請負人、転職サイトに求人出す-2


 ウズの訪れた裏町は、その名前の通り鍛冶屋連なる鍛冶町の裏手に位置する住宅地区だ。建っているのは殆どが長屋で、住人達は日ごろ近隣の町区にある仕事場と、裏町の自宅を往復しているのであった。


 さて、ウズの働く鍛冶屋に鍋の修理を頼んだ客は町区の一番外れ、周囲の中でも古い長屋の並ぶ一帯に住んでいた。


 十字路の真ん中に置かれた井戸では、留守を守る近所の女性たちが、束の間というには些か冗長な談笑に花を咲かせていた。彼女らは近づいてきたウズに気づくと、賑やかな声量を下げ、盗み見るようにウズへ視線を向けだした。


(あの若い子、最近越してきた鍛治町の職人でしょう。良い顔してるじゃない)

(奥の方に行くようね。もしかして、あの家に用でもあるのかしら?)

 通り過ぎる間に女達が二、三ヒソヒソと言葉を交わす。

(そうだ、奥の家で思い出したけど……アイツ、また昨日も仲間と連んで暴れ回ってたらしいよ)

(聞いた、聞いた。酔っ払って縦通りの居酒屋、メチャメチャにしたって!)

(あんな馬鹿な弟を持って、お姉さんも大変だわねぇ)


 聞こえていないフリで通り過ぎたウズだが、彼女らに背を向けた途端に表情が歪む。

(あんまり良い話じゃないなぁ)

 などと心の内でボヤきながら奥の家を訪ねた。


「ごめん下さい。鍛冶屋のウズです、お届け物っスよー」

 少し待つと、建て付けの悪い戸が、ガタリと僅かに開いた。

「こ、こんにちは」

 隙間から神妙な面持ちを覗かせる住人の女。困り眉に垂れた目を物悲しくさせ、半分だけ顔を晒している。

 女の白い面立ちは細く、精巧な整い方をしていた。古い美人画から抜け出してきたような、得体の知れぬ魅力を放っていた。


「あ……あのう。頼んでた鍋、直りました」

 女の美貌に気取られていたウズが、はっと我に返って言う。

「そう、ですか。ありがとうございます、こちらで受け取ります」

 女は気弱に答えた。

「だったらもう少し戸を開けてくれません? これじゃ入らない」

「ごめんなさい。いま……開けますから」

 女は戸を開け広げようと力を込めた。しかし、添えた両手がプルプル震えるばかりで、戸はちっとも動かない。


 見兼ねたウズが片手を差し込んで引くと、戸が大きく横に動いた。

 すると女は、すうっと身を引き、片方の顔を見せないように半身になってウズと相対した。


「どうしたのさ、さっきから?」

 訝しむ青年はやや強引に女の肩を掴んで、隠していた側を見る。たちまちの内に彼の顔が真っ青になった。


「誰にやられたの?」

「これは昔から……」

「違う。このアザは最近出来たものだ」

「……転んだんです」

「嘘をつくな!」

 ウズは女に正面を向かせる。ほっそりした憂い顔、その右目周りが赤く腫れていた。よく見ると、薄い小さな口も端が切れているようだった。


「殴られなきゃこんなアザできないって。この後の予定はないね? 無いなら一緒に来て!」

「あの、でも……」

 怒り顔のウズが女の手首を掴み、長屋から連れ出す。

 すると道の真ん中を歩いて来た数人の男達とばったり出会した。衣を着崩したり、刀を適当に挿して身なりを整えていなかったりと、一目で無頼の浪人くずれと分かる連中であった。


