機転も利かないが、自分に対する忠誠心だけは誰にも負けない。


 だからこそ、危険な仕事を任せてもとりあえずは処理するその愚直さを征士郎は評価していた。


「それとも貴様、そこまでして命が惜しいか?」


「滅相もございません! ですが、我らの力では吸血鬼に対抗するのは……」


「言い訳などいらん! 結局は命を惜しんでいるということだろうが!」


 とは言うが、実際のところ対吸血鬼用の装備などは霊安室は持ち合わせていない。かろうじて、力のある能力者たちをかき集めて対処しているというのが現状だ。


「八並だけではないぞ! 貴様ら全員も同じことが言える」


 その言葉に八並以外の霊安室のメンバーたちの顔色が変わった。


「命を惜しむな、名を惜しめ。二の足を踏むものは分かっているだろうな?」


 その言葉に全員が黙り込むが、この場合の無言は肯定を意味していた。


「しかし、忌々しい連中だ。なんとしても、我々霊安室主導での事件解決を図らねばならんな」


 この事件には組織の存亡が文字通りかかっている。それだけに、これ以上の失態は犯せない。


 改めて、皇征士郎は霊安室全員に激を飛ばしたのであった。

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