請負人、転職サイトに求人出す-5

 ……半月後。レドラムの地では、大地を叩くような横殴りの大雨が降っていた。

 寒風が吹き、それが過ぎると今度は生暖かい雨の降る時が、ほんの一瞬やって来る。この地特有の、季節の境目だと人々は言う。


 そんな雨が降り注ぐ中、ウズは全身ぐっしょり濡らしながら、診療所に飛び込んだ。

「おい……爺さんは居るか!」

 本館に入るなり怒号をあげる。順番を待っていた患者達が驚き、どよめいた。

「兄ちゃん。待て、待て。ノウゼン先生は……」

 診療所の中間達が怒れるウズを押さえ込んで宥める。

「どけ。あのヒゲ野郎に会わせろってんだ!」

「ヒゲ野郎とはなぁ。良い吠えっぷりだぜ、クソガキ」

 奥の襖が開いてノウゼンが顔を見せた。


「奥に来い。オレも腹わた煮え返ってんだ、ここは一つテメエも混ざりやがれ」

 機嫌はそのまま普段の磊落な好好爺、しかし声の端に不気味な棘が見え隠れしている。ウズは息を呑み、怒りの矛を一先ず収めた。


 導かれるまま通された奥間には、見知った顔が複数人居た。

 医者のティムスとジンマ、それにこの間すれ違った防人。彼らは一様に葬儀の夜のような、沈んだ顔を付き合わせていた。


「あの……」

 ウズはノウゼンに声をかけた。

「姉ちゃんだろう。別の部屋にいるが、まずはテメエも座って話し聞け」

 促されるままウズが座るると、ノウゼンは話を切り出した。

「さて、若殿。教えて貰おうかい……ヒゼンがどうして、テメエら防人に斬られた?」


 一昨日のことである。市内の両替商に四人の賊が押し入った。賊はいわゆる「急ぎ働き」と呼ばれる手合で、今で言う所の押込み強盗だった。下調べは殆どせず、不必要に害も加えながら金品を強奪して逃げるのだが、運悪く彼らは防人の見廻に見つかり、店の前で大立ち回りを演じる事となってしまった。


 一人を除き、賊はその場で斬り捨てられた。その残る一人……店の裏路地で死んでいたのが、ヒゼンであったのだ。

 彼の亡骸はいま診療所の蔵に安置されている。昨晩、ジンマが引き取ってきたのだ。


 さて、ノウゼンに水を向けられた防人の役人は、厳格そうな硬い表情を崩す事なく、淡々と答え始めた。

「市中に流れる噂どおりだ。ヒゼンとかいう元浪人は両替商を襲った賊の一味。逃げようとしたので、居合わせた防人が斬り捨てた……報告ではそうなっている」


(そんなの信じられるか)

 ウズは唇を噛み、膝の上に載せた拳を硬く握りしめた。

 ヒゼンは診療所での一件を経て、心を入れ替えた。

 口入れ屋に足を運んでは仕事を探し、診療所の手伝いもしていたという。これは払えぬ治療費の代わりだと、本人が言っていたそうだ。


 ウズは最期まで顔を合わせる機会は無かったが、姉のカンナから以上の話を伝え聞いていた。

「久しぶりに、昔のヒゼンに戻ったような気がしています。もしかしたらきっと、今度は上手くいってくれるかも」

 などと、彼女はこれまでに無いくらい、嬉しそうに話していた。


 ……しかし、現実は酷な結末を迎えた。これには姉ばかりか、彼を知る者達も驚きを隠せず、ただ動揺するばかりであった。


「お役人様。ヒゼンが、そんな悪どいことをするなんて、信じられないんです」

 そう言ったのはジンマである。温厚に振る舞う大男もこの時ばかりは、怖い顔をしていた。


「彼は次の仕事を探そうと躍起になっていました。近ごろは診療所も手伝ってくれていましたが、悪さをする素振りはなかった」

「それは最近のことであろう。以前より奴の悪業なら幾つも訴えが上がってきていた。たまたま善行が続いただけで、本質的には悪のままだった……という見方もできる」

 表情を変えずに淡々と反論する若殿。


「ええ、確かに悪いことはした。でも確かに、俺たちの前で心を入れ替え、努力はしていたんです。きっと何か……事情が……」

「事情がどうであれ、奴は下手人として死んだ。これが覆ることはない」

 ジンマが反論に窮する横で、外国語での議論に不慣れなティムスは、敵意に満ちた目で若殿を睨む。そんな中、ウズも若殿をまっすぐ見て言った。


「防人もずるいぜ。無法者が暴れてる時は知らんぷりする癖に、いざ捕物になると問答無用で殺して『コイツは罪人だ、死んで当然』なんて言い切ってさ」

 若殿は細くした目でウズをひと睨みするが、件の青年が動じる素振りを見せないと気づくや、彫りの深い顔に曖昧な笑みを作った。

「その手の話なら吐いて捨てるほど聞き飽きた。貴様の問いには答えてやりたい所だが、今はどうしてヒゼンがあの晩、捕物の場に居たか、それを見定めるのが先だろう」


 ウズは不服そうに顔を歪め、隣に座るノウゼンも面倒臭そうに長い白髪をかく。

「……賊は皆殺しかい、若殿」

「残念ながら。全員が抵抗の姿勢を見せたためやむなくと、現場を指揮した鑑邏かんらが上に報告した」


 鑑邏とは、防人の管理職を任せられる役職だ。主に中流出身の剣士がその任に就き、組織内でも大きな実権を持っていた。そのような男が直々に「やむなく」と言ってしまえば、報告もその通りに上層部へ上がってしまうものだ。


