第三章 孤独な少年たち9
※ ※ ※
「監視者ヒューミント隊、永友優吾の負傷、死亡を確認しました。現在、プラチナベビーズの葉月一爽、弥生真尋を発見、無事保護しています。宇津木はじめは、島のミナトタウンから北側へ逃走中、追って制圧します」
ラバースーツ姿の少年が、きびきびとヘッドセットのマイクに話している。まだ声変わりしない高い声だ。ガウスガンがすぐそばに立てかけてある。
「永友さんは、弟さんの命を救ったんですよ。契約金は本人死亡でも、遺族に支払われますから」
優吾の死を確認した澄人は、一爽に告げた。
援護として到着したのは、水渓澄人が率いる武装隊六名だった。彼らはワゴン車一台に乗ってきた。優吾は死亡が確認され、すでにジッパー付きの専用袋に入れられて後部座席に収容されている。
仲間の死体を目にしたときの彼らの冷静さと、迷いない手際を見ていると、死傷者が出たときの訓練も欠かさずやってきていたのだろうと想像し、一爽の気持ちは余計に暗くなった。
「僕らだって、感情がないわけじゃないですよ。でも僕らの働きぶりも、トゥエルブファクトリーズの幹部に監視されてるんです」
まだショックが覚めず、地面にへたりこんでいる一爽の横へ澄人が来て弁解した。緊張のせいなのか、血の気の引いた青白い顔をしている。
「俺、まだなんも言ってないけど」
まだ目の赤い一爽が、やや反抗的に澄人を見上げると、澄人も少し苛立った顔で一爽を見つめかえした。
「そういう顔してましたよ。あいつらほんとに人間かよって」
言ってから、ちょっとだけきまり悪そうな顔になった。
「……すみません。ショック受けてる人に、余計なこと言いましたね。僕、つい人の顔、見ちゃうんですよ」
そう言って、すっと一爽の傍から去っていった。
背負っているガウスガンが異様に大きく見える。まだ身長の伸びきらない小柄な背中だ。
人の顔色を見ながら生きてきたと、澄人は打ち明けたのだ。他人が自分に敵意を持っているか、そうでないかを瞬時に見分ける癖がついている、と。
一爽は、少し離れたところから澄人の様子をぼんやりみつめていた。一爽のもとを離れると、小走りに小さな路地に入り、頭を下げるようにして体をかがめる。
ぴしゃっ、と水を撒くような音がした。隠れて嘔吐したようだ。
(お前だって、めちゃめちゃ動揺してるじゃんか……)
十五歳の子が凄惨な遺体を目の当たりにしたのだ。どんなに訓練を積んでいたって、どうにもならないことがある。ひょっとしたら、次は自分かも、という恐怖に襲われたのかもしれない。
半分呆れて、半分は澄人に同情しながら一爽は考えた。
その後、澄人は口元をぬぐうと、何事もなかったような顔をして、仲間に指示を出していた。遥馬の忠実な部下ということでメンバーの中で一番年下ながら、この場をまかせられているようだ。
一爽は、毛布を羽織った真尋のそばへ行った。真尋はこのまま監視者に拘束されることになる。類に助けを求めれば、なにか交渉してくれるかもしれないが、本人が納得しているのだ。
「私が永友くんの遺志を継ぐためには、もう一度研究所に戻って、能力の開発を続けるしかないと思う。青鬼計画は達成できなかったけど、これは私にしかできないことだから」
両手を優吾の血に染めたまま、真尋はそう言ってくれた。
これは、逃亡していたプラチナベビーズ弥生真尋の事実上の投降になるだろう。春待太一の件で事情聴取はされることになるのだろうが。
「それに、太一が生きてるんだったら、私は逃げも隠れもしない。正々堂々、監視者たちに私たちの関係を証言してやるから。恥じることなんかなにもないしね」
真尋は清々しく言いきった。
自分もなにか優吾の気持ちを受け継ぐことができたらいいのに、と一爽は思った。
優吾の倒れていた駐輪場には、もはや血だまりが残っているだけだ。
真尋はワンピースにつけたホルスターをずらして、体との隙間から一台のタブレットを出した。シリコン製のシンプルなカバーがかかっている。
「それは、ひょっとして春待さんの……?」
スカートの裾で一度画面をぬぐったあと、一爽の手に押しつけた。
「これ、君を信じて託しておく。はじめくんの暴走で、プラチナベビーズの立場はずっと悪くなると思う。有効に活用して」
