第9話 中編
元素系能力者は主に火、水、風、雷、土という俗に言う五大元素に分類される。
だが、中にはこの五大元素に分類されない例外的な能力者が存在する。その一人がアーマード・デルタ隊長、上杉荘龍である。
荘龍の能力は元素系光というかなり珍しい能力であり、光を自在に操り、干渉し、発生させることが可能となる。
そして、もう一人が天城レイ、本名上杉レイであり、彼女はミラー粒子という近年発見された特殊な粒子を自在に制御し、発生と干渉が可能であった。
ミラー粒子は電磁波や電気、磁力、光、熱線といったものを反射することが出来る。また、コーティングすることで電力を封じ込め、電力をロスさせることもないために、その特性を生かしてバッテリーを始めとする素材の原料として活用される希少な物質であった。
また、粒子そのものは自在に蒸着させることも可能であり、人体には一切無害であるが、この粒子にはもう一つの特性があった。
「雑魚がわらわら出てくるわね」
口からよだれを垂らしたグールたちが現れるが、ミラージュはビスクドールからミラー粒子弾を乱射する。
体を半分切り裂かれても、生きているほどの強い生命力を持つグールが、たった一発の弾丸で肉体が崩壊していく。
これがミラー粒子のもう一つの特性である。ミラー粒子は魔族の肉体に致命傷を与えることが可能であり、それは魔族に分類する吸血鬼やグールを駆逐するには十分すぎるほどの威力を持っていた。
「相変わらず、すげえ威力だな」
ドラケンとなり、彼女を追いかけた荘龍はミラー粒子の威力に呆れていた。幾度かその威力を目にしてはいたが、ビスクドールが放つミラー粒子弾は体の中心部ではなく、手や足などの末端であっても致命傷を与えている。
「あら、この子の威力忘れちゃったのかしら?」
二丁のビスクドールを構えるミラージュに、荘龍は苦笑してしまう。
「忘れるわけねーだろ」
彼女の強さは荘龍が身を持って体験しているため、彼女の能力については正しく認識している。だが、荘龍はミラージュを苦手としていた。
「こちとら、お前さんに殺されかけてるんだ。そうホイホイ呼び出したくない」
「あら、私のことはベットやお風呂で殺している癖に」
「お前じゃなくてレイちゃんな」
ミラージュになったレイは、ほぼ二重人格のようになる。なんだかんだでドMなレイとは対照的に、ミラージュはドSであり容赦がなく、小悪魔のように妖艶である。
「俺、ハッキリ言ってお前のこと大嫌いだからな」
「酷い! 私とレイは同じ存在なのに」
「うるせえ! レイちゃんは俺の愛しの奥さんだが、お前は違う!」
二人の痴話喧嘩らしきものが始まると、気づけばグールがこちらの様子をうかがっているかのように包囲していた。
「邪魔だ!」
荘龍がクリムゾンを引き抜き、紅蓮の閃光を放つ。グールの胴体に正確に放たれたレーザーはグールに致命傷を与えていた。
「流石ね。対吸血鬼用に調整したのかしら?」
「グール如きにそこまでの手間暇はかけねえよ。体の中心部に当ててやりゃ十分だ」
グールの再生能力は吸血鬼には劣る。通常のレーザーでも、致命傷になるポイントが存在するためそこを狙えば事足りるのだ。
「良い腕してるわ。私なんて下手くそだから、結構適当に撃っちゃうのよね」
そう言いつつも、ミラージュは的確で一方的にグール達を倒していく。決して魔族殺しの弾丸頼りではなく、荘龍ほどではないが、胴体を中心としたポイントに命中させていた。
「雑魚狩りは任せていいか?」
「あら、隊長さんは大物狙いなのかしら?」
「そう言うことじゃない」
ミラージュは苦手だが、その正体は愛妻であるレイであるだけに無理に戦ってほしくないのが荘龍の本音である。
グール程度ならば安心して任せられるが、吸血鬼になるとそういうわけにもいかなくなる。
「私は伊達に白銀の牙と呼ばれているわけじゃないのよ」
「んなもん俺が嫌って程知ってるわい。こちとらお前に冗談抜きで殺されかけて、三途の川から何とか戻ってきたんだからな」
あまり思い出したくないことではあるが、彼女の強さは本物だ。それでも、荘龍はどこまでも過保護であった。
「それに、霊安室の連中も何人か吸血鬼になってるらしい。吸血鬼になって、パワーアップしていたらあんな連中でも厄介なことに……」
何かが飛んでくる。それを見るよりも先に察知した荘龍はミラージュを押し倒すように地面へと伏せた。
「隊長さん、こんな時でも欲情しちゃうの?」
「お前バカか! アレ見ろアレ!」
荘龍が指さした先には、先ほどまであったプレハブ小屋が跡形もなく吹き飛んで、その残骸だけが残るという光景だけがあった。
「あら、派手なことになってるじゃない」
「落ち着いてる場合か」
立ち上がった先には、一体の吸血鬼が二人を睨んでいた。どことなく誰かに似ているような気がする。
「上杉荘龍、貴様だけは絶対に殺す」
「面白い冗談言ってんじゃねえか」
