第二章   絶対の平和主義者6

   ※   ※   ※


 一爽は二段ベッドの上段に滑り込んだ。髪は濡れたままだ。パジャマは類が用意してくれていたものを着ている。

 類は「まだ調べものがあるから」と書斎にこもっていた。男子部屋には一爽ひとりだ。

 寝転がったままタブレットを出し、メッセージを打っていた。

 虹太への連絡だ。

 一爽「無事か? 俺は吉住類の家で過ごしてる。かなり快適」

 しばらくして既読のマークが付き、メッセージが帰ってきた。

 虹太「おう、よかったな。俺は今海浜学園中等部の校舎にいる。今夜は保健室のベッドで寝る」

 海浜学園の中等部は、高校とは少し離れた島の南西側にあった。

 一爽「こんなメッセージ打って、監視者に居場所がバレないのか?」

 虹太「中等部校舎内のカメラの電源は切った。たぶん監視者の連中に俺の居場所はバレてる気がするけど、追手は来ないな。俺なんかにかまってるヒマないんだろう」

 一爽「虹太はどうやって島から脱出する気だ?」

 そう打ってから、つけ足した。

 一爽「もし、このメッセージが監視者に見られて困るようだったら、答えなくてもいいんだ」

 虹太「いや、通話は傍受されてるけど、メッセージやメールの内容を全部リアルタイムに閲覧してチェックするのは不可能だ。問題ないだろう」

 そういうものなのか。一爽にはよくわからなかったが、虹太が大丈夫というならそうなのだろうと思った。

 虹太「俺は、島の海底ケーブルを通って本土まで脱出しようと思ってる」

 一爽「海底ケーブルって電話線? それとも電力ケーブルか?」

 虹太「電力だな。この島の電力は、波を利用した海洋発電と、ゴミ処理施設の熱発電、あとは本土からのケーブルで賄われている。ケーブルを通す海底トンネルは、保守管理のことを考えたら、当然人間が通れる大きさがあるはずだ。そこを通って逃げる」

 一爽「安全なのか?」

 虹太「どうかな。なにか、プラチナベビーズの脱出を防ぐ仕掛けはあるんだろうな。でも、内部資料をハッキングしたとき、それについての情報を見つけられなかったんだ。だから、現場に行ってみないと俺にもわからない。ゴミ処理施設の地下に大型の蓄電器と配電装置があるはずだから、ケーブルもそこにつながっているんだろう」

 一爽は、島の西端にある煙突を思い出した。ゴミ処理施設。虹太はあそこから地下へもぐる気なのか。

 煙突からは、今日も休みなく白い煙が出ていたようだが、おそらくその処理施設も、職員は避難していて今は無人なのだろう。

 それでも、吉住邸にはこうこうと明かりが灯り、電化製品を利用した生活ができている。なるほど、これは本土から送られている電気なんだな、と一爽は納得し、同時にそんな身近な島のインフラにさえロクに興味も持たずに生きていたことを、少しだけ恥じた。

 気を取り直して、虹太に質問を送る。

 一爽「虹太、お前の意見をきかせてくれないか。お前が言ってた『監視者と取引できるアイテム』についてだけど」

 一爽は、昼間あらかじめ用意しておいた文章をコピーペーストした。

 一爽「まず、春待太一のタブレットだけど。ケガをした本人が、搬送されるときに携帯して本土に持ち出していない、しかも、監視者たちが現場でみつけられなかった、とすると、逃亡中の弥生真尋が持っている可能性が高いよな。そのタブレットには、監視カメラの画像を乱す仕掛けがあるって話だった。彼女が監視カメラだらけの狭い島内で身をひそめていられるのは、きっとそのギミックを使っているんだろう」

 虹太「うん、いい推理だ」

 一爽「それから、『リガレスト』という薬。島内の病院が米国にリクエストを出しているってことは、届いているとしたらきっと病院だよな。お前が言ってた特別に強い武器、というのはガウスガンのこと。つまり、感染症のリスクを抱えているのは、ガウスガン射手である狩野理央もしくは水渓澄人のことだ。あの強化モジュールとかいうのと、なにか関係があるんだろう?」

 虹太「そこまでわかってきたか。でもどっちだと思う? 遥馬の血を分けた姉、理央か? それとも忠実な部下、澄人か?」

 一爽「どっちも、じゃないのか?」

 虹太「もちろん両方に可能性はある。でもダントツに可能性が高いのは、じつは澄人だ」

 虹太の得意そうな顔が目に見えるような気がした。

 虹太は一爽に情報をくれるとき、やたらと楽しそうでイキイキしている。本当は作家じゃなくて、スクープをあげる報道記者のほうが向いているんじゃないかと一爽は思う。

 一爽「どうして?」

 虹太「強化モジュールとの適応率が高いのは女子、理央のほうだ。俺は病院のカルテ情報を盗み見ただけだから、詳しい理屈はわかんないけど、自分とは違う生体を受け入れるわけだから、やっぱ女性のほうが有利なんじゃないか? ほら、女性は子供を宿すようにできてるわけだし」

