請負人、転職サイトに求人出す
請負人、転職サイトに求人出す-1
女絵師のフォミカは大いに戸惑っていた。
町の診療所に所用でやって来た彼女は、この日初めて亜人と出会った。
世間では「ご
その中の一人が、いま目の前にいる。
「こんにちは」
日に焼けた褐色の肌をした亜人の女は、和やかな笑みでフォミカに挨拶してきた。その女はすらりと背が高く、異国の青い長衣を纏っていた。フォミカ自身も体は細く、身長も女にしては高い。しかし件の亜人はフォミカより更に頭一つ大きかった。
フォミカは面食らって固まった。いつものように診療所の裏口から入ったら、突然彼女と出くわしたのだ。
「あの、今日はどのようなご用事ですか?」
しかもこの亜人、流暢にこの国の言葉で尋ねてきた。言葉の端々に変な強弱が入ったり、辿々しさは見られたが、それでも会話に差し障りない出来である。
それはそれとして……。
「まあ……まあまぁ! 素敵なお召し物ですね。それにお化粧も。わあ、なんだか綺麗なお人形さんを見ているみたいだわ」
フォミカが狼狽えていると、亜人はニコニコ笑顔で目の前に近づいてきた。
癖のない長髪は亜麻色で艶だち、精巧に整った褐色の顔に作る微笑みは、暖かい慈しみに満ちている。
そしてフォミカの目を特に引いたのが、女の耳であった。何と、三角に尖った長い両耳が髪の間から左右に伸びているのだ。
(亜人ってのは、背だけじゃなく耳まで長ぇのか?)
驚きすぎて言葉も発せなくなったフォミカに、長耳の女は優しく微笑み、返答をじっと待つ。
そこへ……。
「……先生。こちらに居りましたか」
不意に建物の側から声が飛んできた。
二人が振り返ると、白い作務衣姿の偉丈夫な男が縁側に佇んでいた。診療所の医者、ジンマである。
「じじ……ジンマ!」
緊張の解けたフォミカは、長羽織の袖をバタバタばたつかせて、ジンマの元へ逃げる。
「なんだ? どうした?」
ジンマは背中に回り込んできたフォミカと長耳の女を交互に見回す。
精悍な顔つきだが、温和な雰囲気を持ち、好青年然としていた。そんな若き町医者に、長耳女が困ったように笑った。
「驚かせてしまったようですわね。ごめんなさい、お嬢さん。エルフを見るのは初めてのようですね」
「……え、エルフぅ?」
フォミカはジンマの後ろに隠れながら、おそるおそる女の顔を覗き見た。普段なら薄く化粧をした青白い細面は、絵巻物の美男子然とした雰囲気を持っているのだが、今は狼狽え過ぎる余り、台無しになっていた。
「フォミカ。この人……ティムス先生は、おれと同じ、お医者サマだよ。遠い遠い外国から来たんだ」
「エルフの……医者?」
フォミカは心ここにあらずといった具合に呟く。そんな女絵師にエルフの女医は名乗った。
「どうぞお見知り置きを。ティムス・エクセターと申します」
………
それから半刻後。
今度は隠居老人のダツラ・ノウゼンが、診療所の正門を潜った。彼はこの診療所を興した前所長であり、長らく地域医療に身を捧げて来た男だった。
現在は弟子達に診療所を継がせて引退しているのだが、時折暇潰しを兼ねて、様子見にやって来るのである。
今日も本館の襖が外された広間には、大勢の患者が詰めかけて、やいのやいのと賑わっている。
隣の部屋では鍼治療を修めた弟子の一人が、並んで寝転がる患者達一人ひとりに鍼を打って回っている。別棟に設けられた二つ小部屋は診察室として使われており、患者たちが順番に出入りしては、具合を診てもらっていた。
(どこもかしこも大忙し。誰かとっ捕まえて冷やかしてやろうと思ったんだがなぁ)
ノウゼンは心の内でボヤきながら顔の下半分を占める白ヒゲをさすった。
撫で付けた総髪から眉毛、そして髭に至るまで全て真っ白。正に白髪のお化けじみた外見をしたノウゼンであるが、老齢の割に足取りは軽く、小さな体も曲がっていない。
そんな隠居老人が訪れた離れでは、手隙の者達が輪を作ってワイワイ賑わいでいた。
はてなと思って遠巻きに覗き込むと、輪の中心には尖り耳の亜人女が座っており、正面に座らせた派手な長着を着た女の見立て……の手順を皆に教えていた。
「良いですか。女性の診察をする際に気をつける事は……」
ノウゼンは思わず、白眉毛に覆われた目を大きく開けた。
(あの女。エルフとかいう長耳の亜人か?)
