請負人、転職サイトに求人出す-7


「……で、結局はその若衆を取り逃したと」

 派手な長着姿の女が座布団の上に胡座をかき、愉快そうに暗い顔を並べる二人見回す。


 口入屋での一件から判刻後、シキミとウズは診療所に戻って皆に進展を報告していた。

 部屋には町医者のノウゼンとエニシダ、それにシキミの主人……派手な女絵師のフォミカまでもが揃っていた。


「だって、奥からあたし達が出てきた途端、急に逃げ出したんだもん。ウズさんだけがずっと最後まで追いかけたんですけどね」

 と、口を尖らせるシキミ。

「あいつ、どういう訳か、北番所近くの屋敷に駆け込んでさ。屋敷の前には門番が居て、中まで入ることできなかったんだ」

 悔しそうに続くウズ。結論から言うと、二人は問題の人物を取り逃してしまったのである。


「親分さんが言うには、その若衆はビズいちって名前で、少し前は十手持ちの手下をしていた」


 近ごろ廃止された十手持ちは、別名「目明めあかし」などと呼ばれ、かつては民間人でありながら防人の外部協力者として治安維持に勤めていた。その協力者の子分は、手下とか下っ引などとも呼ばれていたのだ。


「で、ビズ壱は口入屋で何をしてた?」

 尋ねたのはノウゼンである。


「客引きだそうです。声を掛けられた人は『稼ぎの良い仕事がある』って言われたとか。何でも荷物運びの人手が欲しいとか、夕方からでも来て貰いたいくらいだとか言って、これ位の報酬を……」

 シキミが両手の指を立ててみせる。指の多さに大人たちは目を見張った。


「一週間は遊んで暮らせるぜ。見るからに怪しいじゃねえか、そんなのに引っかかる奴は、さぞや……」

 フォミカは言葉の途中で口を閉ざした。正面からウズの鋭い視線がとんできたのだ。


「悪かったよ。お前らの話しじゃあ、ビズ壱と一緒に口入屋を出たヒゼンは、その日の晩に盗賊として殺されたんだろう。なんだよ、ビズ壱は盗みの仕事を振られたのか?」

「まさか。アイツは真っ当な仕事を探してたんです!」

 すかさずウズが反論する。


「まあ待て。こういうのはどうよ、兄ちゃん。盗みだと知らされたのはを始める直前。他の連中共々、後には退けねえ、逃げたら殺すぞとか脅されて、泣く泣く務めに加わったってのは?」

 フォミカは苦い顔で推理を披露する。


「ヒゼンはそれでも断って逃げた。だが口封じに殺され、店の裏に捨てられたと?」

 ずっと黙っていたエニシダが、やっと重い口を開く。それから皆の視線が集まる中、エニシダは両替屋の証言や、考えついた仮説を話しだした。


「……待て、待て。ヒゼンを斬ったのは防人の鑑羅だぞ。もしホントに口封じで殺されたなんて事だったら大ゴトだぜ?」

 と、ノウゼンが白髪を掻きながら言う。

「エンテン一家のビズ壱とヨウリキが繋がっているという事になる。奴は元目明かしなんだろう」

 エニシダは冷静な態度で言葉を続けた。


「それにビズ壱の駆け込んだ屋敷。北番所の近くといったが、見立てに間違いなければ、そこは恐らくヨウリキの屋敷だな」

 そこまで言うと、エニシダは屋敷の特徴を淡々と並べていく。ウズが終始首を縦に振って同意したことで、見立ての正しさが証明された。


「集めた人間に盗みを働かせ、用が済んだら罪人として始末する。二度と口を割らせねぇよう、その場で斬り捨てて。なるほど、上手い手を考えたモンだ」

 ノウゼンが不愉快そうな面持ちで垂らした長い口髭を撫でる。一方のエニシダは渋い顔で続きを話した。


「ここまで話しておいて何だが、この事件は既に落着した。今さら終わった事件を蒸し返すのを、防人は良しとしない……残念だが無駄骨だな」

「そんな! だってよ、無実の人間が嵌められて殺されたかもしれねぇんだろう。街を守ってるテメエら防人が、なんで及び腰になってんだ!?」

 怒ったウズがエニシダに掴み掛かった。


「防人の上級役人が己が手柄欲しさに罪をでっち上げ、口封じまで行った。当然、当事者たちの処分は免れないし、組織の信頼は地に落ちる……笑えるだろう、若造。役人というのは身内に甘く、そして自分達の看板に泥が付くのを極度に嫌がる」

