第12話 後編

 またいつもの惨劇が始まる。


 やや諦観しながら真希子は、吸血鬼とグール達が蹂躙されている環境を眺めていた。


 先日失態を犯した霊安室のメンバーとは違い、今回は精鋭と呼ばれている鬼道隊が直々に出動している。


 彼らは霊力の扱いに長けており、グールはもちろん並みの吸血鬼すら蹴散らしていた。


 グールや吸血鬼を青い炎で焼き払い、錫杖や棍棒で打ちのめしながら、吸血鬼の息の根を止めに行く。


 そこに吸血鬼用の特別武器も使用しており、戦いにおいては素人の真希子ですらその戦いぶりは安心できるほどであった。


 それは、今晩は自分の出番はないと安堵できるほどに。


「ずいぶんと余裕だな」


 突然後ろから声をかけられ、真希子は驚きながら振り返ると、そこには先日紹介された一人の青年が立っていた。


「別に、なんでもありません」


 そっけなく、真希子は皇征一郎にそう答える。征一郎は些か無礼な返答を咎めることなく、彼女の肩を掴んだ。


「同族が倒されていく様はどういう気分かな?」


 またこの質問かと心中ウンザリしながら真希子は「別に」とそっけなく答えた。


「ご機嫌斜めなようだね」


「あなたはご機嫌なようですね」


 真希子の皮肉が混じった言葉に、征一郎は怒ることなく苦笑するだけだった。


「嘘はつけないものだな。自分が習得してきた技を心置きなく使える状況だからね」


 苦笑から本気の笑いに変わる征一郎は、この状況を間違いなく喜んでいた。


 苦節二年の修行から、ようやく復帰し、鬼道隊を率いて思う存分に霊力を全開にして戦うことに歓喜していたのであった。


「皆さん、お強いんですね」


 真希子は少々皮肉を込めてそう言った。以前隠れて見ていたが、前回戦っていた霊安室のメンバーはお世辞にも強いとは言えなかった。


 決して戦闘向きではない自分すら倒せるかすら怪しいほどだったが、鬼道隊は彼らとは明らかに違っている。


 衣服は法衣に錫杖と古風ではあるが、男女ともに鍛え上げられた肉体と、ギリギリまでに研ぎ澄まされた霊力を武器に吸血鬼やグールを相手に奮戦していた。


「霊力は無限の力を持っている。使い手次第で、その力はいかようにもになる。君も分かるだろう?」


 征一郎は真希子に同意を求めるが、内心侮蔑されているようで真希子は同意できずにいた。


「君も吸血鬼なら魔力、すなわち霊力があるということだ。違うか?」


 魔族が魔族足りえるのは、その名の通り魔力を有しているからに他ならない。そして、魔力とはすなわち霊力のことであり、この二つの力は全く同じものであることが近年の研究にて明らかになっている。


 だからこそ、魔族は生まれながらにして霊力を保有しており、それを駆使して戦うことが出来るのだが、それは魔族である吸血鬼も例外ではない。


「私は霊力の使い方が下手くそですからよくわかりません」


 ハッキリと正直に真希子はそう答えた。


「だが、君の霊力そのものは大したものだと思うよ。この場にいる者の中で、君は二番目に霊力が高い」


「冗談は上手いんですね」


 一番は間違いなく皇征一郎だろうが、その征一郎に次いで自分が高いと評価されても真希子は全く嬉しくなどなかった。


「君さえよければ、その力をもっと引き出してやることもできるのだがな」


 優しく落ち着いた口調で囁く征一郎は、誠実そうに見えた。漆黒の髪と瞳は何もかもを吸い込んでいきそうな魅力があり、水準以上に整っている顔は間違いなく美青年と言ってもいい。


