第8話 前編

 アーマード・デルタには暴君が二人いる。


 一人は隊長にして、紅蓮の龍王の異名を持つ上杉荘龍。


 そして、副隊長にしての異名を持つ結城圭佑である。


 そんな紫電の雷獣という物騒な名前とは対照的に、知的で整った顔をサングラスで装飾している結城圭佑はかなり不機嫌な顔をしていた。


「ああ嘆かわしい」


「なんかあったんですか?」


 公用車の運転席で武藤宗護が尋ねる。


「嫌な奴に嫌な弱みを握られた」


 苦虫、というよりも毒虫を口に放り込まれたような気分に嫌気が指す。


「弱みって何です?」


 助手席から朝倉冬弥が尋ねてくるが、圭佑は深くため息をつく。


「端的に言えば、閻魔大王に処されるようなことだ」


 抽象的な表現に二人が首を傾げるが、加納明之と自分にとってはこれ以上も無いほどに的確な表現である。


 荘龍の母、自分に取っては叔母に当たる人物はまさに閻魔様である。しかも、かなり理不尽で怒ると話し合いが一切通用しないタイプである。


「ああ、よりにもよって、あのバカ野郎に一番握られたくない弱みを握られるとは」


 他人の弱みを握ることはあっても、自分の弱みを握らせるような間抜けではないだけに、自分がその間抜けになったことに愕然とする。


「副長、なんか弱み握られたみたいだね」


「ありゃかなりの弱みだな」


「相手は?」


「隊長だろ。副長相手に弱み握れるなんて、あの人ぐらいしか思いつかないって」


 宗護の指摘に、冬も納得する。いろんな意味で、圭祐に対抗できるのは荘龍しかいない。


「やっぱりさ、レイさんとラブラブするために草津まで言って寸止めくらったっていうのが、相当腹立ったんだろうね」


 冬はそれを想像しながら圭祐以上に苦い顔をする。それは、ある意味オートマチック拳銃でロシアンルーレットをするようなものだからだ。


「副長と室長じゃなかったら、フルボッコにしていると思うぞ」


「血の雨が降るのが予想できるね」


「内臓と脳漿も炸裂させて、ひき肉になるレベルだよ」


 キレた荘龍ほど何をしでかすか分からないが、逆鱗に触れた相手は徹底的にフルボッコにすることだけは予想できる。


「今頃、隊長とレイさん、自宅でなんだろうな」


 デルタ唯一の既婚者である荘龍と、その奥さんであるレイの関係はデルタ全員が知っている。


 二人のラブラブぶりは、羨ましさと共にいろんな意味でのやり過ぎ注意なために、結婚というものを常に他のメンバー達に考えさせられる代物となっていた。


「めんどくさいから結婚したっていうのが凄まじいよね」


「言葉だけ聞けばカッコいいけどな、あれはもうレイさんに悪い虫付けたくないっていう隊長の独占欲から来てるからな」


「レイさんもなんだかんだで束縛大好きだし、束縛されるのも大好きだからね」


「隊長もな。完全似た者同士だし、趣味嗜好も合うからな」


「いざとなったら手段選ばないところとかもね」


 荘龍とレイの二人は、宗護と冬にとってある意味娯楽のようなものである。だがそれは遠目で見ていればの話だ。


 たまに、巡り廻って自分たちのところに悪影響が飛んでくるから始末に悪い。


「お前ら、しばらく俺の前で発情淫乱夫婦の話をするな。次話題にしたら、エレキで躾するからな」


 静かに、同時に畏怖を与える圭佑に宗護も冬も「はい」と返事をして機嫌を取り、話題を変えようとした。


「ですがホントにここが吸血鬼たちのアジトなんですかね?」


「通報が正しければな」


 冬の問いに圭佑は不機嫌そうに答える。今彼らは吸血鬼のアジトらしき場所があるという通報を受けてこの倉庫街にやってきた。


「イタ電の可能性もあると思いますけど?」


「だろうな」


「であれば、無理に来なくてもよかったんじゃ?」


「本当だったらどうする?」


 圭祐の返答に宗護は納得する。確かに、嘘ではない場合はかなり厄介なことになりかねない。


「それにだ、霊安室の連中がどうやってこの事件を捜査しているのか、気にならないか?」


 その言葉に、宗護も冬も一瞬で捜査官としての立場に戻った。


