第10話 後編

 居たたまれない思いと、気まずさ、そしてどうしようもない恥を晒したことへの恥辱から、皇征士郎は目の前にいる人物から逃げ出したくなる気持ちでいっぱいになった。


「やってくれたな征士郎」


 謹厳そうな表情と、射貫くような視線、それらをより増幅させているような威風堂々とした髭の持ち主、自分の父にして先代当主である皇征十郎はそう言った。


「誠に面目ありません」


 本家の征十郎の自室に呼び出され、征士郎は先ほどからずっと土下座を繰り返していた。


「コメツキバッタの真似ごとを見るのはもう飽きた。お前は当主としての自覚はあるのか?」


 辛辣な父の言い方に、征士郎は歯噛みする。


「無論ございま……」


「あるならばなんだこの体たらくは!」


 そう言うなり、征十郎は茶碗に入ったお茶を息子へぶちまけた。


「吸血鬼相手に無策なまま無謀な突撃をして、被害者を出すとは何たる不始末。貴様は霊安室の面子を潰すつもりでいるのか?」


 征十郎には死んだ部下たちを悼む気持ちなど毛頭ない。あるのは霊安室という日本における異能者の公的機関を牛耳っていることへのプライドである。


 大半の異能者の一族と違い、皇家が彼らの頂点に立っているのは、国家との強いつながりを有しているからに他ならない。


「あれは部下である八並が暴走いたしまして」


「戯けが! 奴を参事官という不相応な立場に置いたのは貴様ではないか。ワシは参事官どころか、奴を霊安室に入れることすら反対した。あれほど力のない男を入れたところで何の役にも立たん」


 当主として霊力使いとしては破格の力を持つだけに、征十郎は徹底した霊力至上主義者である。


 それ故に、霊力が無ければ例え実子であっても、有力な分家の者であっても相手にしない。


「しかし、忌々しきは加納明之よ。狡っからいだけの念動力者の分際で調子に乗りおって。奴らに尻拭いまでされているとはな」


 征十郎も室長である明之を筆頭とした特捜室を忌み嫌っていた。


 単純な異能者、能力者への対処だけではなく、彼らが苦手とするロボットやサイボーグ、バイオロイドなどの対応や、近年増加し続ける異能者への対処もスムーズに解決へと導いている。


 霊安室のメンバーには思いつかなかったかのような、効率的な能力者の運用と統括、採用と訓練、そして何より特捜室メンバーは一部の技官を除いて全員が特務捜査官としての資格を有した捜査活動のスペシャリストであるということ。


 コネ採用で資格を持っていなくても、特別採用させて、捜査活動に関してはド素人を投入しているのとは大違いと言えた。


 だが、それ以上に特捜室には霊安室にはない、大きなアドバンテージがあった。


「奴らは素知らぬ顔で科学を積極的に取り入れている。忌々しいことよ」


 アーマード・デルタのデルタスーツ、対魔族用の特殊弾など、特捜室は独自ツールを開発している。

 

 その関連装備もまた、特捜室の事件解決力に大幅貢献しているのだが、そうした科学とは一切折り合いをつけずにいた皇家にとって、特捜室のやっていることはある種の禁じ手のようなものだ。


「ですが、奴らはそれで実績を叩きだしています」


「そんなことは分かっている! その上で、我らは奴らに対抗していかねばならぬ」


 とはいうが、皇家にはそうした方面にコネが無い。霊力使いは独自の術式等に拘る者が多く、他のテクノロジーややり方を取り入れない傾向にある。


 故に、同じ霊力を持っていたとしても、霊力を身体能力強化や物理攻撃への応用を得意としているものや、式神や分身、霊体化、幻術などに特化したりと統一性がない。


 霊力使い、超常系能力者は自らの技術を秘匿し、教えることがあっても口伝のみなど、かなり閉鎖的な環境の中で活動している。


 これは逆に言えば、当たり前のように使える自分の霊力すら、その使い方を同じ霊力使いに共有できないのが現状であり、そこに新しいやり方を導入した所で今更どうにかできるわけがない。


「ですが父上、現状の霊安室では吸血鬼に対抗するのは難しく……」


「分かっている。嘆かわしいことよ。吸血鬼のような怪異を退治し、国を守ってきた我らがこの有様とはな」


 厳密に言えば、吸血鬼への対処が不可能なのではない。特捜室との競争が難しいのだ。


 アーマード・デルタは無論のこと、一課から四課までの実働部隊も精鋭ぞろいであり、彼らの能力も装備も充実している。


 全員が特務捜査官としての資格を持っている上に、何もかもが全て上を行く特捜室とはもはや絶望的なまでに差が開いてしまっている。


「そこでだ征士郎、今回の事件だが霊安室は一旦手を引け」


 父からの唐突な提案に征士郎は初めて父と向き合った。


「しかし父上、それでは今後どうするのですか?」


「今の霊安室では吸血鬼の対処は難しい。だが、それを補うだけの戦力がないわけではない」


 征十郎が何を言いたいのか、ようやく征士郎は分かってきた。


「失礼いたします」


 そう言いながら黒髪の青年が入ってくると、征士郎は苦々しい顔になった。


 青年の顔は征十郎は無論、征士郎にも似通っている。だが、二人よりも遥かに若い。


「来たか征一郎」


 どこか嬉しそうな征十郎の態度に、征士郎は逆に卑屈な思いを抱く。

 

 自分の弟である皇征一郎がやってきたのだから。


「いえ、遅くなり申し訳ございません」


 征一郎は丁寧にそう述べると、征十郎は何も咎めることはしなかった。


「父上、征一郎に全てを任せるつもりですか?」


「いかにも。霊安室に頼れないのであれば、征一郎率いる鬼道隊に任せる以外にあるまい」


「この度は大命をいただき、誠に光栄に思っております」


 動揺している征士郎とは対照的に、自信たっぷりな征一郎の態度が征士郎は気に入らなかった。


「征一郎、分かっているだろうな?」


「存じております。敵は吸血鬼、相手にとって不足ありません」


 自信たっぷりに答える征一郎には、一切の恐怖が無かった。相手は人間を畜生へと変えてしまうほどの怪物にも関わらずだ。


「その意気や良し。征一郎、お前は私の期待に応えてくれるか?」


「無論です。鬼道隊の長としての地位を与えてもらい、相応の修羅場を経験いたしましたのも、今回のような危急存亡の時の為と思っております」


 完璧と言ってもいい返答に征十郎は高らかに笑ってみせた。


「そうかそうか、よくぞ申した! 征一郎、だが敵は吸血鬼だけではないぞ」


「特捜室ですね。そして、アーマード・デルタ」


「これも相手にとって不足あるか?」


 冥王とあだ名される最強の念動力者、加納明之率いる特務捜査室、そしてその甥っ子、紅蓮の龍王、上杉荘龍が率いる国家保安局最強の実働部隊、アーマード・デルタ。

 

 吸血鬼よりも遥かに厄介な強敵相手に、征一郎はどう答えるつもりでいるのだろうか?


「無論です」


 余計な言葉をつけることなく、ただ一言だけの返答にますます征十郎は喜んでいた。


「愚問だったな征一郎、改めてお前に吸血鬼の討伐を任せる」


「しかと、承りました」


 丁寧に平伏する征一郎とは対照的に、征士郎は歯噛みし、最悪の未来を想像していた。


 このままでは、間違いなく強制的に当主の地位を終われるか、もしくは飾りの当主として一生を終える可能性を。



 



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