 普通の女であれば、喜んで征一郎の言葉を受け入れるだろう。


「遠慮しておきます。私、霊力で身を立てるつもりはありませんから」


 そっけなく真希子は断ってしまった。征一郎に何かをされたわけでもなければ、悪意を向けられたわけでも、陰湿ないじめを受けたわけではない。


 むしろ、征一郎は吸血鬼である自分を丁重に扱ってくれるほどだ。


「君は自分の可能性を広げてみるつもりはないのか?」


 そっけない態度で断ったにも関わらず、征一郎は再度優しく諭す。だが、真希子はそれでも首を縦に振らず、逆に横に振った。


「お父さ……父から教えられました。自分の可能性は他人に決めてもらうものじゃない。例え間違っていたとしても自分で決めるものだって」


 吸血鬼として生きるつもりなど真希子は毛頭ない。過激な魔族のように人間との闘争を行うつもりもなかった。


 彼女はただ、平穏を求めていた。その平穏に霊力は無論、吸血鬼としての力すら不要なことを真希子はすでに理解している。


「私は普通に生きたいだけです。平穏で平凡で、ありふれた日常が送れればそれでいいんです。贅沢な望みはありません」


「贅沢は望まないか。それが一番の贅沢だと私は思うけどね」


 征一郎は真希子に皮肉を返すようにそう言った。だが、真希子は口にこそしないが、内心では開き直っていた。


 平穏を望んで何が悪い。平凡の何が悪いのか。ありふれた日常を送ることが一体何故贅沢と言えるのだろう?


 忌まわしい幼少期の記憶が真希子の脳裏をよぎったのと同時に、真希子の視界は突然暗転する。


「伏せろ!」


「いきなり何を……」


 征一郎に押し倒される形で地面に突っ伏す真希子だったが、気づけば、三体の翼を有した吸血鬼が二人に狙いを定めていた。


「うっかりしていたな。君との会話が楽しくて奴らの気配に気づけなかったとは」


 三体の吸血鬼の接近に気づけなかったことは失態と言うしかない。だが、征一郎は恐れは無論のこと、失敗を恐れる小心さも皆無であった。


「人間の癖に調子こいてるな、やっちまうか」


 吸血鬼の一体が平然としている征一郎に腹が立ったのか、上空から鋭い右足の鉤爪を振り下ろすが、征一郎は平然とそれを黒く変色した右腕で受け止めてみせた。


「この程度か?」


 動揺する吸血鬼に、仲間の吸血鬼が援護するべく、刃物のような爪先を征一郎に突き刺そうとするも、黒く変色した征一郎の左腕に阻まれる。


「なんだコイツ、人間なのか?」


「不遜な言い方だな、私は人間だよ。普通ではないがね」


 にやりを笑うと共に、征一郎は最初に襲ってきた吸血鬼の右足をへし折り、爪先を向けてきた吸血鬼の腕を引きちぎってしまった。


「うぎゃああああ!!!!!」


「ぎゃああああ!!!!」


 それぞれ凄まじい悲鳴を上げるが、それを全く意に介さず、征一郎は両腕に霊力を込めた。


「悪いが、君たちの狼藉はここで終了だ。安らかに眠りたまえ」


 蒼く幻想的に光る炎が、二体の吸血鬼を包み込み、その炎は一瞬にして彼らを焼き焦がしてしまった。


 その光景に、もう一体の吸血鬼は怖気づいてしまったのか、逃走を図ろうとする。


「残念だけど逃がさないわ」


 真希子は逃げた吸血鬼に人差し指を向けるも、それは彼女の指より二回りほど大きな爪が矢じりのように変化していた。


 そして、狙いすましたかのように真希子の指先から矢じりと化した指が、逃げた吸血鬼に放たれ、寸分の狂いなく命中する。


 命中した吸血鬼は飛ぶことができずに落下し、もがき苦しみながら全身の肉と骨が溶けていった。


 もはや声にもならないのか、口をパクパクさせていたが、死の間際まで彼は「死にたくない」と唇を動かし続けながら、液体と化していったのであった。


「見事だな。流石、最強の吸血鬼だ」


「自分の身を守っただけです」


 忌まわしさと不快感を隠さずに真希子はそう言うが、少しずつ自分がまともではなくなっているような気がしていた。


 以前はグールを殺すだけでも嫌悪と不快感から嘔吐していたが、今では不快感だけが残っている。


 嘔吐や嫌悪が消え、おそらくこのままいけば、不快感すら消えてしまうだろう。


 そうなった時果たして自分に、平穏は訪れるだろうかと真希子は自問する。


 自分はもう、引き返せない場所にいるのは間違いなく、同時に父が望んだ存在とは真逆な怪物になろうとしている。


 果たして、そんな自分が父と会えるのか、真希子の自信は揺らいでいた。父を助けるために始めたこの活動だが、助かった父とちゃんと会えるのか。


 それを考えた時、真希子は心の中にもう一つの不安の種が埋め込まれたのであった。

 




 

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