 エニシダは終始硬くしていた仏頂面に、薄ら笑みを浮かべた。諦観が混じった乾いた笑みであった。役人はそんな薄笑いを作ったまま言葉を続けた。


「集められた内の三人は現に盗みを働いた。裏があるとか、脅されたかどうかではない、実行した時点で罪人なのだ」

「それじゃあ、このまま泣き寝入りか!?」

「では逆に問うが、お前にはこの状況を打破する策でもあるのか?」

 と、エニシダは逆に質問する。鋭い双眸がまっすぐウズを見返す。

「落ち着け。騒いだ所で事態は動かぬぞ」


「……くそ」

 ウズはエニシダを離すと部屋から出て行こうとする。

「待てよ、兄ちゃん」

 フォミカが呼び止めた。相変わらず人を小馬鹿にした皮肉な笑みを作っているが、肝心の切長の目は真面目そのものだった。

「馬鹿な真似はするんじゃねぇぞ?」

 鋭い一声にウズは何も答えず、そのまま出て行った。


 ………


 診療所を出ようとしたウズであったが、正門前でジンマが若者たちに囲まれているのを見て、思わず足を止めた。

 彼らはヒゼンの一件で集まった鳶の若者たちだった。


「信じられねえよ、ジンマ先生。あのヒゼンが押し込みなんて。何かの間違いとか……それこそ、誰かに嵌められたとかさあ、何かあるんだよお!」

 兄貴分の男がジンマの両肩を掴んで言う。対するジンマは暗い顔を俯かせ、首を左右に振る。


「私だって皆と同じ気持ちだ。しかし防人はジンマを罪人として討ち取ってしまった。この裁きが覆る事は……おそらくない。たとえ濡れ衣だったとしてもだ」


「それじゃあ、ジンマに罪をなすり付けた奴はよォ、俺たちがウダウダ言っている間も、表を平然と歩いてやがんのか?」


「悪い奴が良い思いしたまま逃げ切るなんて、許せねえ」

「防人が何もやらねえんなら……なあ、請負人に頼むってのはどうだ?」

 突然、若者の一人が思い詰めた表情で言いだした。途端に、ズシリと場の空気が更に重くなる。


「……馬鹿な事ぁ言うな。請負人ってのは、ただの噂だ」

 兄貴分が低い声で言う。


「町はずれの廃寺にある『首無しの天女像』の前に金を置いて、殺したい奴の名前を言う。そうすりゃあ、請負人とかいう殺し屋が、代わりに殺してくれるんだろう。ンなもん出鱈目だ。知り合いにソレをやった奴がいたが、何も起きなかったってさ。つまらねえ考えすんじゃねえ」


「彼の言う通りだ」

 ジンマも怖い顔で言う。その鬼のように険しい表情は、堅気のものではなかった。

「請負人に殺しを頼んだとしよう。実際に手を汚さなかったとしても、殺しである事には変わりない。君らの意思で人が死ぬ……その決断に責任は持てるのか?」

 鳶たちは顔を見合わせ困惑した。


「じゃあ……それじゃあ、どうしろっていんだよお!?」

 失意のこもった疑問に応える者は現れない。ウズは悲観にくれる彼らの後ろを静かに通り過ぎ、診療所を後にした。


 

 ……その日の夜。

 ヨウリキの屋敷から一人の男が抜け出した。

 男は提灯を片手に人気のない裏通りばかりを選んで歩き、時折たち止まると、あたりを見回してまた歩く。これを何度か続けて、街の南……街道に面した南車と呼ばれる町区にやってきた。


 そして彼は一際大きな建物へと入っていく。玄関の横には、大きな立て札で『口入屋』と書かれていた。

 この口入屋は、南車一帯の元締「エンテン一家」の本拠地であり、エンテン親分の住居でもあった。


「親分はいるかい?」

 男……ビズ壱が仲間に尋ねると、その仲間は無言で奥座敷にビズ壱を通した。

 襖が開くなり、ビズ壱は下ぶくれの大きな頭を垂れた。

「ただいま戻りやした、親分!」

「応。この間はようやった、まずは座れや」

 屋敷の主、エンテンが招き入れる。小太り気味の体に、きれいに剃って丸めたハゲ頭が載っていた。


「尾けられちゃあいなかったな?」

 エンテンが念入りに尋ねると、ビズ壱は強く首を振ってみせる。

「そンなら良い。ヨウリキの旦那よ、ウチのもんが厄介になってすまねぇな」

 ごま塩のように小さな目が部屋の奥に向く。


「問題ない。ビズ壱は以前より北番所や、ワシの屋敷に出入りしていた。昔馴染みが気紛れに訪ねてきたと説明すれば済む話だ」

 鑑羅のヨウリキは腕を組んだまま、厳かな態度で答えた。


「それにしても旦那。よくもまあ面白いやり口を思いつきやしたね。高い金に釣られてやって来た連中を脅して、代わりに盗みを働かせるなんて」

「んでもって現場で始末しちまえば、オイラ達との繋がりは分からなくなる。それに旦那がいれば、盗んだ金は押収したして持ち出せる。さすがでございますよぉ」

 両手放しに褒めるエンテンとビズ壱。だが、当のヨウリキはまだ表情を硬くしている。


「あのヒゼンとかいう腰抜けが逃げようとした時は流石に肝が冷えた。結果的に奴も賊の一味として成敗した事になったが、もし逃げられていたら……」

「まあまあ。今回は上手くいったことを素直に喜びましょう」

「そうですとも。所詮は食いつめた元浪人。金目当てに盗みを働いて死んだと誰もがそう思うに決まってら」


 二人の宥める言葉にヨウリキもやっと安堵したのか、表情を少し柔らかくした。

「……そうだな。今はまず成功を祝おう。この手はお前たち口入屋という餌があって、初めて成り立つ。今後とも上手くやっていきたいものだ」


「有難いお言葉。あっしらも引き続き、ヨウリキ様の『ご活躍』に尽力させて頂きやす」

 ヨウリキとエンテンが互いに笑みを交わす中、ビズ壱と数人の手下が料理や酒を運んできた。


 この時、彼らは気づいていなかった。これまでの全てを覗き見ていた者が、天井裏に潜んでいる事に……。

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