第9話 後編

 八並家は代々、皇家の分家として仕えてきた家柄であった。その役割は当主を補佐し、時には当主に変わり戦いにおける現場指揮官を担当するなど、重責を担ってきた。


 現在の当主は霊安室参事官の八並八郎であるが、八郎は決して能力者としては優れているとはいいがたかった。


 結界術も式神を作ることも、霊力による探知も出来るが、そのすべてが人並みであり、傑出した力はない。また、彼は内務省特務捜査官の試験に落第しているのだが、皇家のルートを使い、霊安室入りしたことでも有名であった。


 そうした、皇家に次ぐ分家の生まれながら、全ての能力が人並みに過ぎない彼にとって、自分の立場というものはストレスそのものであった。


 本家を支えるのではなく、従属している男。本家がなければ何もできない男。


 そんな声が聞こえるたびに、自分の立場が相応しくないことを、八郎は誰よりも自覚していた。だが、自分以外に跡継ぎがいない八並家にとっては彼以外に当主候補はなく、誰もが八並家の没落を予想した。

 

 ところが、現在の皇家の当主である皇征士郎は彼を重用した。決して有能ではなく、力も劣っているが、彼は八郎の愚直さと忠誠心を高く評価していたからである。


 失敗が許されないような任務など、征士郎は彼に重要な任務を任せ、彼もまた当主の威光を使い、部下たちを掌握することで彼の期待に応えてきた結果、八並家はまごうことなき筆頭分家の当主としての地位を確立することが出来た。


 そんな順風満帆な生活を手にした中で、彼もまた皇家すめらぎけ、霊安室と同じく苦境に立たされていた。


「貴様ら特捜室が来てから我々は滅茶苦茶だ。どいつもこいつも、貴様らを頼るようになった」


 八並は恨み節を、特捜室の切り札であるアーマード・デルタ隊長、上杉荘龍にぶつけた。


「我らが一体どれだけこの国のために尽くしてきたか、貴様らに分かるか? 貴様ら以上に我々は怪異と戦ってきた。この国のための指針を占ってきた。それを、貴様らは全て奪おうとしている」


 返答の代わりに、荘龍はクリムゾンを突きつけ、紅蓮の閃光を放つ。


「だからなんだつーの」


 紅に染まったレーザーは八並の顔面を射貫いていたが、すぐにその傷は再生を始める。


「黙って聞いてりゃ、恨みつらみと愚痴でちっとも面白くねえ。新興勢力に老舗がやられるのは、単純に老舗の怠慢だろうが。今時占いだの、そんなもんAIやスパコンに任せた方がよっぽどマシな答えが返ってくるぜ」


「まるで我々を無用の長物だというつもりか?」


「いや、お前らが無用の長物にしたんだろ。自分たちの能力にかまけて、磨くこともやめやがって。その上、現代科学も軽んじて、どうすればより多くの人達を守れるのかっていう使命を忘れて組織の存続を優先すりゃ、落ちぶれない方がおかしいわ」


 荘龍が霊安室を嫌うのは、能力不足であるだけではない。命を守るために犯罪に立ち向かうという、国家保安局の使命を忘れ、保身に走っているその選民的な態度を嫌っているからである。


「挙句の果てにとち狂って吸血鬼やグールに成り下がってよ。どうだ、討伐対象に成り下がってから強くなれた気分は?」


「どこまでも、貴様は我々をバカにするのだな!」


 怒りに任せて霊力の炎を放ってくる八並であったが、荘龍はランダムに放たれた全ての炎を回避し、その間隙を突くかのように八並の顔面に拳を叩き込んだ。


「破壊力があるいい攻撃だが、当たらなきゃ意味がないんだよ」


 顔を殴られ、のぞける八並は再び霊力にて攻撃を再開させる。四方八方に渡って、回避するスペースなど存在しないかのようなエネルギーの瀑布ではあったが、荘龍は大胆にも笑っていた。


