第六章 僕らの船3
※ ※ ※
みどり大橋は全長二五〇メートルの吊り橋だった。海中からつきだした橋脚は、二股のフォークのような形で等間隔に並んでいる。その頂点を通るメインケーブルは巨大な放物線を描き、そこから海面に垂直におろされたハンガーロープが、橋桁を吊っている。
橋のたもとにはすでに、一小隊が集まっていた。
武装した少年少女たちは、海岸沿いの外周道路に理央の姿をみとめると、道をあけて迎えた。
理央はガウスガンを支える手が、少しだけこわばるのを感じた。
(裏切り者。今でもそう思われているだろうか)
小隊長、竹内綾乃が口火を切った。
「おかえり。狩野理央」
綾乃は今日も制服のスカートを短くしてスパッツを合わせている。小型サブマシンガンが彼女の得物だ。
「おかえり」
「おかえり」
次々かけられる言葉を受けて、理央は大きな声を張った。
「みんな、勝手に出て行ってごめんね。でも私、誰とも戦いたくなかったの。私たちの敵は違うところにいるはずだから」
いつのまにか、理央は少年少女たちの中心に立っていた。
「だから、姿を見せないそいつらと戦おう」
おう、と声が上がった。
「難しい話はともかく、この橋を破壊することが重要なんだっていうことはわかった。それで、私たちはプラチナベビーズと闘わなくて済むんでしょ?」
綾乃は、さばさばと言ってのけた。
「じゃあ、行くよ」
少年少女たちが立ちあがった。手際よく爆弾を設置していく。
遠隔スイッチで爆発が起きると、道路の塗装が噴水のように吹き飛んだ。橋桁はねじられたように大きくたわんで、次々海に落下していく。
「落とした!」
誰かが嬉しげな声をあげた。しかしメインワイヤーは大きく波打ちながらもまだつながっていた。橋桁が一部崩落してバランスが崩れ、ワイヤーの描く放物線はいびつな形になっている。
「橋桁を落としても意味がない。メインワイヤーを切らないと本土とつながったままだ」
綾乃が険しい顔で告げる。
「私がワイヤーを切る」
理央はメインワイヤーにガウスガンの照準を合わせ、レバーを引いた。
衝撃とともにメインワイヤーが大きくたわんだ。
蒼穹を鞭打つようなすさまじい音と共に、ガウスガンの弾頭は弾かれていた。
ワイヤーは耐久性を高められた軟性のある合金の塊だ。コンクリートのようには壊れない。二弾、三弾目も弾かれた。
理央はワイヤーをにらみ、ため息をついた。
メインワイヤーは鋼鉄のピアノ線でできている。みどり大橋に採用されたワイヤーは1平方ミリメートルあたり一八〇キログラムの引張強度があるとされている。これを約百万本、直径一メートルほどの太さに寄り合わせて作られているのだ。ねじりによる強化を考慮せず単純に強度をかけ合わせただけでも、引きちぎるには十八万トンの力が必要になる。
理央はヘッドセットのマイクに叫んだ。
「どうしよう類、橋のメインワイヤーが切れない」
『理央、アンカレイジを狙え。メインワイヤーをメガフロートに固定しているコンクリートの重しだ。橋のたもとの下。橋脚の付け根にあるはずだ』
「破壊すればいいの?」
『その箱の中では、ワイヤーは細く分岐されている。きっと切ることができると思う』
理央は、崖となった橋のたもとに駆けよった。慎重に下をのぞきこむ。前なら橋の下になって目に見えなかった部分だ。落ちた橋桁が割れた板チョコのように折り重なった下に、灰色をした台形のコンクリートブロックがあるのが見えた。ブロックは大きく打ち寄せる波に、上辺まで洗われている。
理央は、橋のたもとの崖に自分の両方のかかとを固定した。ガウスガンを構える。
数秒後、理央は無事に二本のメインワイヤーを留めているアンカレイジブロックを破砕した
コンクリートの箱の中から解き放たれたワイヤーの先端は、一度反動で大きくはねあがってから海の中に身を横えた。
白い壁のような波が立ち、理央の背後で雪崩のように崩落した。
水飛沫を浴びながら、理央はマイクに告げる。
「みどり大橋、破壊完了」
※ ※ ※
類のタブレットの画面に、理央の名前が表示されていた。
『みどり大橋、破壊完了』
「よし!」
類はぐっと拳をにぎりしめた。
『類、私とここにいる武装隊の子は引き続き、ガーデン大橋の破壊に向かう』
「頼んだ」
類はすぐに遥馬に通信をつないだ。
「今のみどり大橋袂付近の映像は、カムフラージュできたか?」
『おそらく。でも橋が破壊された事実は伝わってると思う』
「武装斑のメンバーが造反したことを、トゥエルブファクトリーズ幹部にごまかすことができればいいんだ」
『なんとかなるとは思うが……』
遥馬らしくない自信のない言い方だった。慎重になっているのだろう。
「信じて続けよう。僕らはもう引き返せない」
類は膝の上で両手を組み合わせた。
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