仇討無用!-9

「若殿。防人の仕事放って逃げて来たか?」

 フォミカは向かいに座ったエニシダに、早速嫌味をぶつけた。この男には憎まれ口を一つでも多く言わないと気が済まない、そのような性分なのだ。


「無様に騙された貴様の泣き面を拝みに来た」などと、エニシダは憮然と言い返す。

「おいおい。喧嘩なら後でやってくれ。もっと大事な話があるだろう、二人とも」

 憎まれ口の応酬が始まる前に、ウズが呆れ半分に止めに入った。


「……表で彷徨いている浪人どもは、藩留守居役のブガシラが、金で雇入れている私兵どもだ。領内の再開発に必要な土地の地上げや、裏工作の使い走りをしている」

 そこまで言うと、エニシダは自らが入手した再開発事業の情報を二人に伝えた。


 材木商マルトイ屋とブガシラの繋がり、選ばれた土地の中に指南役の所領があり、指南役はその売却に反発していたのだと……。


「特に指南役が持つ川沿いの土地は、木材の集積所に最適でな、事業の中でも重要地だったようだ。だが土地の持主が頑なに拒んでおり、そのせいで計画に遅れが出ている」

 耳を傾けていたウズが突然「あそこの事か!?」と、狼狽えた声をあげる。


「俺、そこに行ったぜ。何でも夫婦の大事な思い出が詰まってるとか。そうか、だから指南役は反対していたんだな。だけど……」

「娘のアヒサはそうでも無かった。ブガシラとマルトイ屋側につき、反対する親父を黙らせる為に動いた。あの女の裏切り、何処で掴んだよ、若殿?」と、フォミカが尋ねる。


「密会の場にシキミを潜らせた。はっきり名前は出てこなかったが、全員と関わりを持ち、尚且つ怪しまれることなく立ち回れる役者となれば、唯一の身内であるアヒサに絞り込める」


「ンだよ。それじゃあ俺たちは最初から、只の道化だったのか」

 ウズはガクリと肩を落としつつも、何やら納得いかないようだった。

「うーん。毒の話もティムスさんが暴いた通りだとしてもだ。でも……やっぱり信じられねぇよ、実の父親を、簡単に殺せるか?」


「そこはホレ、金の為って堂々と言ったんだろう、アヒサは。その言葉に裏は無いと思うぜ」

 フォミカが乾いた苦笑を交えて言う。二人の視線が集まる中、女絵師は言葉を続けた。

「金の力は凄いぜ。簡単に人間を変えちまう。それはもう一線越える躊躇を忘れさすくらいに。あの女には、タンマリ金が入る目処があった、だから一線を越えたのよ」


「フォミカの言う通り、アヒサの父は自らが亡くなった時の相続人にアヒサを指名していた。土地とひと財産をな。しかし相続には条件があった」

「条件?」

「『二十歳までに婿が現れなかった場合』だそうだ。あの女はまもなく二十歳を迎える。その前に父親は弟子のウカルを婿入りさせ、家督を継がせる腹積りだったが……」


「その前に娘が親父とウカルを消しちまった。アイツ今ごろはきっと、笑いが止まらん状態さね」

 フォミカはそこまで言うと、ふと気付いた疑問を口にした。

「こうなるとブマの野郎の立ち位置が分からねえ。何か掴んだか?」

「アレは……指南役を再起不能にした、という筋書きの為に用意された案山子だ。奴に注目が集まっている間、指南役は毒を飲まされ続けて衰弱していたし、真っ先に気付いただろうウカルも、ブマ追跡の旅に出て状況を把握できず終い。役目は充分に果たしたらしい」


 一連の話を聞いていたウズが神妙な顔を作る。

「しかも自覚も無しに、な。指南役を倒した気になって逃げ回っていた。だからアヒサが仲間である事に気付かず人質にして、レドラムまで……可哀想な奴」


「可哀想なのは、ここまで散々コケにされたアタイらだっての」フォミカはここまでの労を思い出したらしく、大袈裟に嘆息した。

「俺たちのことは良い、問題なのは無関係なティムスさんまで危ない目に遭わされてるってこと。俺が一番怒ってるのはソコだ」

 ウズの方も怒りを露わにする。

「ウカルもだ。昔臭い士道を地で行く真っ直ぐな男が、謀の犠牲者になる。俺としても気持ちの良い話ではない」

 更にエニシダまでもが珍しく胸中を口にし出すと、三人は視線を合わせて黙った。


 ……しばし後、フォミカが思い出したように口を開いた。

「そういやアタイらは、また獲物を横取りされたって事になるのか。最初はブマ、それにウカル」

「だからこそ、三度目は必ず成し遂げる」

 徐にエニシダは、フォミカたちの前に紙に包まれた貨幣の束を置いた。たちまちフォミカの眉間に皺が寄る。


 表に描かれていたのは葵の花だった。請負人に対する暗殺依頼の符号である。


「いま聞かせた話、半分はある人物からもたらされた。その者は情報を土産に元締に接触して、急ぎ『葵の花の絵を描いてほしい』と依頼した」

 説明をしている間に、エニシダは相変わらず厳しい面構えで三人分の始末料を畳の上に並べる。その多さに仲間達ただ困惑した。


「俺たちの標的はブガシラの家臣カカエザキと、その配下の双子。そしてアヒサの四人」

「俺たちって……まだ誰か居るのか?」

「あと二人、ブガシラとマルトイ屋だ。そちらはレドラムに残った元締とシキミが請け負う。これは俺たちにとって悪い話ではない。仕事のついでに、煮湯を飲ました者たちへ、一矢報いる事ができるのだからな」

