第三章 孤独な少年たち3
「一爽はどうしてここに? 生活用品とか取りに?」
「いや、類の家にはなんでもそろってて、とくに困ってることはないんだ」
「類って吉住類のことか。彼のところにいるのか」
一爽はうなずいた。
「類と話をした。俺はこの状況を解決するために、宇津木はじめと弥生真尋を探しに来たんだ」
優吾の顔がこわばった。
「吉住類が、はじめと真尋も保護したがってるってことか。残念だけど、俺は遥馬さんの命令で、彼を監視者の施設まで連れて行かなきゃならない」
自販機の前にいるはじめの方を見た。
「俺のときと同じように?」
「そういうことだな」
はじめもどこかに拘束されるのだろうか。
「お兄ちゃん、アイスー。僕、これにする」
いつのまにか傘を閉じたはじめが、自販機の前に立ってオレンジ色のアイスバーを指さしている。温州みかん味のシャーベットだ。
「あの子、昨日生まれて初めてここでアイスを食べたんだよ。それで、美味しいって大感激でさ。一日一個までだよって言ったから、今日の分をおねだりしてるんだ」
優吾は眉を下げて、少し困った笑顔ではじめのとなりに立った。
ふたりの後ろ姿を見ながら、ああ、そんな子がもうひとりいたな、と一爽はなんとなく思い出した。理央が買ってやったプリンを泣きながら食べた、という澄人だ。
はじめは取り出し口からアイスをとりだした。濡れていないソファに優吾と一緒に腰かける。
優吾はアイスの包み紙を剥いてはじめに持たせてやった。
はじめは無心で食べ始めた。やや大きめのTシャツとハーフパンツをはいている。両方新品のようだ。このショッピングセンターで調達したものかもしれない。
「はじめくん、僕、あっちのお兄ちゃんとちょっと大事なお話があるんだ。ひとりで食べられるかな?」
はじめがうなずく。
「あの人、お兄ちゃんの友達?」
「そうだよ」
迷いなく答えて、優吾は一爽のほうにやってきた。
ふたりで、はじめから少し離れた場所に腰をおろした。近くで見ると優吾の耳には、痣のような赤い痕がついてた。
「あの子を病院から連れ出したのはお前なのか?」
優吾はうなずく。
「病院で人が死んでた。女医で、トゥエルブファクトリーズの職員だ」
優吾が人差し指を口元にあてた。もっと小さな声で話してくれ、はじめの耳に入れたくない、そういうゼスチャーだ。優吾はひそひそと答える。
「……うん。俺も見た。昨日の夕方だ。でも俺が発見したときは、もう手の施しようがなかった。病院の医療スタッフはあのときすでに誰もいなかったし。小児病棟もからっぽで、病室にひとりで寝ていたはじめを連れ出したんだ」
いつもは、意識障害を起こす薬が投与されているのでぼうっとしていたが、今日は院内のパニックのせいでその薬が切れかけていた。そのため、かなりしっかりした様子で受け答えし、自力で長い距離を歩くこともできたという。
「どうしてミナトタウンにいるんだ」
「ここに寄ったのは、彼の靴が無かったから。院内用のスリッパしかなくて、ここまで歩いたら底がボロボロになっちゃったんだ」
それであの長靴をゲットしたということか。
優吾は一爽の耳元でささやいた。
「亡くなった女医は、はじめくんの主治医で監視者だったんだよ。文香先生は、はじめくんにとって、唯一の身内みたいな人だ。そのことがショックで昨夜あれを燃やしちゃったんだ」
優吾が憂鬱な目で、丸焦げになった植木をみつめる。溶けて塊のようになった樹幹が、黒い棒のように陶器の鉢から生えている。
やはりミナトタウンでの熱反応は、はじめの能力だったのだ。
「あれが燃えて、火災報知器反応して、三人ともびしょ濡れになって大変だったんだ」
三人、という言葉が一爽の心に引っかかったが、今はあえてきくことはしなかった。
「はじめはやっぱり、ああいうことができるのか?」
「今はアイスに集中してるから大丈夫。でも感情的になると手をつけられない感じ。自分でもどうしていいのかわからないんだ。心配なのは、あの子、自分でつけた火でも煙にむせるんだよ。熱耐性はあるみたいだけど、低酸素には対応できない体質みたいだ」
「大きな火災を起こしたら、自滅する可能性もあるってことか」
そういえば澪も、能力のコントロールに苦しんでいると類が話していた。