「死人に口なし。近ごろの防人は、罪人は即殺してしまえって方針なのかい、エニシダ様よぉ?」

 ノウゼンまでもが、わざとらしく挑発じみた尋ね方をする。若殿ことエニシダは、表情を変えないまま、咳払いを一つした。


「安心しな。誰もがみんな、偶には独り言を口にしちまうもんさね」

「そうだな。この所、疲れのせいか意味のない独り言が多くなってきている、うん」

 二人の顔を怪訝に見回すティムス。言葉は解せるが、その奥で交わされるやり取りまでは、うまく汲み取れていないようだった。


「深読みでなければ、この捕物は臭い。なぜ急ぎ働きの場に運良く見廻が居合わせた。それにどうして全員斬り捨てた。皆が皆、降参せず抵抗するほど血気盛んだったのか?」


「まさか……口封じ?」

 徐に口走るティムス。自信が無かったらしく、発言の直後にまた皆の反応を窺う。

 誰も答えず不安がる女医に、エニシダは「可能性はある」と答えた。


「おいおい。役人のテメエが滅多なことを言うんじゃねぇよ」

 ノウゼンが呆れ半分に言うと、エニシダは少し困ったように眉を動かした。

「だから言っただろう、ご隠居。今のは口から滑り出た意味のない独り言。根拠ももない憶測だ」


 ……


 それから会合が解散となり、エニシダは仕事に戻った。診療所も再開となり、あちこちから多忙な声が聞こえて来る。


 ウズは離れ屋の縁側に座り、ぼんやり物思いに耽っていた。襖の閉じ切った背後の部屋では、体調を崩したカンナが休んでいる。原因は容易に推測ができた。だからこそ、ウズは掛ける言葉が分からなかった。


 やがて襖が開いてティムスが出てきた。暗い面持ちのまま、彼女はそっとウズを手招く。

 部屋に入ると、布団に入っていたカンナが体を起こそうとする。

「そのまま。どうかそのまま、横になったままで。無理に動いてはなりません」

 たしなめるティムスに従ってカンナは横になったまま首だけを動かした。


「ウズさん……こんにちは」

 カンナは青ざめてやつれた表情を歪ませて、無理に笑顔を作ろうとする。

 ウズは痛ましさを覚えながらも、思いつく限りの言葉を紡いだ。


「あ、あのさ。さっきみんなで話したんだけれど、ヒゼンは……」

「もう良いんです」

 カンナは虚な目でウズを見つめた。


「あの子は世間様にご迷惑をかけたかもしれませんし、何か事情があって、あの様な最期を遂げたのかもしれません。でも、それすら今はどうでも良いと思えるんです。だって……ヒゼンはもういない。もう会えない所へ行ってしまった。だから……あの子がいないのに、あれこれ考えるのは不毛。だから……私のこと、放って置いてください」

 ふわっと口もとが綻ぶ。対するウズは、ポツリポツリと紡がれる言葉の合間に唇を噛み締め、拳を握りしめる。そして彼女が言い終わるや否や、暴発した。


「……ッ……ざけんじゃあねぇ!」

 側に座るティムスが尖った三角耳をピンと立たせて驚愕。彼女が静止を求める間もなく、ウズはカンナの両肩を掴み、抱き起こした。


「テメエの人生、テメエの命。簡単に捨てちまうほど、ちっぽけ代物か。ンな訳ねぇだろ! お袋さんは命張ってアンタを産んだ。親父さんも弟のヒゼンも、道を踏み外したかもしれねぇが、心の根っこじゃテメエを思っていた!」

 ウズは呆然とするカンナを真正面から睨み、言葉を続けた。


「自分勝手に命を捨ててみろ。いま生きているこの時間を『どうでも良い』で片付けてみろ。そいつは今までテメエが大切に思っていた人間まで踏みにじってんだ。無かった事にしようとしてるんだ!」

「う、ウズさん。待って!」

 ティムスが横からぶつかり、力づくで引き剥がそうする。だが、ウズはテコでも動かず、言葉を続けた。


「忘れんじゃねえぞ。ヒゼンは……アンタの弟は最期まで足掻いたんだ。アンタの為に、また二本の足で立って、進もうと頑張ろうとしていたんだ。それだけは忘れるな」

 両腕の中に包まれたカンナはしばしの間、光を失った暗い眼で虚空を見ていた。だがその内に、瞳に光が戻ったばかりか、たちまち涙をボロボロとこぼす。


 ティムスは体を離して両者を見る。そして彼女もまた、顔を逸らして、小さく嗚咽を漏らす。

 そしてウズは……歯を食いしばって、必死に涙を堪えていた。

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