第三章   孤独な少年たち11

「君のことは理央からきいた。君はずっと誰にも顧みてもらえず、つらい生活をしていたって。理央がプリンを買ってやったら、美味しいって泣いてたって。なあ、はじめだって同じだ。ついさっきまでひとりぼっちだったんだ。眠ってばっかりで、友達も作れず、学校にも行けず、これからどうやって生きていけばいいのかもわからない。君たち監視者だって、はじめの境遇を知っているんだろう? そんな子を、君は撃てるのか? 孤独のつらさを一番知っている君が、殺すのか?」

「だって、そういう世の中じゃないですか!」

 澄人が恨みをこめて叫ぶ。歩み寄ろうとする一爽を恨めしそうにみつめる。

「吉住類も、あなたも育ちがいいんですよ。命に価値がある、なんて無邪気に信じられるのは、誰かにちゃんと愛されて育った人だけ。そういう人だけの特権なんですよ!」

 いや、それは違う、と一爽は、考えていた。

 澄人の命にもちゃんと価値はある。誰にも愛されなくても、澄人はここまで生き抜いてきた、その苦しみに意味がないなんてことがあるだろうか。

 意味はある。価値はある。ただ、今はそれが誰かによって証明されていないだけ。他人の行為によって認めてもらえていないだけだ。

「僕は取引には応じません。あなたや類の言うことはききません。このまま、見殺しにしてください。契約金、もしくは吉住類の父親が用意する十一億四千万円。そのどちらかを手にするまで、僕はここを引けません」

 一爽は髪を掻きむしりたくなった。それじゃ、犬死だろう。死んだあとで金なんてもらっても意味ないじゃないか。

 優吾と真尋が血まみれの手をとりあったあの場面が一爽の心によみがえる。

 優吾も監視者だった。弟のため、金のためにここでプラチナベビーズと戦おうとしていたが、土壇場で違う道を選んだ。命がけで真尋を守ったのだ。これから移植を必要とする、たくさんの患者たちのために、希望をつなごうとしたのだ。優吾は勇敢だった。

 彼は死んだ。しかし彼の優しさはまだ滅びていない。その記憶は、一爽の中で今もあたたかく熱を放っている。自分が優吾からなにかを受け継げるとすれば、きっとその優しさだ。

(生きろ、澄人)

 死にゆこうとする十五歳の少年に、心の中で呼びかけた。

(お前は自由だ。自由だったはずだ)

 監視者となって、ここで過ごす生活は楽しかったろう。最初は理央に買ってもらったという購買のプリンだって、きっと自分の小遣いで買えるようになったのだろう。休憩時間に、一緒に食べる仲間だってできたのだろう。

(だから、笑ってまたプリンを食べてろよ。そうすればいい。お前が幸せを願う権利を、誰も奪ったりしない)

「類、悪い。俺が全部責任負うから」

『一爽、どうしたんだ、一爽――』

 胸のタブレットの通信を切った。

 リュックをおろしてジッパーを開け、中身を地面にぶちまけた。大型拳銃が転がり出て、一瞬澄人が身構える。英文の書かれた薬袋がその傍らにぽとりと落ちると、澄人の目が釘付けになった。

「きいてくれ。――俺は今からしくじるんだ。ここで転んで、五秒間お前を見失う」

「なに、なんですか急に」

 話しながら、地面に膝をつき、両手を上げた。まさに昨日の優吾のように。

「これは取引じゃなない。ただの俺のミスなんだ。お前はどんな条件も背負わなくていい」

「そんなこと言って、僕が信じると思ってるんですか」

 まだ戸惑った顔をしている澄人に、喝を入れるように声を張った。

「死ぬなんて言うな。お前は逆境を生き抜いた誰より強い子だ。そのことを理央と俺が知っている。お前の命に、絶対に価値はある」

 澄人がぎゅっと目を閉じた。瞑目したまま初夏の空を仰ぐ。

「澄人、生まれついた境遇から自由になれ。自分で生きることを選べ!」

 一爽は祈りをこめて地面に突っ伏した。

 五……四……三……。

 少しだけ逡巡していた澄人が、素早く走り寄る気配があった。地面から薬を拾いあげ、走り去る。

 顔を伏せたまま、一爽は安堵していた。

 二……一……ゼロ。

 一爽が顔を起こすと、少し先で、がしゃん、と大きな音がした。

 袋をつかんで走り出した澄人が、突然倒れたのだ。投げ出されたガウスガンが地面で跳ねる。

 澄人は必死で立ちあがろうとするが、足に力が入らず再び地面に崩れてしまった。

 一爽は走り寄ろうとした。すると、それより早く物陰から、武装隊のひとりが飛び出してきた。高校生の男子のようだ。屈強な体格だった。澄人をやすやすと背負いあげた。

「そいつ、命がやばいんだ。その薬飲ませてやってくれ」

 一爽が言うと、落ち着いた声で答えた。

「わかってる」

 ここでの会話の音声も、仲間内で共有されていたのかもしれない。

「水渓澄人、活動限界です。水渓班、一時撤退します」

 武装隊の少年は、ヘッドセットのマイクに告げた。

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