第六章 僕らの船2
優しく笑う。ぎりぎりまではりつめていた気持ちが、彼女の物腰にゆるんでいった。思わず肩にかかる理央の腕に身を預けかけて、はじめははっと自分の使命を思いだした。
次の瞬間、理央を両手で思いきりつきとばしていた。
「僕に関わらないで!」
理央はふいをつかれて、後ろへ尻餅をついた。
「う」
うなって両腕で顔を覆っている。その茶色の長い髪が熱にあおられてふわふわ浮きあがり、毛先がちりちりと焼けた。
(ああ、きっと僕の力が、この人を焼いてしまうんだ)
絶望的な気持ちで、腕の隙間からこちらをうかがう理央の顔を見た。
「僕はみんなを殺すんだ。この島を焼くんだ。だからみんなを呼んできてよ。プラチナベビーズのみんなも、監視者のみんなも、僕と戦ってよ!」
ヒステリックに叫ぶ。
自分の芝居がどうにもへたくそなのが、はじめは悔しかった。
理央が両腕を開き、ゆっくり立ちあがった。近づいてくる。
私は何もしないよ、とはじめにわからせるように両腕は開いたままだ。その腕も顔の皮膚も綺麗なままで、焼け爛れた痕はなかった。
「ほら、ね。大丈夫でしょ? これはね、強化モジュールっていう特別製なの」
理央の笑顔は太陽のようにあたたかく見えた。
「ほん、とに?」
「はじめくん。みんなのところに帰ろう。はじめくんが青鬼をしなくてもみんなちゃんと幸せになれるんだよ」
「でも……」
「この島にはたくさんの知識や情報を持っている仲間がいて、戦わなくても解決できる方法をみつけてくれるよ」
辛抱強く語りかけてくる理央をじっと見あげた。
「理央さんは、僕が怖くないの? 僕は人を死なせてるんだって」
理央の笑顔がさっとこわばり、同時に悲しげないろが差した。それは、一方的に与えられる憐れみとは違っているようだった。無責任な憐憫よりも、より深い苦悩が透けるような顔だった。
「うん。その話は聞いてるよ。でもそれは、はじめくんがわざとやったことじゃないでしょ。私は君の話がききたくてここへ来たんだ」
ほら、と右手をさしだされた。
はじめは、びくりとあとずさった。
理央は少し困ったように眉を下げて笑いかけた。
「君はひとりぼっちじゃないんだよ。まだプラチナベビーズの兄弟がたくさんいるんだ。彼らに相談することもできると思う。澪っていう子を知ってる? その子は――」
「ミオを知ってるの? 僕の夢の中に出てきた子だよ?」
「え?」
理央は驚いた顔で少し考えこみ、やがてなにかに思い当たったように笑いだした。
「うん、知ってるよ。髪の毛、こういうかんじの子でしょ?」
両手で澪のボブカットのかたちを示す。
「そう! 僕、夢の中でその子と遊んだんだ。病院で寝てる間、何度も夢で会いに来てくれたんだ」
はじめは驚いていた。理央もミオを知っているなんて。自分だけの夢ではなかったのだろうか。
「そうなんだ。澪は君にどんな話をしたの?」
「病室の外にあるものの話をしてくれたよ。海とか、学校とか。あと……いつか僕に友達ができるって。だからその日まで、ちゃんといい子にしてないとだめだよ、とか」
うん、うん、と理央は嬉しそうにうなずいている。
「その澪が、現実の世界で君を待ってるよ。会いに行かない?」
「ほんとう? い、行きたい」
差し出された理央の手に、はじめはそっと自分の手を重ねる。
ふたりは手を握りあった。
「じゃ、行こっか」
理央が明るく言う。お散歩にでも行くような口調だ。
「ねえ、僕は、生きていてもいいの?」
おずおずと問うはじめに、理央は堂々と言い放った。
「当たり前だよ。生きているのは我慢もいるし、つらいけど、自分から死んじゃうなんてすごく卑怯なことなんだよ」
ぽろりと、はじめの瞳から水滴が落ち、空中で、じゅっと白い蒸気になって消えた。
「じ、じゃあ、僕は――僕は、なんのために生きているの?」
はじめは理央の手にすがるようにしてたずねた。