吸血鬼の顔面がクリムゾンのレーザーによって射貫かれる。だが圧倒的な再生能力を前に傷は修復された。
「貴様のレーザーなど無力だ。今日は先日貴様に潰された面目の恨みを晴らしてやる」
「なんだ、アホの八並か?」
真っ赤に染まった瞳と、吸血鬼らしい牙で一瞬誰だか分からなかったが、吸血鬼とグール相手に突撃かました霊安室の八並らしい。
「どこまでも貴様は私を愚弄するつもりのようだな」
右腕に青い炎を発生させ、八並は荘龍達に向けてそれを放つ。
「させない!」
ミラージュは荘龍を庇うかのように、ミラー粒子によるシールドを形成する。ミラーシールドはレーザーやメーザー、磁力や電磁波、電気や放射線すら反射して防御可能だ。しかし、八並の放った炎はミラーシールドを突き抜けてきた。
「危ねえ!」
秒単位の時間の間に、荘龍はミラージュを抱えてサイドステップで回避する。だが青い炎が命中した倉庫の壁が、派手な音と共に吹き飛んでいた。
「今のを避けるか」
「こちとら一秒で地球を七周半出来るんでな。なかなかな威力だが、遅すぎてあくびが出たぜ」
余裕を見せる荘龍だが、ふんぞり返って小物感があった八並らしくない、強者らしさが混じった達観する口調には強者の風格がある。
どうやら、吸血鬼になったことで、もともとあった霊力が強化され、それに伴って内面も変化しているようだ。
「相変わらず口だけは回るな。小賢しく、速さだけが取り柄なくせに」
「あ? 皇のオジイにケツ穴提供して出世したことで有名な、無能の人並以下野郎が調子ぶっこいてんじゃねえぞ。一から躾しなおしてやろうか?」
荘龍と八並の口喧嘩が始まるが、その隙を文字通りミラージュのビスクドールが穿つ。
ビスクドールのミラー粒子弾が、八並に命中するも八並は霊力を宿した右腕で胴体をミラー粒子弾から防御していた。
「雄弁は銀、沈黙は金よ。敗因は、おしゃべりに熱中ってあなたの墓に刻んであげるわ」
「なら、君の墓には能力にかまけたことが敗因だったと刻んでおこう」
八並は右腕を根元ごと引きちぎり、ダメージを最小限に抑えていた。再生能力が高い吸血鬼らしい防御法に荘龍は苦笑する。
「やるじゃない」
「待てミラージュ、ここは俺に任せろ」
「あら、私がこんな雑魚に負けると思ってるのかしら?」
雑魚という言葉が耳に障ったのか、怒りに任せて八並は霊力の炎を乱射し続けた。
周囲が爆発していく中で、荘龍とミラージュはがれきと粉塵、そして光学迷彩を使用して、距離を取った。
「全く、吸血鬼になってから本気出しやがって」
「同感ね。ミラー粒子弾防いだぐらいで調子乗ってるみたいだから、盛大にお仕置きが必要だわ」
「だから、あいつの相手は俺がするって。お前は、グールと他の吸血鬼退治してくれ」
言い方が気に食わないのか、ミラージュは荘龍の頭にビスクドールを突きつけた。
「私のこと、戦力として見ていないのかしら?」
「そういうことじゃねえって何べん言わせんだ! 聞く耳持たないならワンタンか餃子と交か……」
そこまで言いかけたところで、今度は盛大なビンタが荘龍の顔面を張り飛ばしていた。デルタスーツを着用しているとはいえ、同じパワードスーツを着けている上に、パワーアシスト機能が盛大に働いて顔よりも首の骨が折れるレベルの威力に、荘龍はフラフラになる。
だが、そんなフラフラにした張本人とは思えないほどに、ミラージュは抱き着いてきた。
「ねえ荘龍、私、荘龍の役に立てない女かな?」
ミラージュの妖艶で高慢な口調ではなく、優しさと怒りが常に交じり合った情愛のあるレイの口調に思わず荘龍も抱き着いてしまった。
「とんでもない、レイちゃんはいつだって俺の役に立ってくれる素敵な奥さんだよ」
「だったら、私に任せてくれても……」
「それはそれ、これはこれ。別に、レイちゃんがあいつに負けることなんてないと思うけど、俺にはできないことが、レイちゃんには出来るでしょ。その力が、レイちゃんにはあるんだ」
ビスクドールを指さしながら、荘龍は優しく諭す。ミラー粒子という、希少な粒子を活用し、魔族であるグールや吸血鬼退治に最適な能力を持ったレイならば、この事件も容易く解決できる。
「あのアホは俺が決着つける。だから、レイちゃんにはレイちゃんの仕事を果たして欲しい」
「……分かったわ、隊長さん」
「何?」
一瞬でミラージュに戻ったことで、荘龍はドラケンの装甲の中で思わず赤面する。
「レイには優しくできて、私にはそっけないのが気に食わないけど、とりあえず納得できたわ。じゃ、頑張ってね隊長さん」
笑いながらその場を後にするミラージュに荘龍は頭を抱えた。
「やっぱり俺はあいつが嫌いだ! 大嫌いだ!!!!!」
例え、レイと意識を共有していたとしても、荘龍はますますミラージュが大嫌いになったのであった。
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