第19話 後編

「これは一体どういうことだ!」


 手にしたビーカーを叩きつけながら、黒崎は山城に叫ぶ。


「俺は言ったはずだぞ! 真希子を絶対に戦いに巻き込むなと。その約束があったからこそ、お前達の商売に手を貸してきた! 犯罪まがいの行為であったとしてもだ!」


 山城との繋がりから、黒崎と真希子は吾妻達に目を付けられ、互いに人質となってしまった。


 そして、気づけば真希子は山城と吾妻達の手先となり、自分と同じく犯罪に手を染めていたことに黒崎は激怒していた。


「俺が捕まるならばそれでいい。あの子に危害が及ばず、平和に暮らしていけるのであれば、今更命乞いもしない。だが、あの子にまで犯罪計画に巻き込むとはどういう了見だ!」


 激怒しながら黒崎は山城の高級スーツの襟元を掴む。


 贅肉に覆われた山城の体では、激怒した黒崎を振りほどくこともできず、また激怒した黒崎の勢いに押され、山城は動揺していた。


「ま、待て! 話せば分かる! 俺も真希子ちゃんを犯罪者にしようとは思っていない!」


「ふざけるな! 現にあの子に吸血鬼狩りをさせているだろう! あの子をお前は人殺しにさせたんだ! あの誰よりも優しい子にな!」


 黒崎は幼い真希子を引き取った頃のことを思い出す。


 真希子のために買った別荘に滞在していた時に、真希子は傷ついたウサギに涙し、自分に治療できないかと頼んできた。


 ウサギの傷はそこまで深刻なものではなく、黒崎は手慣れた手つきで治療し、ウサギを治療したが、真希子は何度も黒崎に向けて感謝し喜んでいた。


 だが、それ以上に吸血鬼でありながらも、命の尊さを知り、思いやりと優しさを持った真希子に黒崎もまた、心を癒されていたのである。


「あの子のおかげで、一度は捨てた医の道だったが、またこうして戻ることが出来た。そんなあの子を貴様は、貴様は自分の私利私欲のために戦わせていたんだな!」


「待ってくれ! 私にも事情というのが……」


 山城の首を絞め続けていた黒崎だが、ふっと力を抜く。


 安堵する山城だが、黒崎の拳が顔面に突き刺さった痛みで、それが気休めに過ぎなかったことを理解させられてしまった。


「ち、血が……」


「そんなものにビビッてどうする、血が生きている証拠だ。医者が血を恐れて患者を治療できると思っているのか?」


 黒崎は鼻血を垂れ流す山城に追撃の手を止めることなく、さらに拳を叩き続けた。


「ま、待ってくれ! 真希子ちゃんのことは助けるから……」


「お前にそんな力があるのか? あの子が死んだらお前を真っ先に殺してやる。私のたった一人の家族を、危険にさらしたお前を絶対に許さない! お前には地獄に落ちてもらう」


 黒崎の怒りがまるでオーラのように見えたのか、山城は気づけば股間が大洪水を起こしていた。


 アンモニアの匂いが漂う中で「その辺にしましょうか」という間の抜けた声が聞こえてきた。


「あーあ、せっかくの研究室が汚れてますよ。もったいない」


 とぼけた口調でやってきた吾妻に黒崎は憤怒の表情を向ける。


「貴様、よくも私の娘を!」


 殴りかかろうとするが、吾妻は容易く黒崎の両腕を掴む。


「とりあえず落ち着きましょう」


「落ち着いてなどいられるか!」


「でしょうなあ」


 黒崎の心理と感情をまるで分かっているかのような表情のまま、吾妻は掴んだ腕を強く握る。

 

 痛みで歯を食いしばる黒崎の顔を見ると、躊躇することなく吾妻は手を離した。


「残念なお知らせがあります。真希子ちゃんですが、実は国家保安局に捕まってしましてね」


 さらっと言いのけたが、吾妻は実質的な死刑宣告を加害者家族に言い聞かせるかのようだった。


 当然、黒崎の顔色はさらに悪くなる。


「何だと……」


「幸い、騒動に巻き込まれた被害者として保護されていますが、吸血鬼と発覚したら殺処分は免れないでしょうな……」

 

 吸血鬼は原則として殺処分される。一部の理性と知性ある存在を除き、グールや吸血鬼は存在そのものが生物兵器も同然であるためだ。


「まあ、彼女が嘘を付き通せば、安全は保障されて保護者であるあなたの元に帰ってくるかもしれません。ですが、嘘を付き通すには厳しい相手なのは黒崎先生も存じているでしょう」


 国家保安局は捜査活動のプロであり、嘘を見抜くことを仕事にしている。いわば、嘘付きを見抜くことが業務になっている以上、まだ幼い真希子には酷な話になるだろう。


「連中は人命救助を優先にしていますが、いざという時は平然と冷酷になれる。発覚した時の恐ろしさは我々よりもえげつない」


 吾妻の語りは決して虚言などではない。それを理解している黒崎にとっては、恫喝などよりも堪える。


「……私に何を知ろと?」


「流石黒崎先生、話がいつも早くて助かりますよ」


「だが今更何ができる? またテロでも起こす気か?」


 銀座での騒動はすでに失敗し、霊安室のメンバーすら逮捕されている始末だ。


 ここでテロを起こしたところで何ができるというか。


「まあ、そのようなものですが少々異なりますよ。それに、吸血鬼の因子ですが、これで完成に至ったはずですよね?」


 吾妻の言葉に黒崎は嫌々頷く。


 吸血鬼の因子そのものは、実質的に完成している。人間をグールではなく、確実に吸血鬼にするだけの力は、すでに確立していると言ってもいい。


 だが、凄まじい魔力により理性が失われてしまい、破壊衝動が生まれてしまうという副作用はまだ完全に克服できていない。


「しかし、理性を保つことは克服できていないぞ」


「そんなものはどうでもいいんですよ。グールではなく、吸血鬼を生み出せる時点で完成しているも同然です」


「当初の目的から外れることになるぞ」


「些末な違いではないですか。それに、理性が無くなるのは因子というよりも、投与された人間の精神力によるところが大きい。力を持ったことで、万能感を持ってしまうような小物を気遣う必要性など何処にもありませんよ」


 残忍な笑顔を向ける吾妻に、黒崎はこの男の本性を再認識させられる。誰よりも残忍で残酷であり、それを普段は覆い隠している。


 だが、隠さない時はその残忍さと残酷さを武器にしているかのように振る舞う。目的の為ならば、人道に反していても、成功する確率が高い方法を躊躇することなく選ぶ。


 それに、どの道自分には拒否する道など存在しない。


 真希子を取り戻すために、黒崎は吾妻の更なる要求を受け入れることにした。



 

 

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