 その先頭に立って大小を二本、無造作に挿した若者はウズ達を見るなり、剃刀じみた鋭い目を、更に細くつり上げた。

「やいテメエ! 姉さんを何処に連れて行こうってんだ!?」

 ウズは戸惑い気味に男の怒り顔と、俯く女の青い顔を交互に見た。


 姉弟……にしては、あまり似ていない二人に困惑するウズに、怖い顔の弟が詰め寄って胸ぐらを掴む。


「ヒゼン、お願いだから止めて!」

 女は弟のヒゼンに悲鳴混じりの懇願をする。

「姉さんは口出しするんじゃあねぇ!」

「……アンタ、弟さんかい。お姉さんの顔、コレはどういう事なの?」

 臆することなくウズは尋ねる。後ろの取り巻き達は何かを察したらしく、ゆっくり左右にズレ始めた。

「テメエには関係ねぇだろう!」

「無いよ。でも済まないけど、俺はお節介焼きなタチでね。医者の所に連れて行く」

「やい色男ちゃん。格好良く吹くけどさ、ヨソ様の事情に首を突っ込むのは頂けねぇぜ」

 取り巻きの一人が嘲笑混じりに言葉を投げた。


 一団はヒゼンを含めて五人。ウズは「それもそうよね」などと、半笑いを浮かべつつ、彼らの動きに目を配る。

「うん、そうだな。俺が悪かった。アンタらは善意とか親切とか、理解できない阿呆だってことを、ちっとも理解できていなかったらしい」

「何だと!」

 場が一気に殺気立つ。刀に手を掛ける輩まで出る中、姉はオロオロ半べそかいて立ち尽くす。


「そういう奴らは……こうだ!」

 ウズはヒゼンの足の甲を力任せに踏んづけた。

「ぎっ!?」

 呻くヒゼン。足の痛みに気取られて、咄嗟にウズを離してしまう。ウズは身を低くすると、ヒゼンのもう片足を刈り払うように蹴って、転ばした。


 背中から倒れるヒゼンを尻目に、息巻く取り巻き達が刀を抜いて襲いかかる。だがウズは彼らに目もくれず、立ち尽くす姉を米俵のように担ぎ上げて疾走!


「あばよ!」

 その速さには目を見張るものがあった。

 瞬き一つの内に、どんどん差が開いていく。そしてあっという間に、通りの向こうへと消え去ってしまった。



 ……


 ウズは逃げ出したその足で、女を診療所に運び込んだ。診察室に通された女の診察を担当したのは、エルフの女医ティムスであった。

 女は案の定、エルフのティムスの顔を見るなり、顔を真っ青にして逃げようとする。だがそれを引き留めたのは、側に控えるウズであった。


「この人は大丈夫」

「知ってる人なんですか?」

「ううん、初対面」


 即答するウズに不安を刺激された女は、無言のままパタパタ抵抗を試みる。

「大丈夫ですよ。少しお顔を見させてもらうだけですからぁ」

 ティムスは大らかな笑みを浮かべたまま、暴れる女の前に体を寄せてきた。


 同じ言葉を話す亜人に心底驚く女。そんな彼女にティムスは優しく話しかける。

「少しだけお話しませんか? 私はティムス、あなたのお名前は?」


「……カンナです」

 少し長い沈黙の後、女は消え入りそうな声で名乗った。


「カンナさんですか。初めまして! 少し質問します、できるだけで良いですからね、教えてくださいねぇ」

 それからティムスは朗らかな態度を崩さないまま質問を投げた。


 最初は嫌々と拒む素振りを見せたカンナであるが、その内にティムスに心を許し始めたのか、正直に受け答えるようになった。

 その間にティムスはカンナのアザを調べ、手元の紙に文字を書き殴っていく。その過程でカンナは、自らの口で「弟に殴られた」と、原因を伝えたのであった。


 ……しばらく後、一連の処置を終えたティムスが部屋から出てきた。

「いま出てくる患者さんに、コレをこう……」

 エルフの女医は、襖の前に控えていた女中に幾つか指示を出す。

 やがて女中がカンナを連れ出し去っていく。その後ろ姿を見送るティムスは顔を曇らせた。


「あ、あの……お医者サマ」

 途中から部屋を追い出されていたウズが、おずおず話しかけてきた。

「あの人……カンナさんだっけ。顔のアザ、治るんスか?」

「これから別の部屋で、薬を塗り湿布を張ります。それを一日一回替えて、数日安静にしていれば、アザも引いてくれる筈」

「良かった……」

 安堵するウズにティムスは縁側から下りてウズに頭を下げた。


「あのまま放って置けば、消えることのない痕になっていたかもしれません。ありがとう、あの人をここまで連れて来てくれて」

「そ、そんな。頭を上げて下さい……ンな大それた事してねぇんですから」

 慌てるウズに、顔を上げたティムスは物憂げに言葉を続けた。


「ご存知かもしれませんが、あの人、弟さんから暴力を振るわれているようです。何かしら手を打たなければ、もっと酷い目に遭わされるかも」

 女医の言葉にウズは腕を組んで唸った。


 彼女のいう通りだ。このまま弟が大人しくしている筈も無い。このは、ほとぼりが冷めるまで、姉弟を離した方が良いだろう。

 そのように考えたウズは、ティムスの口添えで、診療所の責任者であるジンマへ助力を頼んこんだ。


「……そういう事なら、カンナさんはウチで匿いましょう」

 事情を聞くや、ジンマは即答する。これには同席していたカンナも、驚いたように目を白黒させた。

「おいおい、ジンマ。安請け合いしちまって良いのかい?」

 などと愉快そうに口を挟んできたのは、何食わぬ顔で話を聞いていた前所長のノウゼンである。


 他人事を決め込む隠居老人に、ジンマは肩を竦めて答えた。

「怪我を治している側から、また怪我を負わせるわけにはいかないでしょう」

 ジンマの言葉に、カンナは己の顔に貼られた湿布にそっと手をあてた。周りの人々が味方になったというのに、彼女の面持ちは尚暗い。


「あ、あの……お気持ちはありがたいのですが……やはり……」

「ありがたいんなら素直に受け取りなって」

 ウズは満面の笑みを作り、横から口を挟んだ。

 カンナは俯き、膝の上に重ね置いた白い手を、きゅっと握った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る