第14話 前編

 吸血鬼にはそれぞれ、DNAデータが登録されている。


 これは、人魔共存の時代となった現代においても優先して行われているが、それだけ吸血鬼という存在は一歩間違えれば生きた大量破壊兵器となり得るからだ。


「やっぱり、過去データ全部ひっくるめて検索しましたけど……」


 残念そうに語るモモの口調に、レイも顔を曇らせる。


「過去データに該当無しか」


「ええ、何度か吸血鬼事件は起きてはいますが、そのいずれにも該当していません」


「やっかいね」


 そう呟くと、レイは喫茶室から取り寄せたコーヒーを口にする。


 酸味が利いているはずのコロンビアコーヒーが、妙に苦く感じた。


「過去何度か同じ吸血鬼が暴れた記録がありますが、国内のデータに全く当てはまらない上に、他国から提供されたデータにすら該当なし。全く新しい吸血鬼が出てきたことになりますね」


 分析結果から出てきた情報を元に、モモは簡潔にそう述べた。


 二人は今まで倒してきた、吸血鬼の死骸から採取したDNAデータを元に、過去の吸血鬼との関連性について調査していた。


「全く該当しないということを考えると、血縁者ですらないってことになるわね」


「レイさんの言う通りです。そうなると、完全に新個体が日本に入ってきたことになります」


 解析したデータからはじき出された答えにレイは頭を抱えたくなる。


「おまけに、グールよりも吸血鬼にする確率が高いっていうとんでもない個体なわけね」


「そういうことです。これは、正直霊安室では対処が難しいような気が……」


「ところがそうでもないのよね」


 レイはモモにコーヒーを手渡した。


「霊安室は今、鬼道隊が大活躍しているのよ。すでに四回出動して、四回とも一切の犠牲者も出さずに解決してるわ」


「噂には聞いてましたけど、鬼道隊は強かったんですか?」


 モモは非戦闘型の能力者だが、超常系能力者は一般的に戦闘能力を低く見られがちである。


 念動力を駆使し、相手を吹き飛ばしたり押しつぶすなど観念動力を自在に使える念動系能力者。


 気力を原動力に水・火・風・雷などの元素を自在に操り、戦闘を行う元素系能力者。


 それに比べると、超常系能力者は非戦闘型の能力が多く、直接能力を戦闘に組み込める念動系、元素系に比べると弱さを感じてしまうのが一般的な認識だ。


「例外はいるじゃん、山名参事官とか」


「あの人は規格外過ぎます。それ言ったら室長だって怪物じゃないですか」


 特捜室でも数少ない超常系能力者である山名冴子は、並外れた戦闘能力の持ち主でもある。


 その強さはアーマード・デルタ、一人一人と対等に渡り合えるほどだ。


「デルタスーツを着用した、あの五人と戦える時点でおかしいですからね。しかも得意能力は幻術ですし」


「それ言ったら、デルタのメンバーはみんな同じだから」


「それ、レイさんが言っちゃうんですか?」


 隊長である上杉荘龍と互角に戦える上に、ミラー粒子という希少粒子を自在に発生し、制御できる時点で同じく規格外と言える。


「だって、私の本分は、研究者だも~ん」


 超弩級の胸を張りながらレイはそう答えたが、モモもそれには同意せざるを得ない。


「それにデルタのメンバーだけじゃなく、特捜室は全員が特技をいくつも持っていているのが特徴だしね。モモだって、能力者だけどそれ以上に研究者としての肩書の方が重要でしょ」


「それはそうですけど」


「能力が全てを制するわけじゃないのよ。能力なんて所詮は道具なんだから。使い方がダメなら、どんな名刀でもナマクラだし、研ぎ澄ませれば岩も切れる道具になるってものよ。自分の本分、まずは大事にしないとね」


「そうですね」


 研究者とは思えないほどの戦闘能力を持つレイではあるが、研究実績と研究者としての能力はきちんと有している。


 それだけにモモはその言葉の重みを感じた。


「だけど、吸血鬼が増えるっていうのは厄介ね」


「ミラーコーティング弾や対吸血鬼用ナイフも揃ってますよ」


 通常の弾丸やナイフでは魔族に傷をつけるだけではあるが、ミラー粒子によるコーティングをするだけでこれらの武器は、魔族を殺傷する恐ろしい武器へと変わる。


 その武器を惜しみなく保有している特捜室から見れば、さほど恐れることはないのではないかとモモは思っていた。


「グールはともかく、吸血鬼になると身体能力が格段に上がるし、何より霊力も増える。吸血鬼も魔族なのよ。何が起きるか分かったもんじゃないわ」


 先日の戦いを思い出すかのように、レイはそう言った。吸血鬼となった八並はミラーシールドを通過できるほどの霊力による攻撃を行い、ミラー粒子弾を直撃されても、右腕を切り捨てて立ち向かってきた。


「実際のところ、吸血鬼のことってそんなに分かっているわけじゃないの。発生しても処理しなきゃいけないし、存在することが稀だからさ。だから、何が起きるか分かったもんじゃないし、数が増えるにつれて何かしらの耐性や特性がついたりしたらとんでもないことになるわよ」


「ミラー粒子が利かなくなるってことですか?」


「その可能性もあるわね」


 吸血鬼にとっては、日光に匹敵するほどの致命傷を与えるミラー粒子が通用しないとなると、根底から対策を変えなくてはならない。


「ま、これはかなりの極論かもしれないけど、一番恐ろしいのはこれが全国規模で発生していった場合よ。今は首都圏で発生しているからかろうじて対処で来ている。これが日本全国で当たり前のように起きたら、流石にキャパオーバーになるわ」


「想像したくもないですよそんなの」


「テロリストっていうのは、そういうこと平気で考えちゃうからね。グールがいるだけでも本来は驚異的だし、そのグールよりも吸血鬼の方が遥かに厄介なのに、それが増えるとなるとこれって大問題なのよね」


 グールよりも遥かに強く、感染源となる吸血鬼が大量発生した場合、日本国民全員が残らず吸血鬼になってしまうだろう。


「とりあえず、これは室長に報告しておかないといけないわね。そして、対処についてもちょっと考えなきゃいけないかも」


 事態は想像以上に悪化しているかもしれない。


 調べれば調べるほどに、レイはこの事件の早期解決を求めるようになった。

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