第28話 後編
「最初に言っておくけど、今までのは全部お遊びだったからな。つーか、俺はお前相手に一度も本気出したことはない」
「奇遇だな、俺もだ」
征一郎が自信たっぷりに答えるが、荘龍がデルタスーツ越しに苦笑する。
「へえ、俺にぶちのめされて大も小も漏らした時もか?」
荘龍が征一郎の忌まわしい記憶を呼び起こすと共に、征一郎は肥大化させた腕で荘龍に襲い掛かる。
鬼神の腕を荘龍は巧みに捌き、致命傷を受けることなく防御を行う。
「やっぱり俺の動きを読んでやがるか」
巨腕の張り手や手刀、そしてパンチと攻撃が繰り出されていくが、その全てが荘龍が避けそうな場所を狙っての二撃目があった。
ボクシングで言うところのワンツーの攻撃を応用したそれは、荘龍の後の先を正確に読み切っている。
それ故に攻撃を完全回避することはできず、防御に追い込まれている。
「どうした上杉荘龍、いつものように避けてみせろ」
「け、ちょっと有利になったからってもう調子に乗ってやがるな」
荘龍は攻撃を捌き、受け流す。
そして、両腕を紅蓮の光に染めあげながら、征一郎の腕を横薙ぎに一閃する。
「うぎゃああああ!!!!」
肥大化させた腕を切り裂かれ、怯んだ隙を荘龍は見逃さなかった。
同じく発光した足が征一郎の両足を薙ぎ、さらに胴体を貫いていた。
「貴様、これは一体……」
「お前は確かに強くはなったよ。そこは認めてやる。だが所詮は
反論の代わりに征一郎は復活させた拳を荘龍に向けてきたが、荘龍はその拳が最速に至る前に自身の拳で打ち砕く。
圧倒的な速度で打ち出された紅蓮の拳の前に、霊力の鎧で防御された征一郎の拳は容易く砕かれた。
「うおおお!!」
砕けた拳を庇いながらも、荘龍は追撃で容赦なく拳を蹴りとばす。
更なる痛みに悶えながら、荘龍は攻撃の手を一切緩めない。
その攻撃は、一切の溜めがない攻撃を矢継ぎ早に繰り出しているように見えるが、荘龍の体感時間ではしっかりと姿勢を整え、溜めを作り、力を連動させていた。
空手の正拳突きがボクシングのジャブ、いや、ガトリング砲並みの動作と速度で繰り出されてるような攻撃に、征一郎は一切の反撃を行うことができずに骨を砕かれ、骨を折られ、肉を潰されていった。
「お前は霊力の動きを読んで、ついでに俺を縛り付けたみたいだが、そんなもんはな、より強い気力の前には無力だ。残念だったな、ドーピングした霊力がそんなもん一切使ってない俺の気力よりもミニマムでよ」
霊力を極めた者には未来視が使える。
見える範囲は使い手によってさまざまだが、戦いにおいて相手の行動を先読みできることは、凄まじい優位性をもたらす。
さらに征一郎は霊力によって荘龍を拘束することで、荘龍の圧倒的なスピードを封じて先手を打つことができた。
「まさか、貴様双気滅殺を?」
「なんだ知ってるのかよ。そうだよ、俺の気力でお前の霊力を封じてんだよ」
「そんなバカなことが……」
「あるんだなこれが。俺はさっき、星心を発動させた。言っておくけど、元素の力を持つ気力使いが、星心を発動させることの意味は分かってるだろ?」
元素系能力者は世界に数多く存在するが、その中でも六合星心拳を極めた能力者は別格と言われる。
いわゆる元素系能力者は、元素の力を使えるだけであるが、六合星心拳では元素の力をより効率よく運用し、少数の気力でより多くの力を発揮できるようにすることを基本とする。
そして、その力を制御し運用するのが星心であり、鍛錬の末に星心を使いこなせる元素系能力者は、星心を持たない能力者と比較して、ジェット機とグライダーほどの差があると言われているほどだ。
「俺たちぐらいになるとな、うかつに星心なんぞ使ったら周囲の地図を描き変えなきゃいけないレベルのことになっちまうんだよ。シラス捌くのにマグロ包丁使うようなもんだぜ」
「そんな、バカなことが……」
「あるんだよ」
一言吐き捨てた荘龍の更なる乱撃に、征一郎は悲鳴を上げる。
一瞬の攻撃であるが、荘龍は百発以上の打撃を繰り出していた。
「お前は下らないことに執着し過ぎた。あんなクソみたいな家族の中で一位を競うぐらいなら、もっと広い世界で一位を競うべきだったな。お前は井の中の蛙、いや、ゴキブリホイホイにひっかかったゴキブリってところか」
「お前に一体何が分かるというのだ!」
激昂する征一郎の腹部に、光のエネルギーが充填された荘龍の右足が突き刺さる。
「知るわけねえだろ。人間所詮は一人、自分のことは自分しか分からない。だから、相手を知ろうとする。そういうお前は誰かを知ろうとしたのか? あんな未成年の娘を人質にしてたくせによ」
荘龍が足を抜くと、口から血を吐きだし、征一郎はそのまま膝から崩れ落ちた。
「あの娘の方がよっぽど大人だよ。人質にされた父親のために頑張ってさ。やってきたことは犯罪とはいえ、お前よりもずっとマシだよ。お前は自分の我欲を満たそうとしているだけだ」
そう言い切ると、共に荘龍の紅蓮に輝く腕が一閃する。
レーザー化した腕によって繰り出された手刀は、容易く征一郎の首を切り落としていた。
「まて、私はまだ……」
「お前にはもう、何も残っていない。地位や名誉も無論のこと、尊厳もプライドも、存在意義も、生きる価値もな」
左手に構えたクリムゾンから、充填された光エネルギーの弾丸が征一郎の首から分かたれた体に直撃する。
高出力のエネルギーの弾丸は、霊気外装した体を燃やし尽くし、消滅させていった。
「何故、何故だ! ここまで緻密に練り上げ、鍛錬に鍛錬を重ねてきたはずなのに。どうしてこうも簡単に……」
「うるせえな、最後ぐらい華々しく散れよ。そういう往生際が悪いからお前は上に行けないんだ。ちゃんと死んでおけ」
首だけになっても吸血鬼の因子で生き延びている征一郎に呆れながら、荘龍は首を後方へと放り投げる。
征一郎が泣き叫ぶ末期の声を聞きながら、地面に落ちるギリギリのタイミングでクリムゾンを抜き、エネルギーマグナムを放つ。
「本当に、バカな奴だった」
エネルギーマグナムによって灰になった征一郎を眺めながら、荘龍は皇家を憎み、霊安室の旧態依然な組織に憤慨していた男の末路に若干の憐れみを感じていた。
こんな姑息な手段になど走らず、皇家や霊安室から離れて広い世界で己の力を磨いていけば、こんなくだらない末路をたどることなどなかったはずであった。
もし、道を踏み外すことがなければ、頼りになる同僚となっていたかもしれない。
そんな思いを持ちながら荘龍は懐から葉巻を取り出し、赤熱化させた指で火をつける。
それは弔いの線香でもあり、この虚しい戦いの結果を、煙にして吐き出したくなる気持ちが現れていた。
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