第20話 前編
「実に酷い結果だったな」
ため息をつきながら加納明之は報告書をテーブルに投げる。
「死者300名、重軽傷者500名、派手に暴れてくれたものだ」
「そこに建物の破壊とかまで含めたら、さらにとんでもないことになりますわ」
同じ口調で、上杉荘龍も答える。
霊安室が計画した銀座でのテロは、想像以上の惨事を生み出すことになった。
グールではなく純粋な吸血鬼達が暴れたことで、凄まじい被害を生み出し、多数の死傷者を出す大惨事を引き起こした。
「俺たちが初動で動いてこの結果ですから、動いていなかったことは無茶苦茶考えたくないですね」
「同感だな。思い切って、特捜室に総動員かけて銀座を封鎖したが、でなければ東京都全体が吸血鬼の巣になっていただろうよ」
銀座から新橋、有楽町、大手町、日本橋、日比谷、そして東京駅までは全て徒歩圏内にあたる。
それを銀座だけで押しとどめたのは、吸血鬼の感染力等を含めれば、特捜室はよくやったと言ってもいい。
「だが、それでもこうした事件が起きる前に何とかするのが我々の仕事でもある。警察は事件が起こってからの対処が正だが、我々はそうはいかん」
国家保安局として治安を守るためには、危険人物とはいえ、国民すら監視することも職務とする以上、起きる前に対処するのが基本であるためだ。
「ま、霊安室の連中がこんなクソみたいなマッチポンプ考えてりゃ、後手に回りますわ。奴ら、こっちの動きも見ながら、策謀を練ったはずですし」
「今後は流石にそれは出来なくなるだろうが、いまだに懸念点が残っている。皇征十郎と征一郎、奴らを未だに補足できていない」
霊安室室長の皇征士郎は逮捕し、その他一門も抑えることはできたが、当主の征十郎、鬼道隊を率いる征一郎だけは行方不明のままとなっている。
「逃げた時点で黒確定でしょう。一切合切関わりがないなら、逃げる必要性がないですからね」
「征士郎が逮捕されたのは、奴をスケープゴートにするつもりか?」
「トンズラしたのは、エリクシル社の社長たちも一緒ですからね。怪しいのはCFOの吾妻って奴ですが、コイツの身元を今洗っています。その辺についてはもう少し情報が必要でしょう」
「引き続き頼む。ちなみに、お前らが見つけたっていう生き残りのお嬢さんの方は大丈夫なのか?」
明之からの問いかけに、荘龍は先ほどと変わって苦い顔を作る。
「うーん、大丈夫といえば大丈夫なんですが」
「なんだその曖昧な返答は?」
「実はその……奥さんが暴走しちゃっているんですわ」
*****
「ねえ冬くん」
「何だいモモ?」
土岐百枝は朝倉冬弥に怪訝そうな表情を見せた。
「あの子、大丈夫なのかな?」
「大丈夫じゃない? 多分」
二人の視線の先には、無表情のまま暗い顔をしている少女に付きっきりで、アレコレと世話を焼こうとする天城レイの姿があった。
「痛いところない? お腹すいていない? 喉乾いてない?」
「痛みはないですし、お腹もすいてませんし、喉も乾いていないです」
淡々と返す少女、黒崎真希子と名乗った彼女はレイからの手厚い世話に、やや辟易しているかのようにそう言った。
「でも、ずっとあんなところにいたんでしょ。食べなきゃだめだよ」
「レイさん、無理に食べさせようとしてもダメですよ」
「さっきから餌付けさせようとしてませんか?」
立花涼子と武藤宗護がレイにそう指摘するが、途端にレイは不機嫌な顔を見せる。
「だまらっしゃい! この子はね、吸血鬼だらけの銀座で一人身を隠してたんだよ!あんな悲惨な目に遭っていたから徹底的にケアしてあげてるの!」
「隊長から聞きましたけど、その子のこと、吸血鬼として撃ち殺そうとしたそうじゃないですか? それを誤魔化しているわけじゃないですよね」
宗護の鋭い指摘に対抗するかのように、レイは凄まじい勢いでビスクドールを抜いた。
「なんか言った?」
「いえ、なんでも無いです」
「口は禍の元だってこと、分かってないでしょ」
目に殺気を宿しながら、無表情のままにレイはそう言った。両手を掲げながら宗護はレイが本気の殺意を向けていることに気づく。
「分かってます! 分かってますよ! 下手したら俺とか冬とか、レイさんや隊長たちとは小学生の頃から先輩後輩だったんですよ!」
「なら、そういう口のきき方すると、どういうことになるかぐらい想像つくよね。主席合格さん!」
「嫌って言うほど知ってますけど……いいんですか?