 虹太から連続で怒涛のメッセージが届いた。

 虹太「男子の澄人は適応率が悪いから、拒絶反応を抑えるために、つねに免疫抑制剤を使用しなくてはならない。免疫が低い状態が続くから、感染症予防のために同時に数種類の抗生物質を使用する。この状態を、あの子は訓練のときからずっと続けているんだ。

 いつか、澄人が飲んでいる抗生物質がきかない突然変異の細菌が誕生する。もともと備わっている免疫は抑制剤のせいで働かない。そして対抗する他の細菌は、抗生物質のせいでほとんど体内に存在しない。澄人はなす術も無く、早ければ数時間で瀕死の状態になる」

 一爽の心に、パソコンの画面が思い出された。画面の中、遥馬の後ろにいた少年の姿だ。まだ筋肉の付ききらない細い体をした、幼い面差しの中学生だった。

 一爽「残酷だな」

 あの特殊な武器を扱うために、彼は命を危険にさらしている。

 一爽「類にこのアイテムの話、してもいいか?」

 虹太「俺の許可はいらないだろ。お前の判断にまかせるよ」

 一爽「わかった」

 虹太「吉住類は、もう弥生真尋と連絡はついてんのか?」

 一爽「いや、行方はわからないままだ。そういや。お前、監視者クビになったんだよな。今でも監視者の情報にアクセスできるのか?」

 虹太「当然。こんなこともあろうかと、管理者用のIDとパスワードを複数入手してるからな。そういうの割り出すツールが落ちてるんだよ。ネットの深いところにさ」

 一爽は素直に感心するのと同時に、よりによって虹太をシギント隊に配置してしまったのは、管理官たちの手落ちだな、と思った。

 類の言った通り、彼らは、自分たちが使っている子供がいずれ自分たちに牙を剥くとは、まったく想定していないようだ。

 虹太「じつはさっき、監視者の熱センサーに反応があった。ショッピングセンターの二階、エスカレーター脇の自動販売機のある休憩所だ」

 一爽「それは、真尋なのか」

 虹太「確認できる映像は届いていない。ショッピングセンター周辺に、無線カメラからの通信を阻害する妨害電波が出ているようだ。熱反応だとすると、真尋ではなく、宇津木はじめの可能性がある」

 一爽「はじめは熱を作るのか」

 虹太「ああ。でもそうすると不可解だ。監視カメラの妨害電波。あれは春待が、真尋を逃がしたときに使ったギミックだと俺は思ってるんだけど」

 一爽「はじめと真尋が、ショッピングセンター付近で一緒に行動してる可能性が高いってこと?」

 虹太「ふたりはプラチナベビーズ同士だし、ありえる話だな」

 さっきのやりとりの中で遥馬は、「宇津木はじめと面識のある監視者を保護に向かわせている」と話していた。画像では状況がわからないので、人を送って確認している最中ということなのだろうか。

 一爽「最新情報をありがとう。また連絡する。脱出の成功を祈ってるよ」

 虹太「うん。やるよ。俺が成功したら、同じルートでお前も脱出できるしな」

 そのままやりとりを終わりにしようとして、一爽は最後に素朴な疑問を送ってみた。

 一爽「実際のとこ、虹太は俺になにをさせようとしてんの? こんなにあれこれ情報を与えて、まるで俺を動かしたがってるみたいだ」

 虹太からの返答はしばらく来なかった。待っているうちに寝落ちそうになって、タブレットを顔の上に落としたとき、やっと返信が来ているのに気がついた。

 虹太「俺は、たぶん、優吾とお前が和解するところが見たいんだ。監視者とプラチナベビーズ。他人の都合で対立構造をつくられてしまったお前らが、どうやって、絆を取り戻すのか、それを見届けたい。それに、お前は俺が作家になりたいと言ったとき、笑わなかった。俺の話を真面目にきいてくれた。お前にはわからないかもしれないけど、今までは、笑われたり、からかわれるのが当たり前だったから。だから、俺もお前の夢を笑ったりしない。頑張れ、一爽」

 頑張れ、か。ストレートな励ましの言葉だ。なんだか虹太らしくない。きっとこの照れ臭い言葉を、一爽に送るべきかどうか、長いこと悩んでいたのだろう。

 サンキューな、と一爽は心の中でつぶやいた。

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