「こんな言い方したくないけど、プラチナベビーズはやっぱり突然変異なんだと思う。便利なだけの能力じゃない。みんな、自分を知ってコントロールしていかないといけないんだろうな」
優吾の言葉は、プラチナベビーズと人間との共存を前提にした言い方だった。一爽は少し安心した。
優吾は、油断なくはじめの様子を見守りながら話を続けた。
「はじめを監視者施設に連れて行くのが、俺の仕事だ。でも、まあここでそういうアクシデントがあったから。服も着替えなくちゃならなかったし、夜はここに泊まったんだ」
一階に北欧風雑貨の店があった。ソファやクッションも置いてあったので、そこで一夜を明かした、と優吾は説明した。
「ああ、ええとさっき、三人でびしょ濡れになったって言ったか?」
優吾はうなずいた。
「……みんなが探してる弥生真尋な、ここの建物内にいるよ。俺は昨日遭遇した」
「やっぱ、ここにいるんだな」
『ほらな?』と虹太が得意げに親指を上げる様子が、一爽には見えるような気がした。『俺の言った通りだろ?』と眼鏡を奥の目を細めて言うだろう。
「真尋さんは二日前、春待さんの手引きで発信機を外して、研究棟を脱出した。学校で噂になってた銃声は、そのときの武装班との銃撃戦だ。翌日の昼になって、一般人の避難が始まってから、ここの警備室にもぐりこんだらしい。奥に夜勤用の仮眠室があって、布団もエアコンも使えるし、そこそこ快適だったらしいよ」
今朝もそこで身支度してるんじゃないかな、と優吾は話した。
「真尋さんが、警備室で過ごしてたら、俺とはじめが建物内に入りこんできたっていうわけ」
「彼女も警戒しただろうな」
「でも、自分を捕まえにきた監視者っていうわけじゃなさそうだ、と思って、姿を現して俺たちに話しかけてきた。今、外の様子どうなのって」
優吾は真尋と話をしたらしい。
「俺は……真尋さんに投降して欲しいと言ったんだ」
でも拒絶された、と優吾はうつむく。
「俺も、真尋にそうしてほしい。どうして真尋はそんなに生き急いでるんだろうな」
一爽の問いに、優吾は少し髭の伸びた顎を撫でた。昨夜の真尋の様子を思い起こしているようだ。
ふたたび丸焦げになった植木を指さした。
「生き急いでる、か。そうだな。あれだって、もとはといえば真尋さんがトリガーなんだよ。初めて身近な人の死を知って動揺してるはじめくんに、『君はプラチナベビーズなんだ』とか『君のお母さんも死んでる』とかいろいろきかせるから、はじめくん、心がパンクしちゃったんだよ」
少しだけ恨みがましい口調で言った。
「でも、真尋さんの言うことも俺にはわかるんだ。真尋さんはさ、はじめくんに自分の人生を生きてほしいんだって言ってた。『ちゃんと自分のことを知って、その能力の活かし方、人のために役立てる方法を知らないと、この子は生きていけない』ってさ。『ただ薬で眠らせておくなんておかしいでしょ』って」
一日前、優吾も一爽に、自らがプラチナベビーズであることを教えた。
――情報は与えた。あとは自分で選択して決断しろ。一爽、生きるってそういうことだろ。
真尋もはじめに対して、同じことを考えていたのかもしれない。
「昨日はそんな感じだったから。あのまま監視者のところに連れて行くわけにはいかなかったんだよ」
優吾は自分のシャツの裾をちらりとまくった。腹に大きな水ぶくれができている。
火傷だ。よく見ると、右耳にある赤い痕も火傷のようだ。腕にもところどころ小さな痣のような軽い火傷が残っている。あのフェイクグリーンが燃えたとき、優吾ははじめのすぐそばにいたのだ。
優吾がこの傷をうまく隠せないと、はじめが人に危害を加えたという証拠になってしまう可能性がある。
「時間を稼がないといけないと思ったんだ。真尋さんも説得したいし。遥馬に電話して、はじめを落ち着かせるためにも今夜はここに泊まりたい、と話したら理解してくれた。そういうところはわかってくれる人だ」
真尋に投降を説得したい。その点で、一爽と優吾の意見は一致している。問題は、どうやってするか、ということだ。
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