仇討無用!-6


 ……準備を終えたウズが、手甲を嵌めた右手を前に出して、狙いを定めた……その時だ。ウズの狙っていた不審者の一人に、声をかける者が現れたのである。


「ここで何をしている?」

 その者は「防人」と書かれた提灯を手に、濃い暗闇の中から出てきた。

 彫りの深い、厳格そうな顔つきをした長身の男だった。赤い着物の上には墨のように真っ黒な紋付羽織を着込み、腰には大小二本の刀を差していた。


「町方か?」

 と、不審者は訝しげに返した。


「南番所のエニシダだ。あらためて尋ねるが、ここで何を?」

 エニシダが質問をしている内に、更に二人の男が集まってきた。どちらも顔がそっくり、瓜二つの双子であった。


「怪しいものではない。ワシはカカエザキ、コバ藩で徒士頭をしておる。藩屋敷留守居役ブガシラ様の命で、人を探しておった」

 声を掛けられた剣士が笠を取って名乗った。額に真一文字の古傷をはしらせた黒い髭面の男だ。


 エニシダはヒクリと片方の眉を動かす。

 本人は隠しているつもりらしいが、微かな殺気が体外へと漏れ出ていた。

 それを敢えて無視して、エニシダは神妙そうに口を開く。

「はぁ……コバ藩の方でしたか。しかし、こんな夜更けに人探しとは」

 口調を変えたのは、カカエザキが巡卒身分の自分より、上役であったからだ。

「あまり感心しませんな」

 それでも岩のように厳かな態度を崩さず、手にした提灯を軽く掲げてみせた。


「ご覧のとおり、今は足元さえ見えない時分。こうも周りが見えないのでは人探しも難しいでしょうに」

「町方風情が我らに意見するか!?」

 カカエザキの部下で双子の片割れが凄む。しかしエニシダは動じる素振りを見せず、言葉を続ける。


「ご一新の後も相変わらず市中の夜は物騒にございます。皆様がたに万が一があっては、我らの面目が立ちません。ここは何卒……」

 丁寧に頭を下げるエニシダ。カカエザキは防人の役人とモチグサ屋を順に見た後、重く閉ざしていた口を開いた。

「……やむを得ない。お前達、行くぞ」

 カカエザキは笠を被り直すと、双子剣士たちを連れてその場から立ち去っていった。


 やがて彼らの気配が遠ざかるのを見計らい、エニシダは口を開いた。

「降りてこい」


 すると木の上から、ウズが木の葉のように、軽やかな身のこなしで降りてきた。

「何で若殿がいるのよ」

「偶々、近くを通りかかった。今の三人、モチグサ屋を終始見張っていたな」

「あー……それがさ。姐さんたち、まずいことに巻き込まれちまったんだ」

 そう言うと、ウズはノウゼンから聞いた話を、そのままエニシダへと伝えた。ウカルの名前が出ると、さすがのエニシダも狼狽を隠せず、困ったように眉をひそめた。


 そして話が終わると、腕を組んで低く唸った。

「追われているウカルを匿っているところに、奴の暗殺依頼が舞い込んだ。しかも依頼主は、並行して追手を差し向けているか。フムン……それは確かに不味い」

「さっきのがその追手かな?」

「いいや。連中は藩の剣士たちだ。だとすれば、レドラムに駐留している留守居役のブガシラも、元家臣のウカルを追っている事になる。ウカルは女人より男にばかりモテるのだな」

「アンタらしくない冗談だよ、笑えねぇ」

 ウズはヤレヤレと頭を振る。


「何にせよ、早く手を打たなければな。あの剣士達はモチグサ屋がウカルを匿っていると気づいている」

「……と、いうわけでぇ」

 何の前触れもなく、三人目の声が割り込んできた。ウズ達が横を向くと、いつの間にかシキミが立っているではないか。


「どわっ!?」

 驚きのあまり後ろへ飛び退がるウズ。

(この前と同じ。音も気配も無かったぞ!?)

 一方でシキミはいつもと変わらぬ能天気な笑顔のまま、こう言った。

「あたし達でウカルさんとアヒサさんの二人を、送り届けようと思います!」


 ……


 ……翌日。モチグサ屋の裏門から棺桶を載せた大八車が出てきた。車の周りにはモチグサ屋の女将や店の者たちが、沈痛な面持ちで付き従っている。

(聞いたかい?)

(聞いたよぉ。モチグサ屋のご主人、急に死んだってね。お気の毒に)

