仇討無用!-4


「怪我してるヒトをそのまま放っておく訳にもいかないでしょう!」

 シキミは上目遣いに言う。主人のフォミカは頭をわしゃわしゃかき回しながら、下女が連れて来てしまった男女を睨んだ。


「だからってウチに連れてくるか。怪我人だったら、そりゃあお前、先に診療所だろう」

「診療所は方角が反対で、少し遠いし。それよりもお店の方が近くだったから……ええと。あの時はこれが最善だと思ったんです!」


 橋の下で手負のウカルと連れ合いらしき女を見つけてしまったシキミ。彼女は良心から二人をモチグサ屋まで連れて来てしまったのだ。


 そしてウカルは離れ屋の縁側に腰を下ろすと、家の者から道具を借りて、簡単な応急処置を始めた。女の方には別室を用意したのだが、再三の勧めも丁重に断り、ウカルの側を離れようとしない。


 フォミカ達がやいのやいのと騒いでいると、モチグサ屋の妹夫婦が様子見にやってきた。

「いま、使いの者を診療所へ走らせました。向こうから来てもらった方が良いでしょう。怪我人を歩かせるのは酷ですから」

 義弟のエモギが言う。図らずともシキミの援護射撃をした彼を、フォミカは不機嫌に睨んだ。


「なな、なんです義姉さん?」

「何でも無い。この家の連中は揃いも揃ってお人好しだと思ってな」

「あらあら。姉様からお褒めの言葉を貰えるなんて。人助けはするもんだね、アンタ」

 妹のモグサがぽややんと言う。フォミカはまん丸顔に優しい笑みを浮かべる妹には何も言えず、不機嫌に天を仰いだ。


「この度は誠にかたじけない」

 手を止めたウカルが、一同に向かって深々と頭を下げた。傍らの女もウカルに倣う。

「いやいや、どうかお顔を上げて下さいまし」

「そうですよぉ。困っている方を放っておける訳ないんですから。当然のことをしたまで」

 妹夫婦が交互に宥める。二人の言葉にウカルは申し訳なさそうに歪めた顔をあげた。


 醜男とも美形ともつかぬ平凡で薄口な顔。しかし一方で表情は精悍さに溢れて凛々しく、体つきも均整が取れているようだった。

 そんな生真面目剣士が漂わせる雰囲気は、古風な若武者と喩えても遜色ない。


(たまげた。コイツは確かに一度決めたらヤりそうな面ァしてら)

 フォミカは心の内で舌を巻く。彼女からしてみればウカルは招かれざる客であり、暗殺仕事をフイにした張本人だ。興味が無いといえば嘘になる。


 横目でこっそり観察していると、別方向から視線が飛んできた。

 目を動かすフォミカ。視線の主はウカルの傍らから離れようとしない、連れ合いの女だった。


 煌びやかな髪飾りでまとめた青黒い巻毛に、薄く化粧を施した小さな顔、そして造り整った目鼻立ちは、同性から見ても美しい娘と言わざるを得ない。

 そんな女が憂いに満ちた目で、フォミカを見つめていたのだ。


(警戒されてんな、アタイ……)

 困惑気味に眉をひそめるフォミカ。一方で、シキミはウカルに質問をぶつけていた。

「ところでどうして、あんな所に居たんです?」

 質問がすぐ返ってくる事はなかった。ウカルは厳しい面持ちで俯き、女も視線をそらす。皆が諦め始めたその時、娘が口を開いた。

「ワタシからお話し致します」

 皆の視線が娘に集まる中、ウカルが驚いたように制する。

「アヒサ殿。お待ちを!」


 だが娘……アヒサは小さく首を振った。

「此度の騒ぎ、ワタシにも責任の一端があります。ここは、包み隠さずに申し開くべきかと思います」

 弱々しく、か細い声でアヒサは言う。しかし伏せた目の奥には、硬い決心が見え隠れしていた。

 フォミカはそんなアヒサをまじまじと見つめつつ、巻き込まれてしまった事態に困惑するのであった。


 ………


 アヒサは、コバ藩の剣術指南役のシザンを父に持つ剣士の娘だ。道場の雑事も手伝っていた彼女は藩に仕えるウカル、そして彼に斬られたブマとも顔馴染みであった。


「ブマは三年前より、レドラムの藩屋敷留守居役である、ブガシラ様のご推挙で仕官しました。あの男はその繋がりを盾に、あちこちで悪さをしていたようです。しかしブガシラ様の一声で取り立てられた手前、表立って抗議できる者はおらず……」

 答える気になったウカルが、生真面目な態度で話す。


(留守番役がそんなに偉えのか?)

