請負人、転職サイトに求人出す-終


 外の騒ぎは一向に治まる気配を見せない。そればかりか、むしろ一段と酷くなっている。

「くそっ。これだから下賤の者どもは……」

 一人で待たされていたヨウリキは舌打ちを一つし、側に置いていた大小二本の刀を腰に差し始めた。


 これ以上騒ぎが続けば、いずれは不審に思った夜警がやって来る。

 もし彼らに顔を見られたとなってはまずい。表向きは、ヨウリキとエンテン一家は他人同士。なのに饗応まで受けていたとなれば、良からぬ仲であると邪推されるだろう。


(何処からでも良い、外に出なくては)

 脱出の算段を始める標的の姿を、請負人のウズは天井裏から覗いていた。


 元の位置に戻ってきた彼は、今度こそヒゼンの仇を討つため、そして請負人として仕事を果たすため、得物のカラクリ手甲をはめ直した。


 指先の感触を確かめつつ、輪状の糸車を手首に装着。そして標的との距離を見定めながら、先端に括り付けた錘を引く。


 カリカリ、カリ。


 ウズが着々と殺しの準備を進める中、ついにヨウリキが腰を上げて部屋から立ち去ろうとする。そんな標的の太い首に狙いを定めて、ウズは腕を振るって錘を投げつけた。


 錘と共に下へ飛んでいく赤い糸。やがて糸はヨウリキの太い首へ、細蛇のように固く巻きついてしまった。


「ぐうっ!?」

(掴んだ!)

 獲物を捉えたと確信したウズ。すかさず手首の糸車の中央部を押して、カラクリを作動させた。


 たちまちの内に糸車は逆回転を始め、ヨウリキの巨体を天井へと引き揚げ始める。

 足が畳から離れ、みるみる内に天井に向かって吊り上がるヨウリキ。

 首に巻きついた糸を千切ろうともがくが、赤い糸は細いのに硬く、暴れれば暴れるほど、首の肉を抉らんばかりに強く絡みついて離さない。


「ぐ……ぐぅ!?」

 白目を剥き、締め付けられた気管の隙間から、辛うじて細い呼吸を続ける。だがもう遅い。


(くたばりやがれ、外道!)

 ウズはヨウリキの頭が天井の覗き穴まで達した所で、もう片方の手で糸を掴み、より強く締め付けた。


「ぐ……お……」

 ここでヨウリキはついに力尽き、息絶えて四肢をダラリと垂らした。


 ウズはヨウリキの体から糸を外すと、無造作に骸を放り捨てる。

 ドサリと畳の上にヨウリキの死体が転がるのを、ウズは物悲しい目で見下ろす。

「これで、良かったんだよな?」

 若き請負人の呟きは、カラクリ手甲の糸車が糸を巻き上げていく、悲しく乾いた音にかき消された。


 ………



 請負人達が仕事を終えてから、しばらく経ったある日……。

「やい、ウズ! テメエはまたくだらねぇモン作りやがってこの野郎!」

 鍛冶屋の親方が、よく磨かれた金槌を手に工場に飛び込んできた。


「うわっ。親方!?」

 作業中のウズは手がけていた農具を放り出して、近くの小上がりへと飛んで逃げる。その姿は野山を飛び回る猿そのものであった。


「横町のマンテン堂の旦那に、下らんもん売りつけやがったな。ついさっき、向こうの奥さんが俺ンとこに怒鳴りに来たんだぞ!」

 そう言って親方は革張りの丸袋をウズの眼前に突きつける。

「コイツのせいでな!」


「下らねえってなんだよ、酷え言い草だな。苦労したんだぜ、キッチリ音が鳴るように……」


 げ ん こ つ


 親方の拳骨がウズの頭へと叩き込まれる。

「痛っ!?」

「その音が問題なんだよ!」

 親方は小上がりに袋を置くと、力強く手で押した。

 すると袋の端から垂れた筒から、放屁に似た音が豪快に飛び出した。


「マンテン堂さんがな、客間の座布団裏にコイツ仕込んだらしい。お陰で座っちまった奥さんは人前で、でけえ屁をこいたと思われて大恥かいたそうだぞ。テメエのこさえた、くだらねえガラクタのせいでな!」