「それはこれからみつけるんだ。君だけじゃなくて、みんなそうなんだよ。なんのために生きるのかを、みつけるために生きてるの」
理央の言葉は、まるで自分に言いきかせているようでもあった。
※ ※ ※
「類、はじめくんを保護できた。今は落ち着いているし、このまま類の家まで連れて行けると思う」
理央はインカムのマイクに話した。類のタブレットと通話をつないでいる。
『理央、今どこにいる』
「島の外周道路の途中。病院の近くまで来た」
『わかった。少し前に澪が、君のガウスガンを持って出た。外周道路に沿っていくように指示してるから、途中で落ち合ってくれ』
「なにかあったの?」
緊張する理央に、類は亡命計画を説明した。島全体を船にするためには、二本の橋を破壊しなければならない。
「よくわかんないけど、とにかく私は橋を破壊すればいいのね」
『はじめを澪に引き渡して、かわりにガウスガンを受け取ってくれ。君にばかり危険なことをやらせて申し訳ないが……』
「いいの。私にしかできないことでしょ」
理央はおおらかに答えた。みんなのために働けることが純粋にうれしかった。
『あと、はじめくんは澪にすぐなつくと思う。澪はね、夢の中で、もうすでにはじめくんと仲良しだったの!』
類は笑いだした。
「澪は自由だなあ。それから、澄人くんが快方に向かっているらしい」
理央は、ああ! と歓喜の声をあげた。
理央は、澄人を実の弟に負けないくらい大切に思っていた。十四歳で特殊な武器を背負わされ、それが自分の存在意義だと信じて働いてきた彼を、理央はずっと痛々しく思っていたのだ。
『遥馬の話だと、橋の破壊に監視者たちもプラスチック爆弾を使用すると言ってくれている。ただ、威力はあまり期待できない。君はすでにわかっていると思うけど、ガウスガン以外、彼らは建造物に威力のあるような武器を装備していないんだ。もともとこの狭い島の中で対プラチナベビーズとの交戦しか想定されていなかったし。このメガフロート自体を破壊しないようにという配慮もあったと思うけど』
遥馬と交渉を終えた類は、すっきりとした力強い声をしていた。なにかがふっきれたようだ。
「じゃ、私が頑張らなくちゃね。類、橋はふたつある。どっちから?」
『破壊に時間がかかると思われるみどり大橋から行きたい。今、武装隊が向かっているらしいから、合流してくれ』
類の声がヘッドセットから流れた。
「了解」
理央は類との通信を切って顔を上げた。
はじめが道路の先をみつめている。急に片手を上げて、ぶんぶんと振り回した。
「ミオだ!」
澪が、えっちらおっちらと、買い物用カートを押してくるのが見える。ホームセンターなどにある大きなカートだ。ミナトタウンで調達したのだろうか。荷台には大きな銃を載せている。
「ミオだ。ほんとにいた。ほんとにいたんだ!」
はじめが、奇跡を見たように目を輝かせた。
「理央ちゃん、ガウスガン、持ってきた」
理央とはじめ、ふたりの前に立った澪が、はじめを見て、いたずらっ子のようににやりと笑った。
「おーい。はじめ、今、腹減ってるだろ。類んちでバームクーヘン食べるぞー」
「おう!」
理央はふたりの様子を見て少しあきれた。まるで小学生だ。一体、夢の中でどんなやりとりをしていたのだろう。
澪はきっと、はじめの保護者ではなく友達になることにしたんだ、と思った。
理央はカートに乗っていたガウスガンを肩に担いだ。因縁の相棒が手元に戻ってきた。
澪は、駆け寄ってきたはじめをひょいっと抱きあげ、さっきまでガウスガンを運んでいたカートに座らせた。
「しゅっぱーつ」
「しんこー」
澪がカートを押していく。はじめの薄茶色の前髪がひるがえり、午後の陽に透ける。半分焦げて穴のあいた服が、海風にそよいでいる。
ふたりが楽しそうに道路を走って行くのを、理央はまぶしげに見送った。
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