第6話 後編


「しかし、奴らも面倒な案件を専任で選んだものだな」


 コーヒーを飲みながら、明之は自身のオフィスにて荘龍と圭祐相手にそう呟いた。


「連中の源流って、もともとは退魔師ですからね。まあ、拝み屋や占い師の沿線上から発足したのが霊安室です。妖怪退治と勘違いしているんじゃないですか?」


 圭祐が皮肉を口にするが、霊安室の源流はまさに心霊現象への対策として作られた。古来より名の知れた霊能力者というのは、いわゆる超常系能力者ミュータントのことであり、彼らの活躍により、呪術などへの対応ができるようになった。


「ところが、吸血鬼もグールも妖怪ではなくちゃんとした生物ですからね。怪物ではありますが、数珠を握って呪文を唱えたり、幻術一つでどうにかできるような連中じゃありません」


「時代錯誤な連中だからな。スマホも使えるかすら怪しい所がある」


「それに、霊安室はウチと違って捜査官としての試験を突破しているメンバーは一割程度しかいませんからね。ほとんどが縁故、能力者ミュータントであればかたっぱしに採用していますし」


 特捜室は捜査官全員が、試験と訓練を突破した能力者ミュータントばかりである。いわば、実力あるスペシャリストたちで構成されている。


 ところが、霊安室は超常系能力者ミュータントであれば基本的には試験も何もない形で採用が決まってしまう。


「霊安室は皇家が代々室長を務めているしな。一昔前の陰陽師の集団のようなものだ」


「宇宙にまで進出できる時代で、今時ああいう時代錯誤な組織だと、逆に恥ずかしいですけどね」


 言いたい放題なことを口にしている明之と圭佑の影で、荘龍はひたすら不愛想な態度のままであった。


「なんだ、いつもならあいつらをぶちのめしそうな奴がずいぶんおとなしいな」


「人を何だと思っとるんです?」


「特捜室一の問題児で、同時に不肖の甥っ子だ」


 コーヒーを飲みながら、明之はからかうような口調でそう言った。荘龍の母は明之の姉であり、二人は実の叔父と甥の関係にある。


「姉ちゃんも苦労するよな。こういう息子がいるんだから」


「よう言うわい。かーちゃんにくっそ面倒見てもらって泣き虫を治してもらったそうじゃないですか。お・じ・さ・ん」


「バカタレ! あれは姉ちゃんのシゴキの正当化だからな。我が姉ながら、狂暴でいかん。そう言う所はお前らそっくりな親子だ」


 母親の話題になると、荘龍は途端にバツが悪い態度を取る。この世で頭が上がらない人物の一人であるだけに、あまりその話題に触れてほしくはないのである。


「ま、それはともかくとして昨晩はよくやってくれた。おかげで奴らの間抜け面を堪能できたよ」


「人を有給中に群馬から呼び出しておいて、よく言いますね」


「ここぞとばかりに頼りになる奴がお前しかいないんだから仕方ないだろう」


「そこの陰険サングラスにだってできるでしょうが。というか、マジでコレで夫婦の危機になったらどう責任取ってくれるんですかね?」


 霊安室の連中から無理やり主導権を奪うためだけに、自分を群馬から呼び戻したことに荘龍はまだ恨みを忘れていない。


「そのおかげで、今回の吸血鬼事件についての情報なども取得できたし、吸血鬼の戦闘力も確認できた。装備さえそろえれば、お前だだけではなく、1課を始めとする他の組織も動かせる」


「んなもん、オジキの権限でどうにでもなるでしょ」


「バータレ、役所には予算の名目が無いとボールペン一つ発注できんのだ。今回お前たちが派手に暴れたこと、そして、霊安室が四時間も放置しなければならないほどの相手だったこと、その事実から対吸血鬼用の装備を拡充させるだけの名目は得られた。これは本当にお手柄だった」


 魔族用の装備は基本的に高額であるが、対吸血鬼用になるとほとんどバイオテロ関連の装備も加わるために、より高額となる。


 その為、国家保安局といえども簡単には装備し続けるには相応の名目が必要になる。


「それ以上に私には気になることがありますけどね」


「奇遇だな、俺もだわ」


 圭佑も荘龍も、今回の事件に一つの違和感を抱いていた。


「お前たちの言いたいことは分かるぞ。吸血鬼の支配者ドミネーターのことだな」


 明之の言葉に二人とも素直にうなずいた。


 吸血鬼やグールの存在は、ほとんど病原菌と同じ扱いだ。口蹄疫のように、感染した個体を殺処分することが第一優先されるが、それは感染した吸血鬼やグールになった人間は、元に戻すことが不可能だからである。


 特に吸血鬼の場合、支配者ドミネーターという感染源とも言うべき存在がいる。


「吸血鬼からグールが生まれるだけならまだマシだ。グールに感染能力はないが、吸血鬼になった場合はそこからさらにグールと新しい吸血鬼が生まれる」


「そうなると、延々と駆除合戦になってしまいますからね」


「だが、今回の事件は支配者ドミネーターを仕留め切れていない。広範囲にわたって何度も同じ事件が発生しているからな」


 支配者ドミネーターを倒さない限り、吸血鬼が減ることはない。過去に三度に渡って吸血鬼によるテロが発生したが、いずれも解決に至ったの支配者ドミネーターを仕留めたからである。


