第12話 前編
「けしからん、実にけしからんな」
加納明之は久しぶりに不機嫌な態度を隠さずにいた。
「結局、お咎め無しってことですかい」
呆れながら荘龍が返答すると、明之は乱暴にソファへと座った。
「奴ら政治的な手段を使ってきやがった」
吸血鬼対策について、先日内務省より霊安室ではなく特捜室が専従するという通達が出ていた。
霊安室では対処が難しく、特捜室はアーマード・デルタの出動もあり、十分に対処可能であることを証明したからでもある。
霊安室は国家保安局トップとの強いコネクションがあるが、特捜室、というよりも明之は内務大臣を筆頭とした内務省そのものへの強いコネクションを有している。
そのため、霊安室ではこの事件は解決が難しく、逆に特捜室であれば短期間で事件解決できることを盛大に明之はプレゼンしていた。
大臣や事務次官を始めとする本省関係者の根回しも完璧であった。
ところが、本日の幹部会議では霊安室が主導でこの事件の捜査を命じられてしまったのであった。
「何のために霞が関の本省までいって、プレゼンしてきたのかが分からんわい。パワポも満足に使えないような連中に負けるとは」
口惜しさを全開にした明之とは対照的に、荘龍は意外にも落ち着いていた。
「まあまあ、連中の専従にならなかっただけでも上等じゃないですか。ウチも一応捜査に噛ませてもらえるんでしょ」
「そんなことはどうでもいい。ウチが勝つ負けるなんて問題じゃない。奴らは一般市民のことなんてどうでもいいと思っている。だから、あんな無謀な突撃をして、多くの死傷者を出すんだ」
霊安室には変なエリート意識が存在する。霊力という特殊な能力を持っていることへの特権意識が染みついている。
だが、能力者の数が判明しているだけで全人口の20%を突破し、魔族との共存も進んでいる時代の中では、かなりの時代錯誤な思考である。
「自分たちが何を守っているのか、何をまもらなければならないのか、それを理解していれば、こんな無様な結果にはならん。これ以上の犠牲者を増やすわけにはいかんというのにな」
なんだかんだと、明之は権謀術数を駆使しながらも、命を守るために犯罪へと立ち向かうという、保安局の理念を有言実行しようとしている。
実際、それを実現してきたからこそ人望厚く、犠牲者を最小限で済ませてきている。その思いがあれば、今回の体たらくは見るに堪えないのだろう。
「しかし、連中も随分この事件に拘りますな」
「面子がかかっているんだろう。何しろ、先代当主で副大臣の皇征十郎すら介入してきたんだからな」
「あのオジイね」
皇征十郎は先代の皇家の当主であり、傑物と言われていた。強力な霊力での占いや予言で多くの政治家相手に助言を行い、強い人脈を有しており、その人脈から皇家の財産と地位を上げ、国会議員となり、現在は内務副大臣まで務めているほどだ。
「それで、奴ら鬼道隊まで用意してやがったのか」
「知ってるのか?」
「見知った顔がいたもので」
霊安室主導となったとはいえ、参事官を筆頭に吸血鬼になった時点で、すでに霊安室の面子もまともな戦力も地に落ちたといってもいい。
そこで、切り札として鬼道隊を出してきたのだろう。
「皇征一郎か。確かお前ら一度やり合ったな」
「あれから二年ではありますが、ちょっとは強くなっているんじゃないですか。少しだけ凛々しくなってましたよ」
「派手な手合わせだったなあれは」
二年前、霊安室と特捜室で捜査管轄にて揉めたことがあり、けが人が出るほどの事件が起きた。
それを収めるために、双方から一名代表を出して、勝った側が専従捜査を行うという調停が成立した。
正直、時代錯誤なやり方ではあるが、その時に霊安室代表として出てきたのが征一郎であり、特捜室代表が荘龍だった。
「二年前もちょっとは強かったんですけどね、まあ、俺はもっと強い相手知っているからなあ。親父とかオジキとかミラージュとか」
自分と同じ光の元素系能力者である父と、冥王とあだ名される最強の念動力者である叔父。そして、ミラー粒子という自分の能力とは物凄く相性が悪い力を持ったミラージュ。
いずれも最強といってもいい能力者であり、そんな強敵と戦った経験からすれば、あの時の征一郎は自分の敵ではなく、荘龍は征一郎の顔面に拳をめり込ませ、瞬殺した。
「だからワンパンで決着付けたわけか」
「瞬殺か、ギリギリで戦いながら一発逆転するか、どっちが圧倒的に見えるかどうか考えましたんでね。やっぱり瞬殺が分かりやすいかなと」
「お漏らしさせるまではやり過ぎだ」
「やり過ぎっていうのは、キャメルクラッチかまして上半身分断して血まみれにすることを言うんですわ。あんなもん、ただのお遊戯でしょ」
荘龍はお遊戯と言い切ったが、征一郎は本気でかかってきた。それが、秒殺どころか、コンマ単位の秒殺で決着がつき、征一郎は無様な敗北でおおいに面目を失った。
ワンパンで倒され、気絶した彼は大も小も垂れ流し、特捜室のメンバーはそのだらしない敗北を盛大に嘲笑し、霊安室の面々からはかなり非難され、侮蔑され、休職を余儀なくされた。
「別にお漏らしさせたくてそうしたわけじゃないんですよ。瞬殺した結果がアレなんで。苦情は事前にトイレにもいかず、オムツもつけて無かったあいつに言ってくださいな」
「全く、昔からお前は滅茶苦茶過ぎる」
「一番ゲラゲラ笑ってたのはオジキでしょ。俺のせいばっかりにして、ホントたち悪いんだから」
「まあ、それは済んだ話だが、とりあえず一課の投入は無しだ。今回の事件は引き続きお前らが追いかけてくれ」
一課を投入せず、自分たちを動かすということは、明之には何か考えがあることを悟った。
「
「今のところ、吸血鬼やグールを倒すだけの対処療法ばかりになっているが、肝心の
吸血鬼には必ず感染源とも言うべき
「霊安室の連中は
「そこで、俺たちの出番というわけですね」
「お前らなら、仮に襲われても返り討ちに出来るだろう。この事件、さっさと終わらせる必要性がある」
「ですが、一つだけ気になることがあるんですよね」
「何だ?」
「霊安室の連中にしても、
荘龍が持つ違和感は、霊安室が常に戦いたがっているところである。霊安室の本質は、悪霊を退散させ、妖魔、魔族を倒すという祈祷師や退魔師業にある。だが、問題解決を果たせるならば無理に戦う必要性はなく、
「
「お前もその辺は気になるか」
「気にならない奴はいないでしょうね。案外、連中とこの事件の首謀者がグルだったりして」
かなり荘龍は不謹慎なことをつぶやくが、明之はそれを咎めることをしなかった。
「その辺のことも含めて、捜査を頼む」
「障害があった場合はどうすればいいですか?」
荘龍の質問に、紅茶を飲もうとしていた明之の手が止まる。
「決まっている。排除しろ」
端的に呟くと、旨そうに明之は自分好みに入れられた紅茶を飲んでいた。その姿に荘龍は誇らしく、同時に与えられた任務の重要さを今更ながらに実感したのであった。
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