第11話 後編

 特務捜査室は精鋭ぞろいであり、特にアーマード・デルタはその中でも屈指の戦闘能力を有している。


 だが、特捜室はアーマード・デルタだけが強いわけではない。


 最強と言われるのは、特務捜査室室長にして冥王のあだ名を持つ最強の念動力者、加納明之である。


 瞬間移動、読心術、観念動力の基本能力全てが飛びぬけており、何よりも念動力が通常の能力者とは桁外れに多い。


 次にアーマード・デルタの面々が入ってくるのだが、同率でランキングに入ってくるのが、特捜室のナンバー2、特捜室参事官である山名冴子である。


 コードネーム・羅刹ラークシャサにして、特捜室でも珍しい超常系能力者であり、桁違いの霊力を有し、数多くの犯罪者を無力化してきたことから、の異名を持っていた。


 だが戦慄の羅刹女という、物騒なあだ名が付いたのは別の理由もあった。


「上杉隊長、朝からずいぶんな元気いっぱいのようね」


 腰まで伸ばした黒髪のロングヘア、涼子に匹敵するバスト、同じく黒いハーフリムの眼鏡、そして、日本人には珍しいヘイゼルカラーの虹彩。


 それらが全て荘龍相手に、怒りのオーラが突き刺さる。


「いえ、あの、これはですね、彼女が結婚と夫婦関係について聞きたいことがあるということで色々とアドバイスを」


「それと私をババア呼ばわりするのと何の関連性があるというのですか?」


 一番聞かれたくないところを冴子はピンポイントで攻めてきた。どうやら、かなり腹が立っているらしい。


「おまけに行き遅れだの、山神様だの、なかなか面白いことを言ってくれましたね」


 顔は笑っているが、目が全く笑っていないというのはこういう状態らしい。


 いや、そんなことをのんびりと考えている場合ではない。このままでは間違いなく処されてしまうだろう。


「行き遅れ? 山神様? そんな言葉あったんですね。いやあ、この歳になってまた一つ勉強になりました」


 笑ってごまかしをかけてる間に荘龍は執務室からの脱出を試みる。


「ふざけているのですか?」


「とんでもない。参事官のおかげでまた一つ知啓が開けたと思うと感謝感激でございます。では、私は室長とお話がありますのでこれで」


 一目散に荘龍は執務室への出口へとダッシュする。


「逃がしませんよ」

 

 冴子の式神が出口をふさぐが、荘龍は巧妙なフェイントをかけながら式神たちのガードを抜いて、光速で執務室から逃走することに成功した。


「流石は、デルタの隊長と言ったところでしょうか」


 ため息をつき、眼鏡を拭きながら冴子はそう呟く。そして、眼鏡をかけ終えるのを待っていたかのように、涼子が冴子に抱き着く。


「山名参事官、助かりました……私、あのままだとセクハラ攻撃でヘンタイで淫乱な女になるところでした」


 荘龍の弄りは最近激しさを増している。それ自体は別にいいのだが、問題なのは涼子が秘めている思いすら看破しそうになっているところだ。


「立花さん、もう大丈夫ですよ。乙女の純情を汚す男は私が許しませんから」


 荘龍への凄まじい怒気を放っていた人物とは思えないほど、優しく冴子は涼子の頭をなでて慰めていた。


「隊長、基本的にいい人だけど私の純情まで汚そうとするんです。私、誰にも話していないのにまるで気づいているかのように話してきて、困っていたんです!」


 涼子の純情とやらは、とっくの昔に彼女を除いたデルタのメンバー全員が気づいている。


 その為、涼子の主張は実は破綻しているのである。


「参事官を信用してますけど、実は私……」


「ええ、分かっています。あなたが結城副隊長とお付き合いしていることを」


 涼子は何かと圭佑に甘いが、それは二人がすでに肉体関係まで有した恋人同士であるからである。


 正直、肉体関係まで有しておきながら純情もヘッタクレもないのだが、涼子はあくまで圭佑のことを純粋に好きだからという理由で純情を主張している。


「とにかく、乙女の純情を汚す者は何人たりともこの私が許しませんから。あなたはあなたの純情を貫いて、本願を達成させなさい」


「うう、参事官だけが優しいです。レイさんやモモすら私のことからかうのに……」


 同期のモモや、上司のレイすらからかうのは、やはりからの何物でもないのだが、涼子は冴子に実はそのことを話していない。


「それは酷いですね。後で私が折檻しておきますから」


「参事官!!!」


 冴子に涼子は全力で甘える。冴子もそんな涼子を全力で甘やかした。戦慄の羅刹女などという物騒なあだ名が付いているが、彼女は基本的に部下に優しく、仲間思いで、上司を尊重する礼儀正しい女性である。


