第12話 中編

 内務省国家保安局は江東区豊洲に本部ビルを設けている。


 都心に近いことや、埋め立て地であるために新規での建設用地を確保しやすいという点、そして何よりも周囲から簡単に孤立化させ、情報漏洩を防げるようにしているためであった。


 その本部に設けられたアーマード・デルタ専用の執務室に、二日ぶりに全メンバーが集合していた。


「ということで、吸血鬼退治は今まで通り霊安室が担当することになった」


 荘龍の説明に、全員が呆れ顔になる。無理もない。荘龍も逆の立場ならばそういう顔になるのも当然だろう。


「上層部は吸血鬼を増やす計画でもあるんですか?」


 冬弥が呆れ顔でそう言った。


「あるいは、上層部が吸血鬼に乗っ取られているとか」


 真面目な宗護すら、とんでもない皮肉を口にしている。まあ、霊安室の体たらくを知ればそう言いたくなるのも分かる。


「文句が多いぞお前ら」


 二人を窘めるのは副長の圭祐だが、その本人は釣り場の情報をタブレットで眺めている。


「どうせ政治決定した話だ。騒いだところで覆らない。騒ぐなら、もっと大きいヤマで手柄上げた時にやれ」


 言っていることはその通りで、実際に涼子などは尊敬のまなざしを向けている。しかし当の本人はやさぐれているからこそ、釣り情報を眺めているわけで、説教できる立場ではない。


「で、本題は?」


「今後の俺たちの仕事だが、支配者ドミネーターの特定だ」


 支配者ドミネーターの特定という言葉に、涼子は無論のこと、彼女以外の不真面目野郎共も目の色が変わった。


「大役ですね」


 端的ではあるが、この仕事の重要性を宗護は上手く表現していた。


「全員気づいていると思うが、今回の事件は吸血鬼がやたらいる割には、いまだに支配者ドミネーターを特定できていない。まあ、その辺のところは彼女たちに説明してもらおう」


 荘龍が指を鳴らすと、科学班の天城レイ、土岐百枝の二人がやってきた。


「では、隊長さんに変わりまして私の方から説明させていただきます」


 アプリコットブロンドを束ねた白衣姿のレイが、器用にスクリーンを操作していく。


「今回はトータルで八回の出動がありましたが、一回目から六回目まではおおよそ五体の吸血鬼が確認されています。ですが、そのいずれでも支配者ドミネーターと思わしき吸血鬼は一体も現れていません」


「改めて精査すると今回の事件ってかなり異常ですね」


 冬の一言に全員が頷いた。ここまで吸血鬼が発生して支配者ドミネーターと対峙していないことは異常と言える。


「それ以上に異常なのは、七~八回目で、ここから吸血鬼の数が増えているところにあります。七回目は一体増えて六体。八回目はここから十五体まで増加しています」


「約2.5倍まで増えてるわけですか」


「なお、グールとの比率も徐々に減っています。これらの情報を精査していくと、一つの結論に達します」


 宗護の問いにモモが一つの結論を提示する。


「つまり、今回の支配者ドミネーターは吸血鬼になる確率を向上させているということです」


 モモが語る結論に全員が黙り込みながら頭を抱えた。


「前回は霊安室のアホ共が無謀な突入したとはいえ、それでも吸血鬼になってる奴の方が多かった。そして、八並のように霊力が強化された個体も存在する」


 吸血鬼も魔族に分類される以上、当然ながら魔力、すなわち霊力を保有している。


「隊長がおっしゃるように、吸血鬼の強化すら可能にしている点から見ても、今回の支配者ドミネーターはかなり異質であり、強い力を有していると言えます」


 グールにするだけでも驚異的ではあるが、吸血鬼にする確率が高い上に、強化させることすらできる。


 支配者ドミネーター単体の強さが大したことはなかったとしても、自分以外の強い個体を多く生み出せるという特徴は十分すぎるほどに厄介と言えるだろう。


「早めに支配者ドミネーターを叩いておかないと、おそらくこの事件は延々と鼬ごっこになるだろうな」


 厄介さを理解している圭祐がそう呟いた。


「一番最悪なのは、このまま放置するとグールどころか吸血鬼だらけになりますね。吸血鬼になった奴らも同じく吸血鬼だけを生み出せば、我々だけでも対処が困難になりますよ」


 グールだけでも通常の警察力だけでは対処が困難な上に、吸血鬼となればそれこそ、アーマード・デルタクラスの戦力が無ければ対処が不可能と言い切ってもいい。


 特捜室でも、ミラーコーティング弾を揃えて何とか対抗できるかというところだろう。


「だから、俺たちで支配者ドミネーターを一刻も早く退治する必要があるわけだ」


「問題はどこから探っていくかですよね。現状だと、とりあえず発生した場所から精査していく必要性がありますけど」


「流石冬、今日はずいぶん冴えてるじゃねえか」


「昨日は朝からリラックスできましたからね」


「例の朝から飲める居酒屋か?」


「いやあ、朝から飲めるハイボールは最高でしたよ」


 一連の流れに眉をひそめた圭祐とレイは咳払いをすると、荘龍と冬も真面目な顔に戻った。


「ということで、支配者ドミネーターをとにかく優先で処理せにゃいかん」


「そうなると真っ先に手を付けるのはやっぱり、発生した場所ですよね」


「ですが、発生した場所の痕跡を探りましたが、特定できるだけのものはありませんよ」


 宗護の主張にモモが指摘を入れるが、これは二人とも正しい発言をしている。だが、片方だけが正しいからこそ抜けているポイントがあった。


「それは分かってるさ。場所にあった痕跡ではなく、場所そのものについての捜査が必要、ですよね?」


 宗護らしい鋭い指摘に荘龍は思わず拍手し、圭祐も頷いた。それこそが、この事件を追いかける上でのか細い手がかりでもある。


「今回の事件、全てが倉庫街などあまり人がいない場所に限定されて発生していますよね。無差別ではありますが、場所はかなり辺鄙な場所ばかりです。こんな偶然が八回も連続で続くっていうのは、現実的に考えておかしいでしょう」


「エクセレント、もう何も言うこともないね。まさにその通り、共通点が連続して発生するというのは、当然ながらそれは偶然ではなく作為だ。しかも、立てこもりやすいが、同時に駆除しやすい隔離された場所でもある。普通に考えたらこんなもんあり得ん」


「何かしらのバックというか、もう一つこの案件に絡んでいる黒幕が存在すると考えた方がいいだろうな」


 隊長と副隊長の言葉に、全員が頷いて見せた、


「ちなみに、事件全体の内、五件ほどある会社が保有している倉庫であることが判明しているからな」


「え? もう調べたんですか?」


 圭祐はサボり魔ではあるが、その分面倒な仕事はさっさと終わらせてしまう。その本質をちょっと誤解している涼子は圭祐の手腕に尊敬のまなざしを向けていた。


「ちなみに、なんて会社?」


「確か、株式会社エリクシルという会社だな」


 圭祐の言葉にレイとモモは複雑な顔をする。


 株式会社エリクシルは、近年急成長を遂げてきた会社であるが、主な事業は医療関係、特にバイオテクノロジーの応用を得意した会社であったからであった。

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