第18話 後編
「これは一体どういうことだ!」
一人怒り狂い、激昂する皇家当主、皇征十郎は息子の征一郎とエリクシル社CFO吾妻幹久相手に感情をぶつけていた。
「と、言われましてもねえ」
「とぼけたことを抜かすな! 何故銀座で吸血鬼騒動などが起きている! しかも、その吸血鬼になったのが霊安室の隊員だと?」
征十郎が激怒するのも当然だろう。全ては自分の知らぬところで事態が進んでおり、それが決して消えることのない失態であり瑕疵なのだから。
「吾妻、貴様なぜこのようなことになったか説明できるのであろうな?」
「無論です。今回の一件ですが、全ては征士郎様より依頼されたことですからね」
征士郎の依頼という言葉に征十郎は硬直した。
「征士郎だと? 吸血鬼騒動は全て、征一郎率いる鬼道隊が対処すると決まったばかりではないか! それが何故、征士郎が今更になって出しゃばる!」
「あいにく私には理解が……」
「ふざけるな!」
とぼけた吾妻のネクタイを征十郎は締め上げる。
「貴様があやつをたぶらかしたのだろう! 出なければこんな愚行など犯すものか!」
今、皇家は窮地に立たされている。
霊安室のメンバーたちが吸血鬼になり果て、しかもエリクシル社と手を結んでの陰謀があったことまで暴露されてしまっている。
「おかげで今、気づけば内務大臣にまで問い合わせが来ているのだぞ! 貴様らのために購入した株券のことすら追求されている始末だ!」
エリクシル社と手を組み、吸血鬼の因子を手に入れる。そして、エリクシル社には吸血鬼の因子を使った実験の後始末と共に、資金援助を行うということで、皇家とエリクシル社は手を組んでいた。
「それはご愁傷様です」
「貴様舐めてるのか! このままでは貴様らまで潰えるのだぞ!」
明確な証拠は存在しないが、エリクシル社と皇家との陰謀が露呈した以上、もはや霊安室云々の問題ではなく、皇家を中心とした派閥そのものが罪に問われる状況となっている。
そうなれば、その矛先は当然ながらエリクシル社に向くだろう。
「そうですなあ、遅かれ早かれ警察と保安局が介入するのは避けられますまい」
悠長で他人事に答える吾妻に征十郎は更なる怒りを見せるが、吾妻は征士郎の両腕を信じられないような握力で握り締めた。
「き、貴様なにを!」
普通の体格で一般人に過ぎない吾妻の握力に、征十郎は痛みと共に驚愕する。
「ここまでは全て計画通りなのですよご当主。いえ、時代遅れの遺物殿」
残忍な笑顔を見せ、吾妻は征十郎を見下すがそこには傲岸不遜さを通り越した嗜虐さが映っていた。
そのまま吾妻は征十郎を突き飛ばすし、ネクタイを正す。
「我々の計画は全て、成功していますよ。何の狂いもなくね」
「この無礼者め! 征一郎、やれ!」
激昂した征十郎は息子に制裁を命じた。だが、征一郎は父である征十郎の襟元を掴む。
「何をしている!」
「父上、全ては順調に進んでいるのですよ」
その一言と共に征一郎の拳が征十郎の顔面を打ち砕いた。
肉が潰れる音、歯が砕ける音が混じりあい、征十郎の顔には恐怖が映し出されていた。
「な、何を……」
「私が父上を殴ったのですが、それすら分かりませんか?」
歪んだ笑顔と共に、征一郎は更なる一撃を拳へと叩き込む。
再び歯が折れ、口内の肉が切れ、そして鼻の骨すらも折れてしまっていた。
「弱いですな、この程度の戦闘力しかないのに当主面していたのですね」
飽きれた口調で鼻と口から血を流し、のたうちまう父を征一郎は見下ろしていた。
「貴様、裏切ったのか?」
痛みを押さえながら、かろうじて当主として毅然と振る舞うが、今度は顔面に
足先蹴りが付き去り、サッカーボールのように征十郎は庭に蹴とばされた。
「裏切ってなどおりませんよ父上」
不敵に微笑む征一郎には、狂気がにじみ出ていた。
「私は常に私の味方です。あなたの味方になったことなど、一度たりともない」
「この!」
征十郎が右腕に霊力を込めるも、その前に征一郎が素早く、右腕を取り、枯れ木の如くへし折ってしまった。
「ギャアアアアアア!」
絶叫と共に転げまわる征十郎の姿は、日本最大の霊能力者集団を束ね、政財界をも動かすフィクサーとは思えないほどにみじめであった。
「おお、良い声ですな。父上もまだまだ元気でいらっしゃるようだ」
実の父親を殴り、蹴り、しまいには腕をへし折ったとは思えないほどに征一郎は、笑顔のまま落ち着いていた。