異国にはああした風変わりな亜人が、多く住んでいるという。ノウゼンも修行時代には貿易港である
(これもご一新の影響か)
などと呆けているノウゼンのもとに、弟子のジンマが輪を抜け出して、駆け寄ってきた。
「おや先生。いらしてたんですか」
「あの女性は?」
「イディス出身のエルフで、ティムス先生という女医さんです。ミジヶ崎から医学師範として来てくれましてね、当分はウチの診療所でああした講義をして下さるんです」
と、ジンマが説明する。
「さっき薬をもらいに来たフォミカさんと出くわしましてね。着物の柄やら身なりやらを褒めちぎった挙句、見立ての練習台として連行してきたんですよ。そりゃあもう、見事な手並みで……」
「ふむぅ」
唸るノウゼン。そんな彼に気付いたティムスは、一瞬だけ柔らかい微笑を浮かべた顔を向けた。
………
国を挙げて推し進めている近代化の波が、各地の様相を変えていく。レドラムの街にもこの所、政府に雇われた「お雇い亜人」がよく訪れるようになっていた。
大通りにはこれまで以上に見慣れぬ人々が増え、市中にも珍しい異国の物品がより流れるようにもなった。
そうした激動の時代ではあるのだが、市民の殆どはこれまで通りの生活を送っている。
……その一人、鍛冶屋のウズは仕事で手掛けている鍋を放ったまま、別の作業に精を出していた。
「あとは底板をネジで止めて……」
床にうつ伏せになり、大ぶりな箱の底をネジ留めする。
箱の中から穴を通って細い棒と二本の銅線が伸びており、ネジを締める動きに合わせて、ユラユラ揺れていた。
「はっはー! できた、できたあ!」
身を起こしたウズ青年が箱を持ち上げて歓声を挙げた。
スッキリ整った顔に得意げな笑顔を作った青年は、出来上がったばかりの箱を、あちこち見回す。
そんな彼の巻毛頭に硬い拳骨が落ちてきた。
「馬鹿野郎! 鍋の修理サボって何やってんだ!」
いつの間にか背後に立っていた鍛冶屋の親方が、怒鳴り散らす。禿げ上がった頭の先から、割れた長い顎先まで、怒りで赤く茹で上がっていた。
「テメエって奴は、いつもいつも……仕事せずにロクでもねぇもん作りおってからに!」
「さ、サボってねぇっての。作り終わったから空いた時間を使ってこさえてたんだ!」
ウズが頭を抑えながら反論する。
「なぁにが作り終わったーだ。仕上げたらな、一旦、オイラに見せるってハナシだろうが」
親方は出来上がったという鍋をあらためると、不機嫌に鼻を鳴らす。
「はん。まあまあ出来てんじゃねえか」
実際は及第点以上なのだが、煽すぎて調子に乗らないよう、まあまあに留めたのである。
このウズという若者はつい最近、他所の土地からやって来た、いわゆる新参者だ。前の土地では舶来品紛いの珍品を作っては見世物を開き、食い扶持を稼いでいたという。
そんな若者が鍛冶屋に弟子入りして、はや三ヶ月。人懐っこくて愛想が良く、おまけに女受けする二枚目のウズは、すっかり近所の人気者になっていた。
それはさておき……。
「出来上がったんなら、早ぇとこ裏町の姉ちゃんに持っていってやれ。その後でも出来んだろ、ガラクタ作り」
親方は胡乱な目で謎の箱を見下ろした。
「ガラクタじゃあねぇよ。コイツはな『ゐれくてり』ってぇ外国の……」
「ゴタクは良いから、早ぅ行ってこい!」
親方に蹴飛ばされるような形で、ウズは品物と共に工場から追い出された。
一人になった親方は「あの発明馬鹿め」などと舌打ちをした後、チラリと『ゐれくてり』を盗み見た。
そして周りに誰も居ない事を確認すると、そっと箱の前に座る。
「そうだ親方ぁ! 俺が帰るまでの間、その箱には触るなよ!」
突然、裏口から追い出したウズが戻ってきて、戸口から声を掛けてきた。
「どわぁ!? でけえ声出すな。こんなケッタイなモン、誰が触るかってんだ!」
「それなら良いけどよ。いいかい、特に棒に巻いた二本の銅線には触っちゃダメだかんね!」
などと言い捨てて、今度こそ走り去っていく。
足音がすっかり聞こえなくなると、親方はおそるおそる、二本の銅線を指で摘む。
するとどうした事か、銅線を摘んだ指から「バチンッ!」という音が鳴り、親方の全身を痺れさせた。
「痛ああぁぁぁッッ!!?」
親方の裏返った悲鳴が周辺一帯に響き渡った。
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