 戦慄の羅刹女とは、彼女と戦ったとあるテロ組織の残党があまりの恐ろしさに失禁しながら語ったあだ名だ。


 だが、彼女は不届き者には一切の容赦をしない。故にそれはたまに味方へと向けられることになる。


 故に涼子はまだ知らない。この後に圭佑との肉体関係がバレて冴子にひざ詰め説教される未来を。


****


 一晩のラブラブを経て精神的にスッキリした荘龍は非常に憂鬱な気分になった。


「やっべえ、超やべえ。山神様を怒らせちゃったよ。あの人、怒らせると面倒なんだよな」


 単純な強さならば荘龍も引けを取らないが、相手は上司であり、霊安室のメンバー以上に洗練され、実践的に霊力を使いこなせる冴子は驚異的な戦闘能力を持っている。


 特にお仕置きとしてよく使う幻術などは、うっかりかけられるとエライ目に遭うために決して怒らせてはいけない人物なのだ。


「ほとぼり冷めるまでサボるか」


 隊長らしからぬ不届きなことを考えるが、荘龍の視界にミスマッチな和装と錫杖を手にした集団がこちらに向かってくるのが見えた。


「なんだなんだ、拝み屋か?」


 何かの儀式でもするのかと思ったが、和装の集団の中で一人だけスーツ姿の男がいるのに気づく。


「久しぶりだな、上杉荘龍」


「なんだ、いつの間に本部に戻ってきたんだ? 皇征一郎君よ」


 とある事情で休職していた征一郎が戻ってきたことに、荘龍は意外な気持ちになる。


「ずいぶん活躍されているようだな」


「悪党の種は尽きないからな。後、どっかの部署がいろいろとやらかしているから、その後始末させられて参るね」


 霊安室のやらかしを指摘するが、征一郎は苦笑するだけだった。


「それは災難だったな」


「へえ、意外に謙虚じゃないか」


「事実だからな。だが、今後はそういうことにはならん」


「その根拠って何?」


 やたらプライドが高い皇一族の中でも、征一郎は今一つ掴みにくい男ではあるが、虚勢を張ることだけは絶対にしない。何らかの自信があるのは間違いないだろう。


「特捜室にアーマード・デルタがいるならば、霊安室には鬼道隊がいるということだ」


「ああ、そういうことね」


 鬼道隊とは霊安室の中でも全員が特務捜査官としての資格を持ち、全員が強い霊力を持った精鋭で構成された特殊部隊である。


 立ち位置としてはアーマード・デルタと同じであるが、人員と規模はデルタよりも多いのが特徴だ。


「なんだ、やっと本気出したのか?」


「そういうことだ。いろいろと面倒かけたな」


「気にすんな、これぐらいは給料の範囲内だ」


 兄の征士郎とは違い、征一郎には独特のカリスマ性がある。決して激昂することのない、大らかで温和な態度から慕う者も多い。


「んじゃ頑張ってね。あ、最後に言い忘れてたわ」


「何だ?」


「戦いの前にはちゃんとトイレ行けよ。後、念のためにオムツもつけるのを忘れないようにな」


 最後の最後で荘龍は嫌みを述べてその場を去る。深くため息をついた征一郎は、配下の者達に所用があることを告げ、近くのトイレに向かう。


「上杉荘龍……」


 そう呟くと、征一郎はトイレの壁を激しく叩く。壁の一部が粉々になるが、それは征一郎の怒りと屈辱を晴らすには全く足りなかった。


「見ていろよ、今回は絶対に負けんからな。恥をかくのは貴様だ」


 かつて味わった屈辱を返すために、征一郎は休職し、修行を積んで再び戻ってきた。


 その恨みの力を武器に、征一郎はアーマード・デルタへの闘志を燃やした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る