恋活をするのはシキミ!?-5


「そうですか。ベタガネさんが孫を探しとるんですか」

 囲炉裏を挟んで座る老夫婦は、気まずそうにシワだらけの顔を見合わせた。


「街で偶々見かけたらしくてな。死んでたと思っていた娘が、生きているかもしれねぇってんで、そいつぁもう大慌てヨ。だからサ、関わっちまったアタイとしてはね、本当の事を知りたいワケさね」

 フォミカは藁の円座に胡座をかき、呆れ混じりの苦笑を老夫婦に向ける。


 ウズが結び茶屋を利用しているちょうどその頃、胡乱な女絵師は町外れの農村にいた。ベタガネの義理の両親が暮らしているのだ。


 二人は突然訪問してきたフォミカを警戒していたが、ベタガネと行き来のあったアシダの知り合いだと知るや、態度を一変させて家の中に招き入れた。そして、フォミカの口からベタガネが死んだ筈の娘を探している事を聞かされたのである。


「ベタガネさんには、済まねぇ事をしたと思っとります。でもね、あっしらも人の親。娘の遺言を果たさにゃあならねぇ」

 老婆は枯れ枝のような乾いた両手をギュッと握る。

「娘はね、家に帰ってきて直ぐ病に罹った。ほんの二、三日で骸骨みてぇに痩せ細っちまって可哀想に。そんで血ぃ吐きながらアイツぁ言ったよ。旦那には自分が死んだ事を隠してくれって。もしここに来ても自分は死んだし、しきみも死んだと言って、帰してやってくれと」


 フォミカはうねった長銀髪をわしゃわしゃ掻いて、老夫婦を見回した。

(コイツは厄介だな、この二人、ベタガネに嘘を言っていた。しきみは本当に生きていたんだ。それを……偶々見つけてしまった、と)

「娘が最期に遺した思いだ、親としちゃあ汲み取ってやらねぇと」

 項垂れて押し黙る老婆に代わり、老爺が続きを言った。


「そうまでしなきゃいけねぇ位、夫婦仲は酷かったのか?」

「へぇ、こいつはお恥ずかしい限りですが。ベタガネさんは、とても良い人でしたが、一たび酒が入ると人が変わっちまうんで御座います。それが原因で一気に仲が悪くなったと聞いとりやす。ええ、それが無ければ、ホントお優しい人なんですが」


「酒が切れて孫にまで手ぇ挙げた事もあったとかで。それで娘は、これではまずいと逃げてきたんです」

(おいおい。初耳だぜ、その話は!?)

 フォミカは力なく天井を仰ぐ。話を聞いた限り、父娘感動の再会……という事には、まずならないだろう。

「そ、それでよ。孫のしきみは今どうしてるんだ?」

 気を取り直して孫の近況に話題を変える。


「薬種問屋へ働きに出とります。この頃は仕事も忙しいとかで、街の長屋を借りておるとか」

「もうワシらの事は気にせんで良いと。何べんも言っとるんですがねぇ、年寄りのワシらに気ぃ遣って、たまに手紙を寄越してくる」

「ホント、良い所で働かせて貰っとるようだし、あの子もホントに良い子に育ってくれて、ワタシらは安心してますとも」


「そうかい。確かに良いお孫さんだな……」

 フォミカは頭を掻いて作り笑いを繕った。

(ベタガネの野郎、肝心な所を隠してやがった。だめだ、奴とは手ぇ切らなきゃならねぇぜ、髭ジジイ)


 ……ちょうどその頃。

「友達から紹介された?」

「はい。近ごろはこのような手で、男の人と会えるのだと勧められて」

 客引達と別れたウズとしきみは、横町と呼ばれる区画の茶店に場所を移した。どこか昔懐かしさに溢れるこの通りは、いつも丁度よく賑やかで程よい静けさに包まれていた。


「その、これが始めてなもので、至らぬ所があるかもしれませんが……」

 ペコリと頭を下げるシキミに、ウズは「俺もだよ」と優しく返す。

「どういうものなのか実際に試してこいって、何の断りもなく勝手に予約を取りやがった。でもまあ、一番最初が似たような人で助かった」

 などと言っていると、やって来た女中が二人の間に熱い茶とぜんざいを置いていく。


「ぜんざい出してくれる店なんて、あちこちあるケドさ。ここのが一番かな」

「そ、そうなんですか?」

「うん。ここでしか食べた事ないから、他のは分かんないケド」

 冗談めかして言うと、しきみは袖で口元を抑えてクスクス笑った。


「これ食べながら次どうするか一緒に考えようよ。時間あるし、のんびりと」

 ウズは湯呑みを手にして言うと、チラリと通りの反対側に目をやった。


 ……視線の先には物陰に隠れて様子を伺う影が二つ。防人のエニシダと同僚巡卒のアブノメだ。

「何が悲しゅうて、男女の恋愛を除き見なければならぬのだ」

 アブノメが口を尖らせて不平を垂らす。エニシダも暗い声で「全くだ」と同意した。


「見たところおかしな所はない。客引たちを見張っている別の奴らが羨ましいよ、絶対に向こうの方が、収穫があるに決まっている」

 防人は二手に分からて監視をしていた。一方はエニシダたちが客の様子を見張り、もう片方は客引側を見張る手筈だった。


「……しかし、分からんな」

 アブノメがボヤくように言う。

「見合いの斡旋なら、他にも手はあるというのに。なぜこうも怪しげな場を使うのやら」

「フムン」エニシダは持って来た人別帳に目を落とす。小さい割に頁が多く、厚みもある。つまりそれだけ登録者が多いということになる。


「男女ともに選べる幅が広い、というのはどうだ。本気か遊びか場さておき、普段の生活では知り合えぬ者と会える。仮にそうだな、貴様が結び茶屋を利用したとして、会う相手が絶世の美人だったら?」

