第18話 前編

 国家保安局の本庁舎には、隣接した別館が存在する。フロア図には別館としか記載されておらず、部署名等も一切記載されていない。


 だが、この別館こそが霊安室の拠点であった。


 その別館の入り口の扉を、結城圭佑と立花涼子が蹴とばして中に入る。


「さあ、行きましょうか」


「一応公費で建てた代物だぞ。丁重に扱え」


 平然とした口調で答える圭祐に、特別捜査室室長である加納明之は苦笑してしまった。


「緊急事態ですから仕方ありませんよ」


「そういう問題じゃない。大体お前らは……」


 明之が説教をし始めようとすると、参事官の山名冴子がそれを制する。


「室長、お気持ちは分かりますが今は彼らの力が必要かと」


 冴子の静止に明之は頭をかく。


「分かっている。しかし、これではヤクザの出入りと変わらんな」


「大阪府警はヤクザの事務所に乗り込む時に電動カッター持参でドアを開けてますよ」


 圭祐がしれっと事例を挙げてくるが、今度はため息をついてしまう。


「それは相手が相手だからだ。まあいい、さっさと行くぞ」


 盛大な入場を果たした中で、霊安室のメンバーたちが集まってきた。


「言わんこっちゃない。だからこっそりやるべきだったんだ」


 争いが始まりそうになることを予見しつつ、霊安室のメンバーたちは敵意むき出しでこちらを見ていた。


「貴様ら特捜室だな! 何しに来た!」


「大体無礼であろう! 何様のつもりだ!」


 何人かの職員たちが吠えるのと同時に、紫電の雷光が一瞬にして彼らに襲い掛かる。


「大声で騒ぐな、耳障りだ」


「お前の雷光の方がうるさい!」


 自重しろと事前に伝えたはずが、いきなり電気技を使った圭祐に明之は怒鳴りながら尻を蹴った。


「何度も言わせるな。俺たちは戦いに来たわけじゃない。いちいち面倒ごとを増やすな」


「すいません」


 どうも自分の甥っ子たちは短気で血が熱くなりやすい。


 困ったものだと思いつつ、やられた霊安室のメンバーたちの叫び声からか、さらに霊安室の捜査官たちがやってきた。


「ほら見ろ、話し合いに来たのに物騒なことになった」


 仲間をやられて怒りの表情を向けている姿に、明之は頭をかいた。


「室長、ここは私に任せてはくれませんか?」


 自分の意を組んでくれたのか、冴子がさりげなく意見を述べる。


「ああ、任せた」


 彼女ならば、これ以上面倒なことにならない。彼女には、デルタたちには無い特殊な能力があるからだ。


「では、さっそく」


 眼鏡をはずす冴子の目が怪しく光る。霊力が青白さから黄色に変化し、その色が庁舎全体へと広がっていく。


 同時に駆け付けた霊安室のメンバーたちが、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ち、寝息を立てていた。


「たいしたもんだ。ガスを使ってもこうはいかん」


 明之が感心するが、これが冴子の持つ能力の一つ常世瞳とこよのひとみであった。


 相手に幻術をかけ、夢の世界へと追いやってしまう。この能力を使えば、簡単に相手を集団単位で無力化することが可能だ。


「お前達も彼女を見習え。これぐらいのスマートさでなければ司法機関とは言えん」


 乱暴な部下たちに自省を促す明之であったが、圭祐は素知らぬ顔をし、涼子はただひたすら恐縮するばかりであった。


 アーマード・デルタのメンバーたちは勇猛果敢に戦うが、やり過ぎてしまうのが玉に瑕である。

 

 それに悩む明之としては、冴子の能力で諫めるつもりであったが、あまり効果が無いことに深くため息をついた。


「ある程度は片づけました。当時者との話し合いに向かいましょう」


 冷静なままの冴子に明之は当初の目的を思い出す。


「そうだったな。では、さっそく向かうか」


 四人はエレベーターではなく、あえて目的地がある七階まで階段を使った。


 エレベーターは容易く無力化され、下手をすると檻にされてしまう危険性がある。それを恐れての判断だ。


 階段を歩くと、あちこちに眠りこけている霊安室の職員たちの姿があった。ほとんどが弱い霊力から後方支援や事務に特化させられている者ばかりである。


 何人か、冴子の幻術にかかっていない者もいたが、それは圭祐と涼子が力づくで眠らせていた。


「ちょっと弱めにしたのですが、もう少し強めた方がよかったでしょうか?」


 首を傾げながら、冴子は力加減が上手くいかなかったことに満足していなかった。


「いや、あれぐらいでちょうどいい。君の力は強力だからな」


 常世瞳とこよのひとみは強制的に相手を眠らせ、夢の世界に閉じ込めてしまう。全力で使った場合、どんなことがあっても決して目が覚めることなく、永遠に夢の世界に閉じ込められる恐ろしい幻術である。


