第六章 僕らの船4
※ ※ ※
遥馬との邂逅を終えた一爽が、その後一心に目指したのは、島の北西の端に見える煙突だった。島の可燃ゴミを引き受ける処理施設だ。
近づいていくと、外部の道路から直接ゴミ収集車を乗り入れるプラットホームが見えた。入り口には臭気防ぐエアカーテンの吹き出し口が見える。処理施設の巨大な建物の周りを一爽はまわりこんでいった。
『発電機は地下にある。蒸気復水器周辺からもぐるのが早そうだな』
出発前に、類がこの処理施設の内部構造を調べてアドバイスしてくれていた。
一爽は大きな施設から離れて、雑草の生える敷地を進んでいった。やがて、ねこじゃらしのおいしげる中に、三角屋根の背の低い建物が見えてきた。
これが類の言っていた復水器のようだ。
その周辺を歩いていくと、雑草の生えてない場所をみつけた。地面に一メートル四方の灰色の蓋をがうめこまれている。蓋になっている鉄板のくぼみに指を入れて、取っ手を引き上げた。
蓋を開けると、暗いトンネルが口を開けた。一メートル四方の穴にコの字型の金具が等間隔で埋め込まれている。これを足場にしてはしごのように下りるのだ。
「今から地下に入る」
胸ポケットに入れたタブレットに叫んだ。類に聞こえるように。
ペンダントのように首にかけていた非常用ライトを頭につけ直し、LEDの電源を入れる。
下の方をライトで照らしてみた。穴の入り口から一番下の床までは、二十メートルほどはありそうだった。一爽は高所恐怖症ではないが、それでも自分の足の下の巨大な空間を目の当たりにすると足がすくんだ。
(虹太もここを通ったんだ。俺だって行ける)
そう自分に言いきかせ、慎重にはしごを下りていった。
今も脱水症状と戦っている虹太のことを思うと、少しでも早く行かねば、と気持ちが急く。しかし、ここで足を滑らせたら、二十メートル下のコンクリートの床に激突だ。目の前の壁のざらりとした表面だけを見て、降りることに集中しようとする。
なんとか開けているところまで着いた。はしごの金具に肘をかけて首を曲げ、一度ライトで下を照らした。横壁に両腕で抱えられそうな銀色のパイプが走っているのが見えた。
「なんか、でけえパイプが通ってるんだけど」
タブレットに声を張った。今のところ無事だ、という類への報告でもある
『高圧蒸気が通ってるかもしれない。断熱材で包まれていても危険なことには変わりない。絶対触るなよ』
パイプの周りは少し熱を持っているように見えた。
「ここ、携帯の電波あるんだな」
『アンテナが設置されてるんだろうな。赤外線レドームも設置されているようだし。地上とデータのやりとりができる環境になってるようだ』
だから虹太も、地下から一爽に動画を送る事ができたのだろう。
やがて、かつん、と広い空間に足音が響いた。なんとか無事に一番下の床に足をおろした。ふーっと長い息を吐いて、一爽は壁によりかかった。
一度床に座り込み、壁を走るパイプの先をライトでたどってみた。大型ワゴン車くらいの箱型の装置が見える。くすんだ緑色の筐体に黒字で「蒸気タービン」とペイントされていた。丸い計器と手回し式のバルブが装飾品のようにくっついている。
一爽ははしごの脇に照明のスイッチがあるのを見つけた。ボタンを押すと、はるか高い所にある天井のハロゲン灯がぼうっとオレンジ色に灯り、だんだん視界を白く明るくしていった。
そこは地下神殿のように静まりかえっていた。だだっ広い空間にコンクリートの四角い柱が均等に並んで高い天井を支えている。遠近法の勉強をさせられているような光景だった。
天井付近に直径二、三センチはある黒いケーブルが数十本束ねられて、さらに奥に伸びていた。
虹太は電源ケーブルを追っていくと話していた。きっとこのケーブルをたどって行ったのだろう。
一爽は体を起こし、大きな装置の間をそろりそろりと歩いていく。
キューブ型の復水タンクは、マンションの貯水槽のようだった。大型車のような太さがある蒸気溜めパイプの脇を通り過ぎる。
じりじりと周囲に漏れる熱に、一爽はじっとりと背中が濡れてくるのを感じた。綿状の断熱材でくるまれた銀色のパイプを避けて、黒いケーブルを追っていくと、人が通り抜けられるくらいの出入り口につながっていた。
短い廊下を抜け、次の部屋に進もうとして、一爽は、あ、と小さな声をあげた。部屋の中心にあるものは、二階建てのアパートくらいの大きさがある装置だった。虹太が動画で送ってきた例の装置だ。
そして、そのまわりは天井から降りている八角形のシャッターで覆われていた。
その透明な壁にそって、一爽は走る。
「虹太! 来たぞ、虹太!」
大声が部屋の中に反響する。
こん、こん、とかすかな音がした。