「嬉しい」即答するアブノメ。


「しかしその相手と会って話をすると、どうにも気が合わない事が分かった。人別帳にはその女以外にもたくさん登録者がいる訳だが、もしかするとより美人で、よりソリの会う者がいるかも」

「……ああ。そうか選択肢も多いが、気軽に相手を取り替えて、品定めもできるってか」

 納得したように頷くアブノメだったが、ここで何か思いついたらしい。徐に神妙な顔をしだした。


「でも待てよ。そんなに自由度が高いと、かえって手を出して良いか迷うな。ヤバい相手が必ずしも居ないって訳じゃあないだろう」

「その通り。人が多ければ多いほど、悪意を持った者の人数も自ずと増える。半月前に役人の倅が大怪我を負った事件は知っているか?」


「ああ、あった」

「表向きには酔っ払い同士の喧嘩という事になっているが、実は美人局に遭ったのだそうだ。偽名を使って入り込んでいた女が、脅し役の仲間を引き入れ、逢引した相手から金品を奪い取る……典型的なやり口でな」

「まさか」

 アブノメが驚き見開いた目をエニシダに向けた。


「そして二人はその日、結び茶屋で落ち合っていた。これで分かっただろう、客側の見張りも疎かにはできぬのだ」

 そこまで言うと、エニシダは鋭い目でウズ達の側を見やるのだった。


 ……防人側が監視を続ける中、ウズはしきみを連れて露店が多く並ぶ区画を訪うことになった。最初はぎこちなかったしきみも、連れ立って歩いている内に笑顔が増えている。

「ウズさん。あっちも見てみましょう!」

 そればかりか恋人のように腕に抱きつき、体を密着させるようにもなっていた。


 ウズは頬が熱くなるような気恥ずかしさを覚える一方、心の内で(はて?)と、疑問符を浮かべた。


 距離の縮め方が性急過ぎないか?


「わあ。すごい、向こうのは見世物小屋ですって。後で覗いていしましょうよお!」

 活気あふれる往来にあてられているのか、大人しくしていた娘が、子どものようにキャッキャとはしゃぐ。


 彼女に合わせて笑顔を作りながらも、ウズは判断に迷い、困惑する。その内に二人は通りから一本、脇へと逸れた。


 路地裏などとは到底呼べない、建物と建物の隙間。人が二人並んで歩ける程度の感覚的にしかない道に、二人は入った。


 ウズは手を繋ぐしきみをそっと見下ろす。先にこの通りへ入ろうと進路を変えたのは彼女だ。

 しきみは時折頭を上げて、ウズに優しい微笑みを返してくる。その笑顔には何ら邪なものは感じられない……いや、そう見えないように上手く取り繕っている。


(アタリを引いたな、こいつは)

 エニシダからは「結び茶屋の仕組みを悪用する輩がいる」などと聞いていた。その輩の一人に、奇しくも行き当たったらしい。

(こういう場所なら、前後二手に分かれて退路を断ってくる。若殿は助太刀に来てくれるかな?)


 ウズが監視をしてくれているだろう仲間の事を思い出していると、案の定、前方から人がやって来た。

 数は一人、逆光のせいで顔はよく見えないが、背格好は男のものだ。

 ウズは空いている手をこっそり後ろ腰へ動かした。万が一に備えて、帯の裏側に分銅鎖を仕込んでいたのだ。


 密着していたしきみもスルリと腕から離れる。覚悟を決めたウズは近づいてきた男を睨んだ。

「しきみ」と、男が名を呼んだ。ようやく露わになったその老けた顔は、驚きに包まれていた。


 予想外の事態にウズは慌てて傍らのしきみを見る。こちらも信じられないという面持ちで立ち尽くしていた。そして、震える小さな唇を動かして、こう言った。


「おとうさん?」

「し、しきみなんだな。間違いじゃあないんだな?」

 しきみの父親、ベタガネは潤ませた両目を大きく開けながら、娘の顔をよく見ようと近づく。


 しかし……。

「来ないで!」

 しきみが悲鳴まじりの大声をあげた。そして逃げるように駆け出したのである。

「おい!?」ウズは遠ざかるしきみの背中と、ベタガネを交互に見回す。

 拒絶されたベタガネはその場にヘタリ込み、茫然としている。手を貸さなければ立てそうにもない。


「ああ……もう!」

 ウズは苛立ちの余り声を荒げた。

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