 力の強い能力者であれば解除することも可能だが、弱い術者、無能力者であれば、永眠しかねない。


「それに、今は二体の獣もいるしな。我々は霊安室と戦争するために来たわけではない」


 雷獣と幻獣のあだ名が付いた部下たちを眺めながら、明之はそう言った。


「いえ、室長に何かあったら一大事ですから」


「その時はこの二人に責任を取らせるから安心したまえ。君のことは頼りにしている」


 そう言うと、明之は再び歩み始めたが、釣られるかのように冴子もまた歩き出す。


「副長、参事官ってもしかして……」


 耳を真っ赤にしている冴子に、涼子が首を傾げているが、圭祐は「そういうのは家でいくらでも聞くから今は我慢しろ」と言い切った。


 とりあえず、そんなこんなで室長室にたどりついた一行だが、明之はドアをノックすることもドアノブを触ることなく、ドアを吹き飛ばした。


「お邪魔させてもらうぞ」


 圭祐と涼子に説教したとは思えないほどに乱暴なやり方ではあるが、二人はそのことに揚げ足をとることはなかった。


「ずいぶん、乱暴なやり方ではないか」


 顔色が悪い皇征士郎とは対照的に、明之は堂々とした姿勢を崩さずにいた。


「乱暴なことをやったお前達がそれを言うか?」


 皮肉に皮肉で返すと、明之は圭祐からタブレットを受け取り、ある画像を流した。


「これ、どういうことか説明できるか?」


 征士郎の目がタブレットに釘付けになる。


「貴様ら、これを一体どこで?」


「俺の可愛い部下たちが、吸血鬼から一般市民を守っている時に録画したものだ。デルタスーツに撮影機能が付いていることも知らないのか?」


 タブレットには宗護と冬が撮影した、吸血鬼と化した霊安室のメンバーたちが映っていた。


 しかもご丁寧に音声付であり、そこには明確に霊安室がエリクシル社と手を組んでいたこと、吸血鬼を生み出していた計画まで暴露していた。


「すでにこの情報は長官は無論のこと、内務次官と大臣にまで送っている。で、これはどういうことなのか、説明してくれ」


 淡々と冷静に話す明之ではあるが、その腹の中は今物凄く怒りが炎となり、溶岩のように煮えたぎっていた。


 気づけば部屋全体がかすかに揺れており、怒りを隠し切れていないが、それが冷静な表情と共にすさまじい威圧感を与えていた。


「これはだな、一部の部下が暴走しただけのことだ。エリクシル社のことなど私は知らん」


 目線を逸らして弁解する征士郎に、明之は呆れながら近くのソファーへと腰掛ける。


「なるほど、全ては部下のせいということか?」


「そうだ、勝手に奴らが暴走しただけだ!」


「なら、その暴走を止められなかったことや、管理責任を問われることは分かって口にしているのか? 仮にも君は室長だろう?」


 死んだ部下に責任を押し付ける征士郎に、明之は霊安室の長としての責任を投げかけた。


「後、エリクシル社だが、君と君の父上名義でエリクシル社の株の30%を購入している件についても確認しておきたい」


 矢継ぎ早に投げかけた言葉は、征士郎の心臓に見えない矢として刺さっていた。


「何の事だ?」


「とぼけてもらっては困る。ウチには優秀な部下がいるからな。エリクシル社について色々と調べているウチに、君ら名義で気づいたら株券が購入されていた。役員を送り込めるほどの株を購入している時点で、無関係であるとは済まされんぞ」


「補足ですが、状況証拠だけではなくある程度の証拠も用意していますからね」


 圭祐が助言するかのようにそう言ったが、対照的に征士郎の顔は苦虫を嚙み潰したようであった。


「私に何をするつもりだ?」


「正直に話してもらうだけのことだ。君らがやったことは内乱罪に該当する。判決が下った場合は、最低三十年間刑務所暮らしか、死刑のどちらかだが、逃亡などを図った場合は無力化しても構わんと大臣からお墨付きも得ている。

無駄な抵抗はやめた方が身のためだぞ」


 内乱罪は無期懲役か死刑のどちらかの選択肢しかない、今の日本では殺人よりも思い刑罰である。


 その内乱罪に加担している可能性を自覚しているだけに、征士郎はこれ以上の無視を貫くことの困難さを認識したのであった。

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