恋活をするのはシキミ!?-4


「またですかあ?」

 シキミはうんざりしたように言った。

「あたしは職人さんの生き別れの娘でも無ければ、変なお店の人別帳にも登録してないんですけどねぇ……」

「他人事みてえに言っておきながら、その実、気にしてるじゃあないか」

 すかさずフォミカが横から茶々を入れる。流石のシキミもこれには機嫌を損ねて、しかめ面でそっぽを向いてしまった。


 ベタガネの様子を見物し終えたフォミカとシキミは、その夜、カサゴ屋という船宿を訪っていた。


 一部の客だけが利用できる秘密の会合部屋に入ると、二人を呼びつけたエニシダとウズが先に居て、夕食にありついていた。彼らもまた、ノウゼン一味に属する請負人である。


 ……さてエニシダ達は、色街での始終をシキミに伝え、案の定彼女の不興を買ったのである。


「まさか日に二度も同じ名前の娘が話題に上るとはな。さて、その職人の娘と人別帳の娘は、同一人物なのだろうか」

 いつもは沈着冷静なエニシダも、同名の娘が存在している事に当惑していた。


「偽名かも分からんぜ。まあそれこそベタガネだっけ、娘の父親と引き合わせて、確認してもらったら良いじゃん」

 ウズはそう言いながらも、櫃を丼代わりにして、飯を食べ進めていた。


 今朝採れたという蛸の切り身を散りばめて炊きあげた蛸飯だ。

 レドラムでは見た目の美しさから別名『花飯』とも呼ばれおり、締まりの良い肉からは、ひと噛みする事に濃厚な旨味が溢れ出る。この季節でしか味わえない、レドラムの名物料理だった。


「その方が手っ取り早いけど」フォミカはそう頷いた後、空いた茶碗に酒を注ぎだした。

「危なっかしいコトに巻き込んで良いものかねえ?」

「フォミカの言う通り……最悪の事態が起こる可能性も低くはない。問題にある程度対処できる人物が適任なのだが……時にウズ、花飯は美味かったか?」

 突然エニシダが話の矛先をウズに切り替えた。櫃一杯の花飯を平らげたウズは、食後の熱い茶をすすっている所だった。


「おう。こんなに美味い飯、初めてだぜ」

 と、ウズは満足げに腹をさする。

「それはそうだ。噛めば噛むほど旨味が溢れ出る冬の蛸は、この時期高値で取引される。そんな高級品をふんだんに使った花飯の値段は……はて、幾らするんだろうな」

 いつもと変わらぬ淡々とした口調。しかしよく見ると、口の端が震えていた。


「あー……」

 シキミが目を泳がせて、フォミカも口に含んだばかりの酒を噴き出してしまった。

「汚ねぇぞテメエ!?」

 嵌められた事に気づいたウズが、怒鳴り声をあげた。するとエニシダは、勝ち誇ったように口の端をつり上げて言い返す。

「断るか。それも良いだろう、飯代を一人で払えるのであれば、な?」

 ウズは怒り顔で空になった櫃とエニシダを交互に睨んだ末、まるで火が消えたようにガクリと肩を落とした。

「卑怯者ぉ」

「策士と呼べ」


 ……


 ……数日後。

 ウズはカサゴ屋から船を借り、目的地を目指す小舟に揺られていた。

(嫌な予感がするなぁ。飯代金払って逃げてた方が安く済みました……なぁんて事にならなきゃ良いんだけど)

 などと内心ボヤきながら、ゆっくり流れる街並みに目を向ける。


 時刻は昼下がり。ある者は露天で昼食をとり、またある者は柔らかい日差しのもとで仕事を進め、またある者は往来をのんびり歩いている。

 そんな彼らとは対照的に、ウズは大いに気落ちしていた。


 エニシダの卑劣な罠に嵌り、防人の密偵として結び茶屋を利用することになったのだ。

 準備は全てエニシダが執り行った。彼は色街の客引きを使って会合の場を設けさせた後、ウズを舟に乗せた後、尾行する手筈になっている。


 密会の相手はもちろん、一味の者と同名の娘『しきみ』だ。分かっているのは名前だけ、しかもその真偽さえ定かではない。


「お客さん。もしかして結び茶屋かい?」

 不意に船頭が尋ねてきた。ウズは目を白黒させながらも首を縦に振る。すると船頭は「やっぱり!」と、前歯の抜けた口をにっと広げた。


「お兄さん、一方橋に行くだろう。この所、一方橋に向かう若い連中をよく乗せるからねぇ。聞いてみたらみんな。結び茶屋を使うってんだから。流行りってヤツなのかね」

 船頭が言うには、結び茶屋目当ての乗船客はこの半年で急に増えてきたという。

 彼自身は足を運んだ事はないのだが、客たちの話を聞く内に、ある程度詳しくなったと自負していた。


「殆どはお兄さん位の若い男女だ。遊び慣れて身なりをビシッと決めた女もいれば、女とは手を繋いだ事も無さそうな男もいた。お偉いさんの奥方らしい御夫人も……まあまあ、沢山乗せた」