「ということで、表の捜査の方は1課に任せる。お前たちには支配者ドミネーターを特定するように」


「その後に殺処分ですか?」


「その通りだ。だが、霊安室の動きは気になるな」


 荘龍の問いに答えた後に、明之は首を傾げていた。


「奴ら、どうも動きが悪すぎる。いくら何でも後手に回りすぎているからな」


 吸血鬼退治を行う上でのポイントは、支配者の特定と処分、感染してしまった個体の隔離ならびに処分が原則である。


 これを徹底していれば、被害は最小限に抑えることが出来るのだが、霊安室はあまりにも後手に回っていることが明之は不思議に思っていた。


「吸血鬼の数に対応しきれていないのでは?」


「それだけであればいいのだがな。ああそうだ、これはオフレコになるが、そろそろ組織改編が始まる」


「組織改編?」


 唐突な話題に荘龍は好奇心を抱く。


「霊安室と特捜室を統合して、新たに特殊犯罪専門の捜査本部を立ち上げることが内々で進んでいる。流石に、こうも犯罪率が増加しているからな。それに見合った組織への改編が急務であると判断されたわけだ」


「で、その改編後の主導権を巡って争ってるってわけですか」


 荘龍は皮肉を言ったが、それは霊安室と特捜室の対立の核心を突いていた。統合といえば聞こえがいいが、企業の対等合併ですら力が無い側の方が冷や飯を食わされるのが当たり前だ。


 ましてや、互いに犬猿の仲の組織が統合するのであれば、当然のことだが対立は必須となり、統合後の主導権を狙うのは自明の理だろう。


「今のところは、特捜室が圧倒的有利だ。ウチは魔族の捜査官もいるが、皆が皆特務捜査官としての有資格者ばかりで構成しているからな。実績も積み重ねている。一方で、霊安室は縁故採用の資格持ちは最低限。おまけに落ち目だから、まあ実質的にはどっちかの廃止だな」


 実績面から見れば、特捜室が時期本部昇格するのは自明の理だろう。対魔族やロボット、バイオロイド等の装備や捜査活動による犯罪抑止や検挙率での実績は霊安室を上回っている。


 地道に積み重ねてきた実績面は、惰眠を貪ってきた霊安室とはくらべものにならない上に、霊安室は過激化する特殊犯罪にも対応しきれていない。


「だから、お前たちは気にせずにしっかりとやるべきことをやればよろしい」


「そうですが、んじゃ優しい優しい室長様に一つお願いがございます」


「何だよ」


 珍しく自分に頼みを言ってくる荘龍に明之はほくそ笑む。


「昨晩活躍したので、今日は午後から半休ください」


「なんで?」


「決まってるでしょ! 奥さんの機嫌を取り戻すためです!」


 なんだその話かと言いたげな目で明之と圭祐は荘龍を見たが、荘龍はいたって真剣だった。


「昨日なんて、風呂入ってそのままラブラブしようかと思った瞬間に群馬から戻ってこいですからね。俺がどんな気持ちで奥さんの機嫌取ったか分かります?」


「結婚なんてするからだろ」


「嫁の躾がなっていないからだ」


 荘龍のやや怒りがこもった発言であっても、圭祐は結婚を、明之は奥さんそのものを揶揄する。


「あ、今の言い方ムカついた。これはあれだな、オジキ、今の発言かーちゃんに言いつけてやるからな。圭佑、お前もついでにかーちゃんにチクっといてやるから」


 そう言うと、荘龍はスマホの録音画面を見せつける。途端に圭佑は顔色が悪くなり、明之に至っては血相を変えていた。


「な、お前録音していたのか?」


「当たり前でしょ! どっかの陰険サングラスと、暴君相手に無防備になれるわけがないでしょが。ちなみに、僕の奥さんが僕のママと実の娘も同然レベルで可愛がっていることは二人も知ってるよな? どういう反応になるかな?」


 圭祐も実は明之とは甥と叔父の関係でもある。明之の亡くなった奥さんは圭祐の父の妹、つまり叔母にあたるためだ。


 そして、圭祐と荘龍は義理の従兄弟の関係にあたり、圭祐も荘龍と同じかそれ以上に荘龍の母に可愛がられてきている。


 そして、荘龍の奥さんはそんな荘龍の母親とは非常に仲が良く、その親密ぶりは荘龍が婿養子ではないかと揶揄されるほどである。


「かーちゃんに聞かせたら、二人ともフルボッコだろうなあ。かーちゃん奥さんのこと溺愛しているからなあ。まあ、こっちの要求聞いてくれたら、僕の胸三寸でとどめておくんだけどなあ」


 露骨なまでの脅迫ではあるが、圭祐にとっては叔母、明之にとっては姉にあたる荘龍の母はある意味恐怖の対象である。


 明之にとっては、自分を強い男にしようとシゴキまくった鬼のような姉だ。おまけに自分と同じ念動力を使う能力者ミュータントなのだから、余計に恐怖を感じていた。


「分かった! 午後と言わず、いまから休みにしていいから。帰っても大丈夫だ!」


「では、お言葉に甘えて失礼いたします。後のことはよろしく」


 荘龍が意気揚々と帰宅しようとしている中で、アーマード・デルタの副隊長と、特捜室室長は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


 そして、荘龍に弱みを握られたという事実に自分たちの迂闊さと、怒らせてはいけない相手の逆鱗に、思いっきり触れてしまったことの愚かしさを反省したのであった。

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