「この分では後三十年は生きられるのではないですか?」
「いや、半世紀は生きられるだろう。この老人は他人の生気を吸って生きていけるからな」
吾妻の茶化しに征一郎は生真面目にそう言った。
「しかし、この程度の力しかないのに、よくもまあ大それたことを思いつくものです」
「身の程を弁えないからさ。皇家などすでに、いや、当の昔に滅んでいたのだからな。この程度の力しか持たず、鍛錬も研鑽もせぬ輩が当主を務めているのだから猶更だ」
痛みで動けぬ父に対して、征一郎は更なる侮蔑の言葉を投げつける。
「父上、あなたは弱い。霊力も含めて何もかも」
「き、貴様は一体何を考えている?」
かろうじて当主としての威厳を見せながら、征十郎は息子にそう問いかけた。
「言ったではないですか、私は私の味方だと」
冷えきった口調と共に征十郎の両耳が引きちぎられ、再び征十郎はのたうち回る羽目になった。
「聞く耳持たぬならば、不要ですな。しかし、いいお歳なのに元気ですなあ父上」
絶叫しながらのたうち回る父親に、笑いながら征一郎はそう言った。
「満足されましたか?」
吾妻が征一郎に声をかけるが、征一郎は首を振っていた。
「この程度で満足できるわけがないさ。私は、あの父親に散々煮え湯を飲まされ続けてきたのだからな」
ふと、征一郎は過去を振り返っていた。
皇征十郎の息子として生まれ、次男として扱われてきたが、彼自身の母は妾であり、征一郎はその子供であった。
愛人の子という立場であったが、兄である征士郎に匹敵するほどの霊力を持ち、無理やり母から切り離され、兄の取り巻きにいじめられる日々、妾の子という立場で見られる居心地の悪さ。
だが、それらを実力で黙らせていくことは快感でもあり、征一郎が生きていく上での原動力でもあった。
周囲のイジメや迫害すらも糧にしながら、実力を発揮して彼らよりも上の地位を手に入れていくことは快感でもあったからだ。
自分を見下していた奴が、自分が積み上げた実力と地位を前にすると狼狽し、恐縮し、そして
そうするたびに自分のやっていることは間違いなどではなく、むしろ正当な行為であることに征一郎は自信を持つようになった。
やがてそれは自分と同じく、跡継ぎになれないが実力を有した者達を糾合するほどに至り、一つの頂きに到達することができた。
しかし、それは過去の恨みを帳消しにできるかと言われれば、また別の話だろう。
「父上、私はあなたのことをずっと恨んでおりましたよ。もちろん、そんなことは一切表には出さず、心の中に止めておりましたが、父上はそのことに全く気づいてはいなかったようですな」
時には父と対立することもあった征士郎とは違い、征一郎は常に征十郎に対して忠実であり、明らかに無茶な命令であってもそれをこなしてきた。
だが、腹の底では憎悪がマグマのように煮えたぎっていたのであった。
「母親と切り離したことを恨んでいるのか?」
「それもありますが、私はあなた程度の人間に自分の運命を変えられたことが許せないのですよ。あなたのように弱く、愚かで、そして醜い存在に私は運命を変えられてしまった。自分の意思ではなくね」
母と生き別れになり、皇家にて養育されてから三年後に母は病死したことを征一郎は知った。
悲しいはずが悲しさが全くわかず、好きだったはずの母の死すら悲しめないほどに、自分が歪んでしまっていることに対しての怒りが沸きあがっていた。
「だからこそ私は全てを破壊すると決めたのですよ。この愚かな皇家も霊安室も。そして、我々の真の実力も見抜けぬ日本という国家に対してもね」
「そのために我々は、征一郎氏と手を組むことにしたのですよ。我々の提案にあなたは積極的に協力してくれた。そのことについてはお礼を言いますが、養分に礼を言うのもなんというか変な話ですからなあ」
征十郎は信じられないという表情のままに、自分が全て吾妻と征一郎に利用されていたことを知った。
全ては自分が制御していたはずである。それが、実は幻影に過ぎなかったことが信じられずにいた。
「父上、いや皇征十郎。あなたの役割はもう終わった。これからは私の奴隷となってもらいますよ」
虎が獲物を見据えるかのような表情に、征十郎は初めて征一郎に恐怖を抱く。
狂気でも激情でもなく、そのどちらでもある感情にひたすらに恐怖したのであった。
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