「……そうなんだ。人から勧められた位だから、どんな風な店なのか知らねぇんだけど」

 そう言うと、ウズは懐から手拭いを取り出した。手拭いの布地は赤色で、端には白い鈴蘭の柄が描かれている。エニシダから事前に渡された『客の証』だそうだ。


「そいつを見えるように持って橋の向こうへ渡れば良い。そうすりゃあ、客引きから先に声を掛けてくるそうだ」

「んで、店に案内する?」

「いんや、連中は店なんて構えてない」

「店がない?」ウズは船頭の得意げな赤ら顔を見上げながら大いに戸惑う。


「店に入らず、どうやって相手と会うのさ?」

 すると船頭は周りを見回した後、ずいっとウズに顔を近づけた。

「……こいつぁ大きな声じゃ言えないんだがね、店がないってのは表向きの話なのさね。この所、お上は茶屋遊びにも目ェ光らせてるらしくてな。だから結び茶屋は、逢引場所を秘密にして商いをしてるそうな」

 周囲に渡し船は一艘も姿はなく、両岸から離れているというのに、船頭はわざわざ声をひそめて話してきた。


「そんなコソコソやってるなんて、そいつら悪いことしてるんじゃねえの。いやだな、引き返したくなってきた」

 ウズの嫌気を更に増した辺りで、渡し船は水路から運河へと出た。

「もう遅い。見えてきた、一方橋だ」

 ウズは浮かない面持ちで、目的地である大きな橋を見上げた。


 一方橋は区画名ではなく、土地の通称のようなものだった。一方通行の大きな橋が二本、運河を跨ぐように対岸へと伸びており、住人達は本来の地区名より専らこの通称で呼んでいる。

 対岸に広がるのは倉庫街で、一日を通して多くの荷物や人が橋を渡って市内に運ばれてくる。同時に市内からも、内陸からの荷物が大量に運び込まれていた。これらの運搬を円滑に行うため、わざわざ一方通行の橋を二本掛けているのだ。


 ……さて。エニシダによると結び茶屋の客は、まず目印を持って倉庫街へと向かう橋を渡る。そして渡り終えた所で、店の客引きが声を掛けて案内してくれるそうだ。

 さっそく下船したウズも指示通り、橋を渡る事にした。


 白鈴蘭の柄が入った赤手拭を肩にかけ、揺れ動く人間の波の中に紛れ込む。

 皆が同じ方向を見て、同じ方向へと進んでいく。この状況下で客引きは如何様にウズを見つけ出すのか。


(出口の近くにいて、橋を渡ってきた奴らの中から探すとか、かな)

 などと考えながら、しばし歩き進んでいく。橋は大きく長い筈なのに、流れに身を任せている内に、出口に到達した。

 ウズは見つけて貰えるよう、往来の流れから脇へと逸れた。すると、彼の行動を見越していたかのように、一人の若い男が近づいてきた。


 見た目は二十歳も半ばから後半、小格子縞の着流し姿で、小綺麗な羽織は袖を通さず肩に掛けている。

 爽やかな二枚目で通っているウズにも劣らぬ秀麗な顔立ちで、垂れた目尻の下にはホクロがひとつあった。


「人違いだったら失礼、さんですか?」

 若い男は丁寧な物腰で尋ねてきた。

「あ、ああ」おずおず頷くウズ。

 大事をとって偽名を名乗る事にしていたのだ。


 一方の若い男は目当ての人物を見つけたと分かると、親しみ易い微笑を作った。

「初めまして、シトギさん。私は結び茶屋の者です。この度は当店をご利用頂き有難う御座います。さっそくご案内しましょう」

 客引は挨拶もそこそこにウズを伴って移動を始めた。向かう先はなんと街に通じる橋だった。訝しむウズに客引は優しい口調で語りかけた。


「ご足労お掛けして申し訳ありません。実は始めから、お相手の方は向こうで待って貰っているんです」

「何でまた?」

「用心の為です。過去に客を騙る者が紛れて、折角設けた場を台無しにされた事があったのです。以来、一見さんには倉庫街側に渡ってもらい、本当のお客さんか判断しています」

(その割には直ぐに連れて来られたけども)

 ウズは考えながら客引と共に雑踏の中を進んでいく。


 その客引はというと、あいも変わらず丁寧な物腰で説明を続けていた。その様はまるで、よく訓練された大店の番頭のようだった。


「……俺は合格だったの? 店に申し込んだのはダチなんだけど」

「もちろんです。シトギさんのような方は珍しくありませんし、貴方のような方に最良の出会を提供できたら本望というもの。さあ、見えてきましたね。あちらにいらっしゃるのが、ご指名のお相手ですよ」

 気づけば橋も渡り終え、街へ通じる道路沿いに立っていた。


 そして、客引の仲間らしき男たちに囲まれて、若い娘も不安げに佇んでいる。

 十人並み程度ともいえる素朴な面立ちに、精一杯努力したらしい化粧を薄く施している。身につけている衣もよれておらず、清潔感があった。


(この子が)

 ウズは初対面した娘をまじまじと見つめた。

「し、しきみといいます。どうぞ宜しくお願いします!」

 しきみと名乗った娘もペコリと頭を下げた。

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