第4話
老人は一人苛立ちを隠さずにいた。
「貴様ら、一体何をしている!」
机を強く叩き、叱責する内容に関しては真っ当と言えるが、その姿は些か滑稽に見える。
「仕方ありますまい。吸血鬼を些か増やし過ぎましたからな。ほころびが出てくるのは否めません」
老人の側近たちが老人の言動に恐縮している中で、一人の青年は平然とそう言ってのけた。
「貴様、いい度胸をしているな」
「事実を申しているまでですよ。数が増えれば対処するのが困難になる。単純な数学、というよりも算数の問題ですな。子供でも分かることです」
側近たちが顔色を変える中で、彼だけは平然とした口調でそう言ったが、老人の機嫌はますます悪くなり、水が入ったタンブラーを床に叩きつけてしまった。
「それを何とかするのが貴様らの仕事ではないのか?」
「そうですが、同時に我々にはもう一つの仕事があるのをお忘れでしょうか?」
老人を恐れていないという態度を一切崩さず、彼はのんきにも眼鏡を拭いていた。
「我々の目的は吸血鬼を増やすこと、そして、吸血鬼の質と率を高めること。そのための実験データが必要なのですよ」
吸血鬼からウイルス感染して吸血鬼が生まれる率は5%。つまり、百人感染して、五人の吸血鬼が生まれ、残りは全て知性と理性が無いグールとなる。
「グールを生み出すことは戦略的には悪くはない。ある種の生物兵器として考えればね。ただ、その場合はその生物兵器を無力化するだけの力も必要とされます。毒ガスをばらまいた後に、その毒ガスを無力化するだけのノウハウが無ければ意味がない」
「若造が、貴様の講釈などいらんわ」
「これは失礼いたしました。ですが、グールと吸血鬼はただの鯉と、滝を登って龍となった鯉ほどの差があります。それをいかにして生み出すのか、それは結局のところ更なる検証とデータを重ねる上での実験が必要となるのですよ」
「そのために餌も用意しろというわけか」
老人の皮肉に、青年は悪辣なほどな微笑みを見せた。
「如何にも。科学というものは、犠牲の上に成り立つものです。火縄銃からマスケット、マスケットからライフルと銃は進化しましたが、それはより効率的に人を殺すためであり、多くの血を対価に進化を遂げてきました。それと全く同じことですよ」
科学とは対極にいる老人たちを皮肉るかのようではあったが、流石の老人も彼に不満を持ってもそれを明確に咎めることはしなかった。
老人と青年には共通の目的と、それを基にした計画のために同盟を結んでいるのだから。
「それで計画が吹っ飛べば進化もクソもあるか。これが国家保安局に見つかったらどうするつもりだ?」
「それは我々の仕事ではありませんのでね。我々の目的は吸血鬼を発生させること、吸血鬼になる確率をより高め、完璧な形で吸血鬼を生み出すことにありますので」
「だが、ついに特捜室まで動いているのだぞ。奴らは止まることを知らん上に、事件解決のためならば、国会議事堂すら吹っ飛ばしかねんような連中だ」
「故に、もっと綿密で時間をかけるべきでしたな。当初は最低でも一年の時間をかけるはずでした。それを三か月、当初の四分の一の期間に短縮しろというのであれば、こうした荒っぽいやり方を取らざるを得ません」
青年はあくまで老人側の不手際であることを指摘し続ける。実際のところ、役割分担が決まっている上に、青年側の方が無茶な要求を受け入れ、貸しを作ってきた事実がある。
「第一、今回の特捜室の介入は現場サイドが臆病だったからではないですか?」
青年の一言に、周囲がざわめくが、それ以上に老人の顔色が変わる。
「貴様、何が言いたい?」
「早期に事件解決を図っておけば、介入する暇など与えなかったはずですよ。我々はとっくの昔に腹を括っている。何しろ、我々は犯罪をやっているのですからな。発覚すれば我々は死刑ですよ」
この計画が判明すれば、破防法適用で関係者たちは死刑か無罪かの裁判が待っている。
だが、そのリスクをテイクしてでも得られる対価があるからこそ挑んでいる。その覚悟がこちらにはあり、老人の側にないことを暗に指摘した。
「あなた方にも、同じく死刑になるリスクがある一方で、得られるメリットは計り知れない。成功した
老人とその側近に冷ややかな目で見つめながら、彼は一呼吸おいて口を開いた。
「愚か者だけが何もしない。しない理由だけを並べて眺めているだけの者は、どうしようもない無能です。生かしておく価値すらないほどにね」
「このワシを相手にそこまで言い切るか?」
「あなた方とは対等の関係のはずですよ。上も下もない。そう取り決めたはずです。我々はベストを尽くしているが、あなた方は果たしてベストを尽くしているのですか? この非常時に指をくわえて見ているだけの愚か者を飼っている余裕があるとは」
嫌みを込めている青年に老人は今すぐにでも激怒しそうになったが、今ここでそれをやるのは全てをご破算にするも同然であることを理解しているだけに、かろうじて理性で怒りを封じ込めていた。
そんな老人の態度に青年は心の中でほくそ笑む。
「まあ、パートナーの危機を放置するほど我々も野暮ではありませんよ。アフターサービスをいたしましょう」
指を鳴らすと、ワンピース姿のピンクブロンドの少女が姿を見せた。
「なんだこの小娘は?」
「彼女は切り札ですよ。あなた方にとっても、我々にとってもね。そして、彼女はある意味最強の吸血鬼でもある」
吸血鬼という単語に青年と老人以外の全員が顔色を変えた。
「ご安心を。彼女は我々の命令には忠実に働くようにしております。なあ、真希子?」
真希子と呼ばれた吸血鬼の少女は無表情のままに頷いた。
「こんな小娘が吸血鬼か」
「小娘であっても、吸血鬼ですよ。というよりも、真希子の力はその辺の吸血鬼とは次元が違います。チワワとチベタン・マスティフほどの差がありますよ」
虎をも倒すと呼ばれる猛犬にして、かのチンギス・ハーンが専用部隊を作ってしまったことでも有名なチベタン・マスティフ。
真希子という少女は、その辺の吸血鬼がチワワと称されてしまい、虎をも屠る犬に例えられるほどの力を有しているらしい。
「とりあえず、増えすぎた吸血鬼は我々にお任せを。彼女に処理をさせれば、あなた方の負担も軽減できるでしょう」
「……分かった。だが、使えぬと判断した場合は分かっているだろうな?」
その時は彼女を暗に処分することを意味していたが、青年は気にしてなどいなかった。
「ご期待には沿える自信はあります。ご安心ください」
真希子の曇った表情とは対照的に、彼は笑顔でそう答えていた。
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