床から手が伸びている。一爽は走り寄った。
シャッターに隔てられた向こう側で、虹太が床に倒れていた。濡れたランニングを体にはりつかせて、うつ伏せになっている。力を振り絞って腕を伸ばしシャッターを叩いたのだ。
「虹太、水! 水持ってきたからな」
一爽はリュックをおろして、持ってきたペットボトルを出した。類が持たせてくれた経口補水液もある。しかし、これをどうすればシャッターの内側に届けられるだろうか。セキュリティを解除する方法はあるだろうか。
一爽がきょろきょろしていると、虹太はもう一度シャッターを叩いて、部屋の上のほうを指さした。一爽は指先を目で追う。監視カメラがあった。そのとなりに乳白色の半球のドームもある。
虹太が手をピストルの形にして、撃て、とゼスチャーした。
「類、これ壊していいのか?」
一爽はタブレットを取り出し、カメラ起動した。
『監視カメラと赤外線レドームだな。これは闖入者からエンジンを守るため設置されているものだろう。破壊すればセキュリティが解除される可能性はある。でも、チャンスはおそらく一回きりだ』
「一回きり? 一発で仕留めないとどうなる?」
『その赤外線レドームは、赤外線の波長の中で特に銃器、火器の赤外線を拾うように設定されていると思う。武器を使う闖入者を感知するしくみだ。お前が銃を撃って一発で破壊できなかった場合、反応して新しい闖入者へのセキュリティが発動すると思う』
「失敗したら、俺はどうなる?」
『わからない。破壊の度合いにもよるし、今のところなんとも言えないな』
一爽はリュックから理央の拳銃を取り出した。弾丸はゴム弾ではなく、破壊力の高い散弾をえらんで装填した。リボルバーのシリンジをおさめ、撃鉄を起こす。
理央なら、あるいは厳しい訓練を受けた武装隊のメンバーなら、このミッションを難なくやってのけただろう。
(今は俺がやるしかない)
一爽は理央に教えられたとおり、まっすぐ肘を伸ばして肩を固定した。
今度こそ、跳ね上がって照準がぶれないように。腰を落として構える。
呼吸を止めてトリガーをひいた。
ぱあん、と景気のいい音がして、乳白色のプラスチックカバーが四散した。その中にある半導体基板が、火花をあげてはじけ飛ぶ。
コンクリートの壁には、五十を超える小さな鉛の弾が埋め込まれ、色とりどりの電気コードがだらりとぶら下がった。
「やった……!」
ガッツポーズであたりをみまわすが、シャッターは動かない。
虹太の手が、ぱたっと床に落ちた。
「虹太あああ!」
細く煙をひく銃を持ったまま悲痛な声をあげる一爽に、冷静な声が響いた。
『成功だ。シャッターは手動で開けるんだ。横へずらせるはずだ』
一爽はシャッターの合わせ目に飛びついた。シャッターは普段は部屋の左右の壁の中に埋設されていて、非常時だけ出てくるシステムのようだ。
一爽は真ん中の合わせ目に指を入れ、こじ開けた。徐々に広がる隙間に、手のひらが入り、腕が入り、肩が入った。
エンジン周囲の熱せられた空気が、シャッターの隙間から顔に吹き付けてきて目が痛くなった。真夏のアスファルトの上の空気のようだった。一爽は最後にひっかかっていた自分の下半身を抜いた。虹太のところへ走り寄る。
目を閉じた虹太のそばには、タブレットと、空になったペットボトルが二本落ちていた。
「虹太、水あるぞ、ほら」
赤くなった額にミネラルウォーターをかけた。虹太がせき込む。顔をつたい、首筋まで流れこんでいく。
抱き起こして経口補水液を持たせた。
「自分で飲めるか?」
虹太は、シャンパンを浴びるF1レーサーのように頭から水をかけられながら、経口補水液を飲んだ。
「よかった……!」
目の前がにじんだ。
今度は失敗しなかった。目の前で友人を失わずに済んだ。
(俺にだってちゃんとできたじゃないか)
「類、虹太を助けたぞ。生きてた。ありがとう。ありがとう……」
感極まったように何度もくりかえす一爽の胸元で、理央の誇らしげな声が響いた。
『ガーデン大橋、破壊完了』
ふたつ目の橋が落ちたのだ。
続いて、遥馬の声もきこえた。
『アンカーワイヤーの巻き上げ、および消波ネットの回収に成功した。このメガフロートはもう海底に固定されていない。今、バラストタンクに海水を入れる措置でバランスをとっているが、今後は揺れやすくなる。総員、安全な場所で待機!』
類の嬉しそうな声がした。
『あとは、一爽、君がそこにあるエンジンを走行モードに切り替えるだけだ。それで、この島は船となる』
「それさえできれば俺たちの勝ちだな?」
となりにいる虹太がうなずく。一爽は立ちあがった。
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