「何が?」
殺意が少し和らぎ、怒りに変わったレイに宗護は目で彼女の隣にいる少女に目線を向ける。
「あ、ごめんね真希ちゃん!」
慌ててレイはビスクドールをしまい、真希子を抱きしめる。
凄まじい殺気をぶつけたことから、真希子は完全におびえて全身が震え上がっていた。
「あんた、後でヤキぶっこんでやるからね!」
「ちょっと待ってくださいよ! おかしいでしょ! その子怯えさせたの先輩じゃないですか! なんで俺が怒られなきゃいけないんですかね!」
「あなたが余計なこと言うからでしょうが!」
「……お姉さん、怖い」
再び泣き出す真希子に、レイは優しくあやす。この光景だけ見ればほほえましく思えるが、原因を作った張本人なだけに、何とも言えないシュールさがあった。
同じ愚を犯さない為か、宗護はさっさとその場から立ち去り冬たちのところに向かった。
「久しぶりにビビった」
「度胸試し楽しかった?」
悪ガキのようにからかう冬だが、冷や汗をかいている宗護はまだ真顔のままだった。
「レイ先輩無茶苦茶過ぎる。まだ、隊長や副長の方が予備動作があるし、段階踏むからいいんだが、あの人はなんでもいきなりだからな」
例は呼吸をするかのようにビスクドールを抜き、しかも本気で撃つ気で宗護に愛銃をつきつけていた。
自分も同じ速度で愛刀や愛槍を抜くことはできるが、味方相手にそんなことをするつもりはない。
「あの人はONとOFFのスイッチしかないんだよ。殺るか殺らないかのどっちかしかない」
冬がどこか達観したかのように語るが、レイの直情的な性格はあの荘龍ですら時たま持て余すことがある。
愛する旦那様とさえ言い切る相手すら、持て余してしまうということは事実上誰にも制御ができないことの裏返しなのだ。
「隊長ですら制御できない人だってこと、忘れちゃだめだよ」
「信管が生きている不発弾のような人だってこと、すっかり忘れてた」
「二人とも、そういうことばっかり言ってると、本当に爆発するわよ」
モモが冷ややかな目で二人を注意すると、途端に二人は両手で口をふさぐ。
激怒したレイは何をするか本当に分からない。
「それでも、レイさんは本当は優しい人だと思うけどね」
モモがそう言いながら、真希子に世話を焼くレイの姿を眺める。誤って撃ち殺そうとしたことに対する罪悪感があるとはいえ、レイは基本的には優しい性格をしている。
なんだかんだで自分を気遣ってくれることもあるだけに、モモは二人がレイを茶化すことに少々苛立っていた。
「でなきゃ隊長は結婚しなかっただろうしね」
「そうでなきゃ、レイさんも結婚しなかったから。二人とも、そういうのよくないと思うよ」
荘龍に影響されているからか、モモからすればこの二人も相当軽はずみな皮肉を口にしていることが多い。
基本的には悪意がないが、稀に本気で嫌みに近いことを言ってくる為、そこが彼女を苛つかせる。
「どうしたのモモ、結婚したくなったの?」
さりげなく冬がモモを後から抱きしめる。
戸惑っているモモだが、決して拒否をしないのは二人は付き合っているからであった。
「そういうんじゃないよ。っていうか、そういうのはお家でしようね」
「お前マジでそういうの家でやれ」
モモと宗護に反撃を食らう冬は仕方なく、拘束を解除する。
「つれないなあモモは」
「それよりもさ、あの子普通じゃないと思う」
「どういうこと?」
「さっきからあの子の心を覗こうとしているんだけど、全く覗けないの」
モモの発言に、気が緩んでいた二人の顔が捜査官としての表情へと変わる。
「一応レイさんにも伝えるけど、一般人相手に自分の能力通用しないの初めてなの」
「ってことは、あの子は冗談抜きで普通じゃないってこと?」
冬の質問にモモは頷く。
モモは念動系の能力者であり、主に相手の心を読み取ることを得意としている。
「私が読めないのは、能力者だけ。それも、強い気力や念動力、そして霊力の持ち主なのよね」
「で、あの子は強い何からの力を持っていると?」
「まるでバリアみたいになってるの。何度もアタックしてみたけど無理。たまたまこういう力を持っているだけなのかもしれないけど、あの子が持っているのは気力でも念動力でもないわ」
気力でも念動力でもなければ、必然的に消去法で残るは一つしかない。
「あの子は霊力者、それも極めて強い力を持ってるわ。山名参事官ほどじゃないけど……まるで……」
言い淀んだモモに、冬も宗護も一つの可能性に至っていた。
黒崎真希子、彼女はまるで魔族のような力を持っているということを。
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