「言われてみれば、なんで霊安室の連中は割とピンポイントでこの事件を捜査出来ているんですかね?」


 宗護の疑問は全員が共通している認識であった。霊安室は基本的に情報収集は能力やマンパワーを生かした割と古典的な方法を取っているからである。


「連中には職員以外のアルバイターみたいな奴らがいるよね。それをごり押しすれば、できない話じゃないとは思うけど」


 冬が首をひねりながらそう言うが、正直これは冬自身も納得できていない。


 霊安室は保安局に所属しながら、事実上独立しており、保安局の捜査ネットワークからも外れている。

 これは、皇家を頂点とし、その分家などが役職を兼ねているためであり、職員以外の能力者ミュータントたちも活用するという独自の情報網を持っているためでもある。


「それでも、俺たちよりも先に情報を得られるのはおかしい。俺たちの方が、より正確で豊富な情報を収集できる環境にいる」


 霊安室を構成する超常系能力者ミュータントは情報収集に特化している者が多い。だが、特捜室にも情報収集に精通したエキスパートが存在し、なおかつITを駆使し、保安局を構成する公安本部、外事本部、組織犯罪対策本部とも協力関係にあり、彼らとも連携を取りながら情報を収集している。


「俺たちは局内は無論のこと、警視庁や海保、税関や国税とまで連携しているんだ。それ以外にもFBIやCIA、BNDやSISなどとも協力体制が出来ている。その上で、能力者ミュータントによる情報を行ってるわけだが、だからこそ俺たちは奴らよりも多くの特殊犯罪を検挙できていた」


 霊安室解体論が出ているのは、今圭祐が口にしたことが全てである。アクセスできる情報の量がそもそも特捜室と霊安室では、比較にならないほどに特捜室が勝っている。


「収集できる情報の多さは、そのまま分析する上での状況判断の質にも直結する。こっちはネットの書き込みすら閲覧してAIが分析かけてるし、今回の通報も一応AIが分析した上で嘘を言っていないかを判断して、真実だったという判定の元に動いている。そんな俺たちよりも、奴らが対処はともかく吸血鬼たちをそれなりに追いかけられているというのは気にならないか?」


「連中にもタレコミが来ている可能性がありますよ」


「そうかもしれんな」


 宗護の言う通り、霊安室もまた同じくタレコミが来ているのかもしれない。だがそうなると何故今回特捜室にも来ているのかという別の疑問が出てくる。


 いずれにしても、今回の事件はかなり異質な吸血鬼事件であるため、何かしらのきっかけがつかめればそれでいいと圭佑は考えていた。


「それでも空振りになる可能性もある。その時はアジ釣りにでも行くか」


 先頭にが付くほど釣りを趣味にしている圭祐としても、一連の事件で釣りすらマトモに楽しんでいない。


 真面目そうに見えて、隙あらばサボって釣り堀でヘラブナを釣りに行ったり、豊洲の本部からそのままハゼを釣ったり、はたまた羽田まで行ってアナゴ釣りに行くほどだ。


「釣りはいいぞ。魚を釣る楽しみと、釣った魚を食う楽しみがあるからな」


 何気に釣りサークルを運営している圭祐は、内務省や保安局にも参加メンバーを着々と増やしていた。


 だが、肝心のデルタでは一人も参加していないのが現状だった。


「すんません、僕今のところ車が趣味なので」


「ボクは空飛ぶことが趣味ですから、それに飽きてからでいいですか?」


 宗護はモータースポーツ、冬に至ってはエアレースを趣味にしている。それでも付き合いで釣りに参加していることもあるが、結局は好きなものを選んでしまうのが現状だ。


「人生を損しているな」


「損したくないから、好きなことをやってるんですよ」


「同感同感」


 宗護と冬の反論に圭祐は不機嫌になるが、外を眺めると霊安室がよく使うワンボックスカーが五台ほどこちらに向かってくるのが見えてきた。


「どうやら、今回の通報はハズレではなさそうだな」


 そう呟くと同時に、圭祐は厄介ごとがまた増えたことを認識した。

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