「これは回避できまい」


「さあて、それはどうかな?」


 荘龍はあえてギリギリまで攻撃が迫ってくるのを待つ。とはいっても数秒単位の時間ではあったが、光を発生させ、光を操る荘龍にとってはあくびが出るほどの余裕があった。


 その気になれば光速で動ける荘龍は、霊力の瀑布が全てスローモーションのように見えるため、巧みに攻撃をかいくぐりながら、今度は八並の腹部を蹴った。


 能力による加速と荘龍の筋力やパワーアシスト等が加算されたキックは、吹っ飛ばすのではなく、そのまま八並の腹部を貫通させていた。


「グフッ!」


 血を吐き出す八並から足を引き抜くと、荘龍の紅の装甲に覆われた両手足が、クリムゾンのレーザーと同じ色に輝いていった。


「レーザーレッグ!」


 そう叫ぶと共に、荘龍は八並の足にローキックを放つが、八並の足は熱したバターナイフによって切られたバターの如く、切断されてしまった。


「こいつはおまけだ。レーザーアーム!」


 さらに追い打ちをかけるかのように、荘龍は右腕の手刀を八並の両手に繰り出すも、両足と同じく八並の両手もまた容易く切断されてしまった。


「ウギャアアアアア!」

 

 文字通りの姿になったことがショックだったのか、両手足を切断されたことの痛みが凄まじいのか、あるいは両方なのかもしれない。


 両手足をレーザー化し、鋭利なレーザーによるブレードにする。荘龍が刀や槍を持たないのは、すでに両手足が武器化されているからであった。


「吸血鬼になったからって、その力に溺れた末路はどうだ?」


 意地の悪い質問をしながら、荘龍は八並の腹を思い切り踏んづけた。


「黙れ。貴様らに我々の気持ちなど分かってたまるか!」


「分かるわけねえだろ。特務捜査官の試験落っこちて、皇家のコネで霊安室入りした縁故野郎の気持ちなんざ。僕こう見えてちゃんと試験合格してんのよ。その時点で、君とは違うんだわ。お分かり?」


 資格持ちと縁故採用では、後者が賞賛されることなどありえない。特務捜査官試験は、国家公務員総合職試験に逮捕術や尾行術などの実技が合わさるために、非常に難易度が高いからだ。


 だからこそ、特務捜査官はエリートとして尊敬されるのである。


「逆に聞くけど、そうやってクソ真面目に鍛錬して、試験に合格して特務捜査官になった人が、お前みたいなコネで入ってきたアホをどういう目で見ていると思っているのか、考えたことあるのか? 落第野郎の癖に生意気なことばかり言いやがってよ」


「黙れ! 我々は古くからこの国を守ってきた誇り高き一族だ!」


「今は守るどころか、討伐されるべき吸血鬼に成り下がってんじゃねえか。ろくな装備も持ってねえ癖に突撃かまして部下を死なせて、自分は吸血鬼になって、つくづくクズだなお前」


 これ以上会話をしても意味がないことを知った荘龍は、クリムゾンを取り出す。


「ま、後はあの世をエンジョイするんだな。心置きなく死んでおいてくれや」


「や、やめろ。私はまだ死ぬわけには……」


「悪党どもはどうしてこうも同じような命乞いするかね? そして、それが通じると思っているのやら」


 先日仕留めた吸血鬼の姿が八並と重なったことで、荘龍は急に不機嫌になった。


「私はまだ死ねないのだ!」


「遠慮すんな、人間いつかは死ぬ。遅いか、早いかだけだ。アディオス」


 エネルギーマグナムの高出力エネルギーが、八並の肉体を完全に消滅させた。


「案外、楽勝だったみたいね隊長さん」


「だな、お前に任せてもよかったかも」


 ミラージュが戻ってきたということは、あらかた始末が付いたということだろう。とりあえず、仕事は一つ片付いたようだ。


 それを証明するかのように、ミラージュはデルタスーツの装着を解除し、ミラージュからレイへと戻る。それに合わせて荘龍も元に戻ったが、レイはそれを見逃さずに荘龍の顔面にビンタをかました。


「痛え!!」


「荘龍、どうやらお仕置きが必要みたいね」


「何故に?」


「分からないの? だから、お仕置きするのよ。荘龍お得意の躾、盛大にかますから!」


 頭から角が生えているかのように、鬼と化したレイは荘龍に容赦ない「お仕置き」を開始した。

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