 禿げ上がった頭のてっぺんまで、まるで茹で蛸のように赤くなる親方。一方のウズは話を聞いている内に口元を綻ばせていく。


「そうか、そうか。みんなモノホンの屁に聞こえたってんだな。いよっしゃあ、それなら成功だ!」

 などと大喜び、面食らって呆ける親方を尻目に、革袋を持って外へ向かう。


「やい、ウズ……おいおい、どこ行く!?」

「裏町の長屋。すぐ戻りますから」

 そう言い残してウズは裏の長屋へと走った。目当てはもちろん、最奥にあるカンナの家だ。


 ……


 ……すっかり見慣れた井戸のある十字路まで差し掛かった時、またいつものように近所の女たちが井戸端会議をしていた。

 彼女達の顔は……いつもより暗かった。声量も小さく、そして沈んでいた。


「奥の娘さん、可哀想に」

「昨晩なのかしらねえ。やったのは……」

 嫌な胸騒ぎを覚えたウズは足を止めると、おそるおそる女達に声を掛けた。彼女らは深刻な顔を崩す事なく答えた。

「奥の娘さんがね、亡くなったのよ」

「え?」

 ウズの手から革袋のおもちゃが滑り落ちた。

「自分で首を吊ってねぇ。弟さんのことがあったからねぇ。よほど堪えていんでしょうねぇ……」

「それにほら、特に近ごろは酷く思い詰めていたよ。会うたびに痩せこけて……可哀想」

 ウズは血相を変えてカンナの家へと走った。

 嗚呼……近所の住人たちが彼女の部屋の前に集まり、ヒソヒソと話し合っている!


「どいてくれ!」

 人垣をかき分けて前に進むウズ。ようやく見えて来た玄関は開いており、居間には数人の後ろ姿も見える。その内の一人は、エルフの女医ティムスだ。


「カンナさん!」

 室内に飛び込むウズ。部屋の中央には布団が敷かれ、顔に布を敷かれた女が寝かされていた。それだけで充分だった。ここで何が起きたのか、ウズはすぐに理解してしまった。


「ウズさん……」

 ティムスが狼狽え、掛ける言葉に迷っている間に、ウズは布団の側に座る。

 同席していた近所の老婆は、亡骸と青年との間柄を察したらしく、やがて沈んだ調子で話しを始めた。


「今朝がた死んでいるのをワシが見つけたのじゃ。天井の梁からな、縄で首を……痛かったろうに、辛かったろうに」

 ウズはカンナの顔を隠す白布をチラリと見た。そして衝動に駆られるまま、布を少し持ち上げた。


「……ッ!!」

 言葉にならない声を発して固まる。


「あんな美人だったのに。人間死ぬと、酷い面になっちまうんだね」

 老婆は震える声で言う。その声は実際より更に小さくウズの耳に入ってきていた。


 ……首を吊って死んだ者特有の死に顔。息苦しさの果てに息絶えた、無惨な姿。カンナの固まった表情は、請負人としてこれまで殺めてきた者たちと全く同じだった。この間殺したヨウリキとも……。


「ウズさん……ウズさん!」

 横に座っていたティムスの呼びかけで、ウズは現実に戻された。

「しっかりして下さい。お辛いのも無理はありませんが、どうか気を確かに!」

 側に寄ったティムスが労わるように言う。その時ウズは、己が頬を伝う一粒の涙に気付き、指で拭った。


「……表の誰か、防人は呼んだか? それと桶屋とか棺桶屋とか、やる事は沢山だぞ!」

 今度は布団の近くに座っていた職人風の男が声をあげて、皆に仕事を割り振りだした。


「ねえ、お兄さん。この娘とは知り合いらしいけど。何か形見とか、大事なものとかに心当たりはあるかい? 後で家族に渡してやりたいからね」

「……家族?」

「そうだよ。誰にだって肉親の一人や二人居るもんだろう?」

 老婆の質問に、ウズとティムスは揃ってバツの悪い顔を見せた。老婆も返ってきた反応から、カンナの境遇に嫌な予感を覚えたのか「すまんね」と、詫びた。


 ふと、ウズは混乱する頭を働かせた末に、ある事を思い出した。


「髪飾り」

「え?」

「……弟からの贈り物だって、ずっと大切にしてたって髪飾り。それがないんだ」

 ウズは枕に載ったカンナの頭に目をやる。しかし、肝心の髪飾りは姿形もない。絹の様に厚い髪が枕の下で押し潰れているだけであった。


「髪飾りなんて付けてなかったはずだよ。ずっとこのままで、死んでいたんだ」

 老婆がそう言うと、残りの面々も同じように頷いてみせる。


「なあ、おいみんな」

 そんな中、部屋のあちこちを漁っていた別の住人が、箪笥にしまっていた証文を見つけた。

「こいつぁ……質屋の証文かね。あたしゃ字が読めん、何て書いてるんだい?」

 渡された証文に目を通すウズ。そこには髪飾りを質に入れたこと、その金額や、返済の期日などが書き連ねてあった。


 ウズは否応なしに全身が凍っていく感覚に襲われた。指先まで震えるほど体の内側が冷たい、それなのに額や背骨と肉との間からは、玉のような汗が噴き上がっていく。


(まさか……この前の殺し。依頼人はカンナさん!?)

 証文を強く握りながら頭を抱えて蹲る。周りの大人たちが大慌てで声を掛けてくるが、どれもこれも、ウズの耳には届かない。


 髪飾りを質に入れた金で請負人に頼んだのだろうか?

 そもそも彼女は何処で仇の名を聞いた?

 それに、どうして彼女は自ら命を絶ったのか? 

 あの時、彼女に向けた言葉は、何ひとつ届いていなかったのか?


 わからない。ウズは証文を脇に放り捨てた後、両の拳も硬く握りしめて込み上げてくる涙を必死に堪えた。



(了)


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