(気の毒なのはモクザの奥様だよ。あんなに仲の良いご夫婦だったのにねぇ」

 なども、近所の住人達が荷車を遠巻きに見ながら噂話を交わす。


 そしてカカエザキたち三人の剣士も、一連の光景を、さらに離れた場所から盗み見ていた。彼らは先回りをして、市街地へと通じる橋の前で荷車を通せんぼした。


「止まれ!」

 双子剣士の片割れがよく通る怒鳴り声をあげる。

「なな、何でございましょうか!?」

 番頭が顔を真っ青にしながろ前へ出てきた。突然進路を塞いできた剣士達に、激しく狼狽えていた。

「その中身は何だ!?」

 もう一人の剣士がキツく問いただす。

「な、なにって。私らの旦那さまです。昨晩急に倒れて……そのまま、お亡くなりに」

 番頭は詰問されているにも関わらず、顔をくしゃくしゃに歪めて泣き出した。付き添ってみた店の者達も、沈んだ顔を伏せたり、しくしく泣き始める。


「見せろ」

 カカエザキが真顔で命令する。

「そんな! ご遺体を納めてる棺桶を開けようというのですか!?」

「そこを退け」

 驚く番頭を強引に退かして、剣士達が後ろへ回ろうとする。


「剣士さま。どうか、どうかお願い致します。主人はようやく楽になれたのです!」

「罰当たりな事はお止め下さいませ!」

 顔を真っ赤に泣き腫らしたモグサや店員達が懇願しながら進路を塞ぐが、カカエザキらは耳も貸さずに押し通る。

 そして荷車に上がって、棺桶に手を伸ばそうとした、その時だ。


「やめておけ」

 間延びした声が剣士達の動きを制した。振り返ると、広袖姿の小柄な老人が佇んでいた。

「ノウゼン先生?」と、モグサが怪訝な顔で老人の名を口にする。

 剣士たちは刀に手を掛けたままノウゼンを睨む。しかしノウゼンは、冷静な態度を崩すことなく言った。

「そ奴の罹った病はな、空気を介して健康な者の体を蝕む、まこと恐ろしい病だ。蓋を開けたが最後、目や鼻、口……体の穴という穴から血を垂れ流して死ぬぞ」

「出まかせを言うな!」

「それならさっさと開けろや。お前さんらが真っ先に病に罹るだけのこと」

ノウゼンは白ヒゲをさすりながら、ニヤニヤ笑う。

「どうした。医者のオレの言葉が信じられないんだろう。言っとくがその病に治療法はないからな。心しておけ」

「ぐぅ」カカエザキは棺桶に伸ばしていた手をそっと引っ込める。

 そして不安そうに見上げてくる、モチグサ屋の面々からも視線をそらして歯噛みした。


「か、カカエザキ様?」

 不安げに尋ねる双子とも顔を合わせようとせず、カカエザキは怒り顔で口を動かす。

「……貴様ら。今日の所はこれで退いてやる。だがこれ以上、棺桶に隠れている者達を匿うならば容赦なく斬る。覚えておけ!」

 そう言い捨てて剣士達は橋を渡って去っていった。

 やがて彼らが見えなくなると、モグサはせっせと荷台によじ登って棺桶の蓋を開けた。

 中に入っていたのは死装束を着たエモギだった。

「行ったかい?」

 モチグサ屋の主人は、涙でくしゃくしゃに歪んだ蒼白顔をあげる。

「行った、行った。アイツら尻尾まいて逃げ出したよ!」

 きゃっきゃと喜ぶモグサ。店の者たちも緊張の糸が切れたらしく、わいわい喜び合う。

「お前さんがた。命懸かってたのに、呑気にはしゃいじゃってまあ……」

 ノウゼンは呆れ半分に肩を竦めてみせた。


 ……


 一方その頃。モチグサ屋のある町区から遥か北、地蔵峠へと通じる街道を、小さな馬車がのんびり進んでいた。

「お店の方々は大丈夫でしょうか?」

 ウカルは物憂げな面持ちで幌の隙間から街の遠景を覗きこんだ。

「大丈夫、大丈夫」

 などと、フォミカが得意げに笑い飛ばす。

「店のみんなだけじゃねえ、町内の連中まで芝居に乗っかったからな。得物持った輩でも、大人数相手じゃ分が悪いから退がるものさね」などと言いうお、相対して座るウカルとアヒサに顔を向けた。


「本当に大丈夫でしょうか」と、アヒサが不安げに呟く。変装も兼ねて、脱出時に着ていた高価な着物から旅装束に着替えていた。

「皆さんが囮を引き受けて下さったんでしょうけど……もし他にも仲間がいて、ワタシ達を追いかけてきたら……」

 きゅっと手拭いを持った手を強く握るアヒサ。

「アヒサ殿。今は皆さんを信じましょう」

ウカルがそっと彼女の背中をさすり、落ち着かせようと言葉を掛けていく。


 そんな二人の様子を眺めていたフォミカは、馬車の先頭を横目で見た。

「追手は来るだろう。だが手出しはできん」

 視線の先ではエルフの女医、ティムスが手綱を握っていた。元から運転の心得があったらしく、彼女の操る馬車は、一定の速度を維持したまま道を進み続けていた。


「あの、ホントにすんません。余計なことに巻き込んじまって」

 ティムスの隣に腰掛けていたウズが、心底申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「どうか謝らないで。これは自分で決めたことですから」

 ティムスが明朗に答えた。それから懐にしのばせた書簡を取り出してみせる。


「領事館から発行された渡航証明。コレを持った私と馬車に危害を加えたら、それは亜人技師への攻撃……外交問題になってしまう」

「だから向こうは剣士だろうが、雇われたゴロツキだろうが、下手には手出しできない、か。うう……ティムスさんを人質にしているようで、やっぱり辛いなぁ」

 ウズがますます意気消沈するのに対し、ティムスはにこやかな態度を崩さない。というより、普段より心なしか気分を高揚させていた。


「私は楽しいですよ。何だかスパイみたいで楽しいですもの」

「スパ……?」

 初めて聞く単語にウズは思わず首を傾げるのだった。

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