「これを使うと、監視カメラの画像を乱せるんですよね」
澄人のほうを気にしながら、ひそひそと真尋にたずねた。
「うん。この島のある場所に無線カメラの電波に対する妨害電波を出す装置が仕掛けられていて、このタブレットで指示を出せる、が正解だけどね」
「俺でも使いこなせますかね」
一爽が自信なさそうに頭をかくと、「大丈夫、パスワードは君のタブレットに送るから」と、真尋はにっこりと微笑んだ。
澄人が小走りにやってきて、一爽の前に立った。
一瞬、足元がふらついたように見えたが、すぐに不動の姿勢になった。
「葉月一爽さん、できればあなたの身柄もこちらで保護したいんですが……素直にさせてはもらえないんですよね?」
「俺は類のところへ帰る。いいんだよな? 協定違反にはならないんだよな」
「ええ、吉住類の家なら仕方ありませんね。こちらの監視網から逃れることがなければいいんです」
「俺にも発信機があるんだっけ?」
「ええ。マイクロカプセルがあなたの左腕に埋め込んであります」
一爽は、ぎょっとして自分の左腕の内側を撫でた。
「いつの間に?」
「寝てる間に、ですよ」
一爽は心底うんざりした。これが類や澪にも埋め込まれているのだ。
そういえば、類に連絡をしていなかった、と思い出した。この騒動が伝わっていれば、きっと心配しているだろう。
一爽は、真尋と澄人から離れ、タブレットをズボンのポケットから出した。
案の定、類からの着信が残っていた。
「類、ごめん、心配かけたか?」
『ああ、無事なんだな』
類が、ふう、と息を吐くのがきこえた。
「話さなきゃならないことがたくさんあるんだけど……ええとまず、病院に行った。虹太の言っていた例の薬を手に入れたんだ。で、そのあとミナトタウンに行った。そこに宇津木はじめと、優吾と、弥生真尋がいた。で、まあ、いろいろあって……はじめが、青鬼の役をやるって、ひとりで行っちゃったんだ。俺さ、その場にいたくせに、熱くて追えなかった。ただ、あの子の能力は自分を滅ぼす可能性があるって優吾も心配してて……」
そこまで話すと、急にまた頬の奥が痛くなってきた。
「熱くて……はじめを……止められなかった。爆発から、優吾を守ることもできなかった。……なんで、俺の能力は……類みたいにバリアとかじゃないんだろうっ。……俺だって、そういう能力がよかった。大事な人を守れる能力がよかったっ。俺の能力は……なんか、アイスクリームが見えるとかいう、全然使えないクソ能力なんだ!」
自分の無力さが悔しかった。やりどころのない怒りを抱えてタブレットをにぎりしめ、荒い息を吐いた。
『一爽、とにかく君は無事なんだね。ケガはしてる?』
「いや、俺はかすり傷だし、大丈夫」
妨害電波のせいで、類は画像を確認できていないのだろう。
『真尋はなんて?』
「真尋は自分の意思で、監視者の研究施設に戻るって」
『そうか。それで、永友優吾くんは――』
「うん。死んだ。俺の目の前で」
類はしばらく間をとった。
『わかった。今の状況を伝える。弥生真尋は監視者側へ無事投降したが、宇津木はじめの破壊行為により、この島の警戒レベルは5に引き上げられた。今まではレベル4で、島の封鎖および武装隊の銃器携行許可が出ていた。レベル5は警告なしの発砲が認められる。つまり、ここは法治外の戦場になるということだ。危険だから、僕が行くまでそこでじっとしててもらいたいんだけど……』
類の話を聴きながら、一爽は周囲に視線を配った。
路上に真尋の姿はもう見えない。武装隊のワゴン車に乗り込んだようだ。
武装隊の数名が、各自の銃器の確認をしている。傍らには耐火性のポリカーボネイトの盾が用意されていた。
タブレットから、類の話が続いている。
『……このままでは、はじめは優吾を殺したプラチナベビーズとして処分されてしまう。武装隊はやっと戦う口実をみつけてはりきっているだろう。この日のために訓練してきたわけだからね。なんとかして止めてやりたいけど、君はそこにいる澄人と話がつけられそうか?』
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