 フォミカはこっそりエモギに小声で尋ねた。

(家臣の中でも上役で、特に有能な人じゃないと任命されないそうです。そりゃそうだ、他藩との折衝やお上との繋ぎ役、対外的な仕事を一挙に引き受けてるんですから)

 と、エモギがそっと答えを返す。


「ブマは仕官の経緯もそうですが、本人の性格もあって、あまり人には好かれていなかったと思います。父もその一人で、お互いに嫌い合っていましたから。それで……」

 アヒサが訥々と話していく。

「……それで半年前、地稽古の最中に父が倒れました。ブマと組み合っていたら共に転んで……そのせいで寝たきりに……」


 ここでエモギが、おそるおそる口を挟んできた。

「あの。聞いた話だと、それが故意だったとか?」


「左様。彼奴め、稽古で使っていた籠手の中に寸鉄を偲ばせていた。揉み合って転んだ風に見せかけ、お師様の頭を寸鉄で打ったのだ!」

 ウカルは事故の後、不意打ちの動かぬ証拠を掴んだ。しかしその時既にブマは脱藩、行方をくらましていた。


 怒りの治らないウカルは仇討に必要な手続きを済ませると、自らも暇を願い出てブマの追跡を始めた。

「この半年、領内じゅうを巡ってブマを追いかけておりました。すると先月、奴は道場に現れると、アヒサ殿を連れ出して地蔵峠に向かっていたのです!」


「ブマはレドラムに戻り、古い知り合いに匿ってもらおうとしたんです。ワタシは道中の人質であり、その方への土産だと」

「古い知り合い?」


 訊かれたアヒサは躊躇いがちに答えた。

「レドラムの材木問屋、マルトイ屋さん」


「げえっ!?」

 エモギとモグサの二人が揃って大声をあげる。

「れれ、レドラムでも五本の指に入るってくらいの大店じゃないの!」

「そうなんですか?」

 シキミが小首を傾げる。


「大きな工事やら再開発やらも噛んでいるみたいで、そりゃあもう、近頃はすこぶる景気が良いとか」

 妹夫婦の驚きをよそにフォミカは考え込む。


 マルトイ屋の存在なら把握していた。殺しの標的だったブマが仕官する以前は、この店の食客兼用心棒だった事も、ここにいる面々より知っている自負があった。


「……フォミカさん?」

 不意にシキミが心配そうに声をかけてきた。

「やい、ウカルさんよぉ。テメエはつまり、マルトイ屋からアヒサを連れ出して逃げているんだな?」

 思案を一先ず辞めた後、フォミカは低い声で尋ねた。


「その通りです。ブマに連れ去られた彼女を返して頂こうと屋敷を訪ったのですが……」

 ウカルは暗い面持ちで腕の傷を見下ろした。

「マルトイ屋の主人は用心棒を使い、某を殺そうとしたのです。腕を斬られはしましたが、何とかアヒサ殿を屋敷から連れ出す事はできました。しかし……」

 ウカルはチラリと外へ目をやった。


「向こうの追手が二人を探し回ってると。やれやれ、面倒な話に首を突っ込んじまったな、アタイらは」

 フォミカは肩を竦めると、冷ややかな調子で言った。


 ……


 同時刻。料亭「小雀」の奥間では、隠居老人のノウゼンが渋面で唸っていた。


「……どうか引き受けて頂けませんかねえ、ノウゼン先生?」

 初老の男が、肉のついた大きな顔に、困ったような微笑を浮かべる。目は糸のように細く、鼻も小さくて丸いのに、口だけが大きい。色男とは程遠い面構えではあるのだが、絶やさず浮かべる笑みは温和そのもの。身綺麗に整えた姿には上品な清潔感が漂っていた。


「ブマを殺したウカルって剣士に、、ねえ?」

 ノウゼンは渋面を崩さぬまま、胸元まで垂らした豊かな白髭をさすりだした。


 葵の花とは、暗殺代行の依頼で使われる隠語である。

 依頼人は請負人の元締に「どこの誰に葵の花を送って欲しい」或いは「絵を描いて欲しい」という決まった文言で、元締に暗殺を依頼する。そして元締は依頼内容が妥当であれば依頼を引き受けて、配下の請負人に仕事を振るのである。


 ノウゼンはこの仕組みを基に、長らくレドラムの裏社会で、暗殺代行業「請負人」の元締として暗躍してきた。そんな彼が迷いを見せている。依頼人の前で、依頼人が目の前に差し出した、多額の前金を目にして。


「マルトイ屋さん、アンタらしくない依頼だ。事情を聞かせてもらいたいね?」

 ノウゼンの問いに、マルトイ屋の主人は眉を八の字に曲げた。それから考えるようにしばし黙した後、大きな口を慎重に動かし始めた。


「……ホントの事を申しますとね。アタクシもブマが死んだのは自業自得だと思っとりやす。人様に迷惑かけたバチが返ってきたと。しかしながら、あんなのでも古馴染みで、アタクシの店で用心棒をしていた」

 マルトイ屋は笑顔を困ったような笑みを顔に貼り付けて、言葉を続けた。


「そんなお人を手に掛けられたまま、殺した相手をそのまま故郷に返したとあっては、アタクシの顔が立ちませぬ」


 声色も表情も何一つ変わらない。しかし、目には見えぬ何かが一変する。その証拠に、座敷の空気が急速に冷え込んだ。

 ノウゼンは片方の眉を上げて言葉を返す。

「アンタの言う顔ってのはかい?」

「ご想像にお任せします」

「即答は出来ねぇぞ」

 ノウゼンは傍らの煙管に手を伸ばした。

「返事は急ぎません。何せウカルは時の人、じっくりゆっくり待って、確実に絵を送って下されば文句はありません」

 そのように言うと、殺しの依頼人はますます温和な笑みを深めたのであった。

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