請負人、転職サイトに求人出す-6


「たまげましたよ」

 両替屋の主人は、手ぬぐいで額の汗をペタペタ拭いながら話す。


「賊達は正面の扉を破って店に上がってきた。間違いないな?」

 防人のエニシダは、供された茶を横にズラすと、少し前に身を乗り出した。

「間違いございません。商いの世界に入ってウン十年、あんな無茶な押し込み強盗、初めてですわ。黒ずくめの三人組が刃物持って一気に店奥まで……」

 エニシダは掌を出して制した。


「襲ってきたのは三人?」

「はあ。確か三人だったと思います、一人が刀を振り回してワテらを脅して、二人が金を袋に入れて」

「四人ですよぉ、アンタぁ。この間、防人のお役人サマがお調べなった時そう答えたでしょう!」

 隣に座る奥方がキンキン声で遮る。そんな彼女に主人は小首を傾げながら言い返した。


「そうなんだけどなぁ。ワテ三人しか見てなかったと思うんよ。お役人サマと話している内に、いや四人だったかも……とは思ったけども。今にしてみれば、そんなにいたかなぁ?」

「暗くてよく見えなかったんですよぉ、きっと。現に店の裏で一人、死んでいたじゃありませんか!」


 奥方の言う通りだった。防人によって斬り捨てられた盗賊は四人。その内の一人、元浪人のヒゼンは店裏で死体で発見されている。この男を斬ったのは、当時現場指揮をとっていた鑑羅かんらで、名をヨウリキといった。


(それにしてもあの髭め。余計な仕事を回す)

 エニシダは言い合う夫婦を観察しながら心の内でボヤいた。

 そもそもエニシダは大の仕事嫌い。日ごろから植物の様に静かに過ごす事を心がけ、仕事への取り組みは、評価が落ちないくらいの「ほどほど」に留めていた。


 だが、顔馴染みの隠居老人ノウゼンに捕まったのが運のツキ。賊の一人と目されるヒゼンの死を調べ直す事になってしまった。

(そういや、昔貸しにしといた、例のアレ。そろそろ返して貰いてえトコなんだがよお……)

 こうして巻き込まれる事になってしまったエニシダは、被害に遭った両替商を訪ねる事になったのである。


 ……さて。一向に止まらぬ言い合いを止めようとエニシダが口を開きかけた所で、店の手代が入ってきた。こめかみには青アザが出来ていた。


「おお。丁度良いところにきた。役人様、この者は事件があった晩、玄関で賊に襲われたのでございます。お前さん、賊は何人だったか覚えているかい?」


「三人でございます。アイツらは表から乗り込んで、また表から出て行きやした!」

「それはこの前、別の者が取調べた時にも話したか?」

「あー。そン時はあっし、診療所に行っとりやしたね。だから調べは受けてなかったと思いやす」


 ノウゼンは腕を組んで考え込む。

「そうか……店の裏で見つかった賊が裏口を破って出入りした形跡はあったか?」

「それは無いと思いやす。裏口の心張棒はそのままだったし、扉も無事でしたから」

 手代は自信たっぷりに答えた。


 ………


(賊は三人で間違いないだろう。そして、その中にヒゼンは含まれていない)

 店を出たエニシダはふと空を見上げた。雨が降ってきそうな、重苦しい鈍色の雲が空全体を覆い隠している。


(裏口を侵入路、もしくは脱出路にしていたのであれば、ヒゼンが待機していたのも頷ける。だが、裏口は使われることなく、賊は表から出入りした。これではヒゼンだけが一連の枠組から外れて……)

 歩きながら考えをまとめるエニシダ。ここで彼は、ある仮説が浮かんだ。


(ヒゼンだけが別に殺された? 奴の死体を賊の一味と同じ場に捨てる事で、あたかも下手人の仲間であると見せかける。些か粗末だが、これをどう説明する?)

 足を止めて両替商の店先を振り返る。


(時間が無かった、というのはどうだ。ヒゼンが殺されたのは突発的なもの。店に押し入る直前になって、消されなければならぬ事態になった。そして斬り捨てた賊の中に遺体を紛れ込ませる。一連の始末を短時間で行い、尚且つ怪しまれないのは……)


「おい。エニシダでないか、何をしておる」

 唐突に声を掛けられた。振り向くと防人の官服に身を包んだ剣士が一人、立っていた。


「これは……ヨウリキ様」

 エニシダはすっと一礼。声の主は先の盗賊騒ぎを鎮圧した鑑羅、ヨウリキだ。

「この町区は北番の管轄だ。南番の貴様が何故ここにいる」

 眉間の真ん中で繋がりそうな濃ゆい眉毛をヒクヒク動かし、ヨウリキはエニシダに詰め寄ってきた。上背もあれば肩幅も広い男だった。


「先日手討ちにした浪人、どうやら南番の管内でも悪さを働いていたようで」

「それでわざわざ死人の最期を聞きに来た? フン、わざわざご苦労な事だ」

 岩石じみた四角四面の顔に、険しい表情を作るヨウリキ。


「ジンマという男です。ヨウリキ様が成敗なされたと聞きましたが」

「そうだ。逃げようとしたので斬った。当然の対応をしたまでだ。それがどうした?」

「報告書を作る上でお尋ねしたまでです。お答え頂きありがとうございます」

 小さく頭を下げて礼を言う。するとヨウリキはさも不快な様子で言葉を重ねた。


「ふん。貴様は相も変わらず細いことばかり重ねて、仕事をした気になっておる。南番でもその調子とは情けない限り」

「はあ……」

 元北番所属のエニシダが曖昧な返答をすると、ヨウリキはそのまま「良いか、剣士たる者はな……」と、熱のこもった説教を始めた。


 ………


 通りの向こうで昨日の防人が説教食らっている。

(アイツも苦労してんだな)

