第21話 前編

『というわけだ』


 受話器越しに上司である加納明之の言葉に、荘龍は頭を抱えたくなる。副長である結城圭佑の推測から出た推理だが、明之も荘龍もその可能性は極めて高いと考えていた。


「第三者の存在がいるのは間違いないでしょうね」


 エリクシル社と皇家が自然に結びついたとは到底考えられない。


 皇家には相応の財力はあるが、最先端医療を専門とするエリクシル社と手を組んだのは間違いなく第三者がいたからだろう。


「それに、普通に考えれば手を組むと考える方がおかしいでしょう」


『その通りだな。実際、奴らが手を組んでいることを知っていたのは霊安室でもごく一部の連中だけだった」


「そもそも、連中がエリクシル社の商売や、その仕組みすら理解しているかすらも怪しいですよ。自分たちが理解できないものを受け入れる姿勢があったら、霊安室があそこまで没落することもなかったでしょうし」


 荘龍の嫌みが入っているとはいえ、指摘そのものは的を射ている。


 科学と個々人の能力を組み合わせて捜査を行っているのが特捜室だが、霊安室はそんな特捜室のやり方をバカにしてきた。


 結果、霊安室は凋落と没落を招き、不要論すら出てくることに追い込まれてしまった。


「かといって、エリクシル社にしてもそんな連中の手を借りるっていうのも抵抗はあるでしょう。連中は上場もしてますし、得体のしれない相手から出資受けて会社を乗っ取られたり、それがスキャンダルになったら元も子もない」


『間違いなく、両者が手引きをした者がいる。そして、それこそが本当の黒幕ということか』


「あの陰険サングラス、たまにはいい仕事しますわ。そいつを叩かないと、この事件は終わらないでしょうし、鬼道隊の連中もまだ捕まっていないんですよね?」


 銀座の一件で霊安室のメンバーは軒並み逮捕されており、拘束中となっている。しかし、皇征十郎と征一郎、そして鬼道隊のメンバーだけが未だに行方不明のままであった。


「案外、黒幕っていうのは奴らかもしれませんよ」


『そう考えれば納得は出来るが、少々解せないこともある。何故奴らはこの段階になってこんな事件を起こしたのかということだ』


 明之の言わんとしていることは荘龍にも分かっていた。


 霊安室を基盤としている彼らが、わざわざ霊安室を叩き壊すような所業を行うメリットなど本来は存在しない。


 自分たちの巣をわざわざ叩き壊す蟻や蜂がいないように、霊安室はマッチポンプであったとはいえ失態が出てくるまではそれなりに成果を出していた。


 ましてや、鬼道隊は特捜室に劣らぬ活躍を見せていただけに猶更だ。


「そこいらへんはまあ、奴らを捕まえて白状させれば真実は出てくるとは思いますが、ある程度の推測は出来ると思いますよ」


『推測だと?』


「鬼道隊の連中、皇家の中でも家を継げないけど実力者で構成された組織じゃないですか。活躍しても、大して称賛されるわけでもない。そういう状況じゃ、現状に不満の一つや二つ抱いていてもおかしくはないでしょう」


 そこまで言うと、明之が一瞬沈黙する。


『なるほど、そういう視点で起こした事件というわけか』


「頭のおかしいヨゴレなんて、無駄にプライド高いですからね。自分から見切りも付けられないし、嫌な場所から出て行って新天地に行くこともできない。頭に来たから、全部滅ぼすとか、そこまでいかなくても恥の一つぐらいかかせてやろうぐらいは思っていてもおかしくないですよ。行動力のベクトルがバグってるんですわ」


 恥をかかされたと報復する、今までの鬱憤を晴らすために復讐する。霊安室や皇家には、そういうことをやらかしかねない空気と風潮が蔓延っている。


 力が合っても認められず、力がなければゴミ扱いされる。


 かといってその力は荘龍や明之たちからすれば、手品も同然の弱くか細く、あってもなくても変わらない無用の長物が大半だ。


 中には実務的に役に立つ能力を持つ優秀な人物もいるが、性格と根性がねじ曲がっている者がほとんどである。


『あの環境では活躍したくても活躍できんだろうな。だが、動機はともかく追いかけるべき相手が誰なのかはハッキリしたな』


「鬼道隊の連中を追っかけてみますよ。俺は奴ら、というか皇征一郎が一番黒幕に近いと思ってますから」


『頼んだぞ』


「かしこまり」


 短く返答をすると、荘龍は椅子に腰かけ葉巻を吸う。煙が天井に模様を作りながら広がっていく光景を眺めると、自然に心が落ち着いていく。


 久しぶりの大事件に心躍ってしまうが、同時にこれ以上の被害を出さないようにするために動かなくてはならない。


 たぎる心を押さえ、一般市民への被害を無くすための行動するのが特務捜査官としての使命である。


 正義感に振り回されて、大事なものを見失わないように荘龍は常に心を落ち着かせるようにしていた。


 そうやってぼんやりしながら煙を眺めていると、ドアを叩く音が聞こえる。


「荘龍いる?」


 愛しの奥さんからの声に荘龍は「入ってきていいよ」と答えると、エプロン姿のレイが入ってきた。


「葉巻タイム中だった?」


「大丈夫大丈夫、もう終わるから」


 荘龍は葉巻の火を消してそう言った。葉巻は火が消えても、また点火すれば煙を楽しむことが出来る。


 リラックスするには、タバコよりも向いている。


「ちなみに、今日のご飯は何かな? 僕の奥さん」


 ニヤリと笑う荘龍にレイは全力で抱き着いてくる。


「お、お、レイちゃん、俺を晩御飯にするのはまだ早いから」


「知ってまーす! それに私を晩御飯にしたいのは荘龍だよね?」


 レイの指摘に荘龍はキスで誤魔化した。


「もう、荘龍ってホントエッチだよね!」


口元を拭いながらレイはわざと起こったふりをする。


「レイちゃんは晩御飯じゃありません! 食後のデザートです。違った?」


 不敵な笑顔でそう答えると、レイは頬を染めて目を逸らす。


「荘龍のドS……って、今そんなことやってる場合じゃない!」


 レイは荘龍の手を振り払った。


「真希ちゃんがお腹空かせてるから、急がなきゃ! 荘龍も手伝って!」


 そう言うとレイは全力で駆け出しながら台所へと向かっていく。


 いつもならば食後のデザートどころか、晩御飯のになっている展開なのだが、珍客のおかげで荘龍は少々肩透かしを食らった。


「ちぇ、せっかくのお楽しみがパーか」


 残念がる荘龍だが、レイの意外な面が見られたことから後悔はしていない。


「レイちゃん、子供生まれたらあんな感じになるのかね?」


 結婚してから四年経過するが、まだ二人の間には子供はいない。


 双方共に問題無しではあるが、現在の仕事もあることから二人は自然の成り行きに任せている。


 だが、実は二人とも子供は欲しいのだ。


「それはそれで見ごたえはあるな。っていうか、俺もしっかりせんとな」


 子供が生まれたら、今のようなイチャラブ生活はかなり制限されるだろう。だが、それとは別の喜びや楽しみが出てくるのではないかと荘龍は思っていた。


 自分とのいちゃつきよりも、保護するべき少女を優先するレイの姿に荘龍は自分の奥さんがいい母親になれる可能性と共に、自分もいい父親にならなくてはないという目標を掲げることにしたのであった。












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