 エニシダが鷹のような鋭い目で二人を見渡す。

 真っ先にウズが一つ金を手に取った。それからエニシダも一つ……更にもう一つを取ろうとしたその時、フォミカが不意に手を伸ばしてきた。


「テメエの仕込銃でも、二人同時に相手するのは、流石に厳しいだろう」

 フォミカはいつになく怖い顔で言う。予期せぬ発言に男たちは返答に窮した。


「お前……今度こそ死ぬかもしれんぞ?」

 特にエニシダは、彼女の身に起きた不運を知っているだけに、珍しく不安な様子で言い返した。しかしフォミカは奪い取るように、二人目の依頼料まで掠め取った。


「たったの二人。昔のカンを取り戻すにゃあ、むしろ足りねぇ位さね」


 ………


 しばらく刻が経ち、宿場町を探し回っていた浪人達も、いよいよ標的が脇本陣に匿われている事を突き止めると、脇本陣の正面に集結しだした。


 武装した全員が入り口を取り囲むなり、まとめ役と思しき傷顔の中年浪人が、大きな声を張り上げる。

「ここで亜人の女を匿っていると聞いた。即刻、差し出せ!」


「ザッケンナコラ!」

「ッスゾオラァ!」

 すかさず建物内からコマ蔵の手下や、助太刀に来た侠客連中が臆する事なく怒鳴り返す。


「我らは城下町で人を殺めた亜人の女、そして連れの男を探しておる。潔く差し出せばこれ以上、コトを荒立てるつもりはない」

「しかし、邪魔だてするなら容赦はせぬ。貴様ら全員を斬り捨てるのみ!」

 まとめ役が手を掲げるや、次々と刀が抜かれていく。煌々と輝く松明の灯りを背に、両陣営の緊張がいよいよ最高潮に達した……その時であった。


「面白い冗談を言いなさる」

 静かに、そして空気を凍りつかせるような冷たい声が建物の中から聞こえて来た。


「親分のお通りだ。道ぃ開けろ!」

 続けて若頭が大声を張って手下達を退かせると、一人の女が前に出てきた。


 血のように鮮やかな朱色の着物をまとい、黒い腰帯や肩掛けにした革の吊帯などに、六丁もの回転式拳銃を挿している。そして首には舶来の黒いマフラーを巻き、殺気に満ちた青い隻眼をギラつかせる。その姿は、地獄の香りを纏わせる、地獄の幽鬼そのものだ。


 女は周りからの視線など気にも留めず、悠然と入口を潜って単身浪人達の前に姿を晒した。数で勝る浪人側は、武器を構えたまま微動だにしない……いや、出来ずに居た。


(姿を見せただけで、場の空気が凍てついた。何奴!?)

 まとめ役が息を呑んでいる所に、女は口を開いた。

「手前は地蔵峠の宿場町を束ねる寄合頭、疾風のコマ蔵と申します者。聞く所に寄れば、手前のお客人方に下手人の疑いがあるとか」

「然り。だから早く……」

「お断り致します。お客人方が下手人であれば、防人に引き渡すのが筋というもの。見た所、肝心のお役人様の姿が見えねぇが?」

 コマ蔵は隻眼を細めて不適な微笑を作る。

 彼女は心得ていた。役人どもは手を出して来ない。何しろフォミカたちが町に入ってきた段階で、屯所の役人たちには根回しをして備えていたのだ……こういう時の為に。


忘八者ぼうはちものと呼ばれるあっしらだが、スジの通らねえ指図を受けるつもりはない。相手が根無草のド三品とあっちゃあ尚更よ!」


「女の分際で屁理屈を捏ねよって!」

 まとめ役が八艘の構えを取ったその瞬間、コマ蔵は風のように腰帯から拳銃を引き抜き、腰だめにして発砲した。

 雷鳴にも似た銃声が一帯に轟き、浪人どもは構えを崩して一斉に後退りする。


「ぐぅ」

 まとめ役の手から刀が溢れ落ちた。

 最初に地面に落ちたのは柄だけ。その後で、鍔から上の刀身の破片が四つ、カラカラと地面を叩いて落ちてきた。


 まとめ役は全身を汗で濡らしながら、歪めた顔を地面に向けた。

 聞こえた銃声は一発だけ、しかし刀の折れ具合を見るに、発射したのは……三発!?


 まとめ役は脳裏に浮かんだ結論に絶句した。コマ蔵は、銃声が一発にしか聞こえない程の連射で、細身の刀身を正確に撃ち抜いたのである。


「風通し良くして貰いてぇ奴は前に出な。疾風のコマ蔵が幾らでも相手してやらぁ」

 両手に銃を構えて啖呵を切るコマ蔵に、浪人達はすっかり狼狽え、反撃はおろか怒号一つぶつける気力さえ削がれてしまった。


 そんな彼らを、路地の暗闇から見張る男が一人居た。

 ブガシラの家臣、カカエザキである。配下の浪人達をかき集め、取り逃したウズ達の捕縛にやって来ていたのだ。


(町の役人共が一向に来ない。奴らを呼び出し、共に踏み込む手筈であったのに)

 ほぞを噛んでいると、背後に人の気配を感じた。慌てて振り返ると、立っていたのはレドラム役人であるエニシダ……ここに居る筈のない男だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る