 ウズは内心ほくそ笑みながら通り過ぎていく。

「口入屋はもう直ぐだよ」

 と、前を歩く若い娘が言った。彼女はシキミ。街に来てまだ日の浅いウズを案内するために、ノウゼンが紹介したのだ。

 丸い顔に大きな垂れ目、いかにも純朴そうな娘だ。そんな彼女の小さな背中へ視線を向け直しながら、ウズは懐から一枚の紙を取り出した。

(……コイツが身の回りの世話をしている、フォミカって絵描きがいてな。そいつにヒゼンの人相画を描いてもらった)

 などとノウゼンから渡された人相画。黒い墨で描かれた顔はヒゼンそっくりだ。

 この人相画を手にウズ達は、ヒゼンが通っていたという、北町の口入屋を訪ねた。



 ……さて。口入屋の中は、広い土間から座敷に至るまで、大勢の人間達でごった返していた。

 ドタドタ、ガヤガヤ。絶えず揺れ動く人間の波にウズは面食らう。

「こんな大勢の中から誰に話を聞けって?」

 踏み込んだ時の威勢は何処へやら。すっかり怖気づいた青年を尻目に、シキミは何食わぬ顔で座敷に上がる。


「おいおいそこの嬢ちゃん。順番、順番。用があるなら列に並ぶ!」

 店の小者らしき男が嗜めるが、シキミは悪びれる様子もなく返答する。

「親分さんに用があるんだよ。ちょいと呼んで来て頂戴な」


「親分だあ?」

 訝しむ小者に店奥から怒鳴り声が掛かる。

「おい、コラ。口の利き方に気をつけな。その人は俺ぁの客だ! 奥にお通ししろ!」

「だってさ。じゃあねー」

 戸惑う小者の前を通り過ぎて、シキミは店奥へと進む。その後ろを「あ、おじゃまします」と、遠慮がちにウズが続いていった。


 ………


「ウチの若ぇもんが失礼しやした。ささ、お嬢さんもお連れさんも、お座りになって」

 二人は上等な客間に通された。口入屋の主らしい『親分』なる中年男は、こんがり焼けた顔に愛想の良い笑みを貼り付けていた。


「そうだ、コレはフォミカさんから親分さんに渡して頂戴って。この間の御礼だそうで」

 シキミは懐から小さな紙包を取り出し、すっと親分の前に置く。


「面目ねえ……有難く頂戴致しやす」

 親分は恭しい態度で紙包を受け取り、袖の下に入れた。一連のやり取りの意図が掴めず、唖然とするウズ。そんな彼の脇腹をシキミが肘で突いた。


「ほら、用事があってきたんでしょう?」

「あ、ああ。実はその……」

 ウズは人相画を見せながら事情を説明した。口を閉ざし、話に耳を傾けていた親分だったが、ウズの話が終わると神妙な顔で唸った。


「やっぱ難しい?」

 尋ねるシキミに「何とも言えねぇ」と、親分は答えた。


「お嬢さんの手前、兄ちゃんの力にはなってやりてえ。しかしな、ここには毎日大勢の人間が出入りする。この人相画の奴が足を運んでいたとしてもだ。どんな仕事を紹介したとか、誰に会ってたとか、突き止めるには相当な骨だぜ」


「ですよねえー」

 ウズは天を仰ぎ、シキミもガクリと肩を落とす。親分はばつが悪そうに頭を掻くと、手下を呼びつけた。


「この顔のガキがしばらく出入りしていたらしい。表の奴ら全員に、心当たりねぇか聞いて回ってこい」


「あの……二人はどういう」

 人相画を受け取った手下が部屋を出て行く横でウズが尋ねる。すると親分は口元を綻ばせて答えだした。

「このお嬢さんが面倒みてる女センセとは古馴染みでね。アレは十年前の……」

 しみじみと親分が昔話を始めようとした所で、先ほどの手下が戻ってきた。


「若いもんの中に、人相画の男を見たと言うのが居たんです。おぅ入れ」

 手下はそう言うと、表でシキミに突っかかった小者を部屋に招き入れた。


「その男ならここしばらく店に来ていやした。最後に見たのは……一昨日ですな」

「ヒゼンが死んだ日だ。つ、続きを!」

「ええと、そういえばあの日も南車で口入屋仕切ってる、エンテン一家の若衆が来て、そこの若えのとずいぶん長く話してましたな」


「またか。この間も釘刺したってのに……ああ、エンテン一家は街の南端、南車一帯を仕切ってる連中でさ。あすこは街道のすぐ目の前、手前らの口入屋で人足集めてもまだ足りねえからって、俺たちの縄張りにちょっかい出して来やがる」


 いわゆる『業界のしきたり』なんだろうと、ウズは勝手に推測しながら、小者に続きを促す。

「へえ。ソイツが絵の若えのを連れて行ったのをこの目で見やした……それでですね。その若衆、今も店の外にいるんです」

「どうしてソレを早く言わねぇんだ、バカ!」

 親分が罵倒しながら大急ぎで立ち上がる。他の面々もドタバタと部屋を飛び出した。

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