第四章 沈まぬ太陽6
※ ※ ※
一爽は時計を見上げた。午後二時を過ぎた。
理央からの連絡はない。
澪はリビングのソファに座って、静かに目を閉じている。瞑想でもしているようだ。
類はあれから自分の書斎に閉じこもっている。そろそろ小一時間ほどたつだろうか。
エレベーターの扉が開く音がした。
一爽は少し緊張して類の登場を待った。類が車椅子のハンドリムをころがしながら、ダイニングのテーブルにやってくる。
「よし、作戦会議をはじめよう」
類が、自分膝の上からタブレットをテーブルに置いた。春待のタブレットだ。
「まず、これの中身を解析してみた。監視者が設置しているこの島の監視カメラは、地上テレビ波を使って画像データを送ってるんだけど、たしかに、それと近い周波数の電波を発して攪乱するしかけがあるようだ。携帯電話の電波を使用した画像通信には影響を及ぼさないが、固定の監視カメラから送られている画像が受信できなくなるっていうしくみだ」
「島中心の展望台か? やっぱり、あれがテレビ塔みたいな役割を果たしてたってことか」
類は首肯した。
「春待は隊長である自分の権限を利用して、そこになにか装置を仕込んだんだろう」
「すごい時間と手間をかけてんな」
感心したように一爽が言うと、類はしみじみとつぶやいた。
「愛だね。もともとは真尋を逃がすためだったんだろう。これをうまく使えば、この島で起きていることを、トゥエルブファクトリーズ幹部の画像データに残らないよう細工することができると思う」
それから類は自分のパソコンを開いた。
「それから、芝虹太の送ってきた装置の画像についてだけど、その前にまず、虹太が一爽に送ってくれたこの島の設計図を確認したい。監視者の内部資料だ」
類は島の設計図を表示した。
「僕はこれを見て、すぐに違和感を覚えた。島の沖三十メートル四方にはりめぐらされているという、この消波ネットだ」
類は図を拡大し、島をとりかこんでいる線を指さした。
「この島の電力は海洋発電、ごみ焼却による熱発電、あとは海底ケーブルによって本土から供給されている、と僕たちに説明されていた。しかし――」
一爽はうなずく。
「周辺の波を消したら、波の力で行う海洋発電は不可能だよな」
「そういうことだ。この設計図は、島の建造を請け負った神田造船の設計者、神田奈月からトゥエルブファクトリーズの幹部へ送られた設計図だ。ただし、この設計図にはこの島の実際の構造とかみ合わない部分がある。なぜか? それはプラチナベビーズのために用意した仕掛けを、トゥエルブファクトリーズ幹部に秘密にしておくためだった、と僕は考える」
類はマウスを操作し、図の海底ケーブルの部分にバツを描いた。
「監視者側に渡された設計図は、わざと違った情報を載せていたんだ。そこにだまされてしまった芝くんは残念ながら今、地下で動けなくなっているわけだけど、彼のおかげでこうして僕らには情報がもたらされた」
一爽は、顔を両手で覆って天井を仰いだ。虹太は今どうしているだろう。
「これがどういうことなのか、僕は本土にいる父に確認をとってもらった。このメガフロートを設計した神田造船。その女性社長にして設計者、神田奈月本人と連絡がとれたんだ」
類はパソコンを操作し、今度は画面に大きな装置の画像を映し出した。虹太の送ってきた動画の一部を切り取ったものだ。二階建てのアパートほどの大きさがある例の装置だ。
「そして彼女と通話できたおかげで、虹太くんが撮ってきたこの装置の謎が解けた」
一爽はごくりと唾を飲みこんだ。
「類、これは?」
「これは、エンジンだ」
類は少し間をとってから告げた。
「この島が自力航行するための大型ディーゼルエンジンだ。バラストタンクの一部が、海水タンクではなく燃料タンクとして機能するようになっていたんだ」
そして類はパソコンの画面に視線を移した。
「神田さんは、プラチナベビーズの支援者だった。僕らの境遇に、理解と同情を寄せてくれる人だった。プラチナベビーズの行動観察実験にも共同出資してくれていた。ところが大型出資者トゥエルブファクトリーズが、巨額の出資金とひきかえに、この実験の運営権を一手に掌握してしまった。神田さんはそのことを危惧する一人でもあったわけだ。それで彼女はトゥエルブファクトリーズの幹部に知らせずに、この島にある仕掛けをしこんでおくことにした。有事の際、これがプラチナベビーズの命綱になるかもしれない、と考えて。
施工完了したメガフロートがトゥエルブファクトリーズにひき渡されたあとも、浮体そのもののメンテナンスはひき続き神田造船の技術者に委託されていたから、今まで発覚することなく秘密は守られてきた」
「エンジンがあることが、どうして俺たちの命綱になるんだ? 海を航行できるってことか?」
一爽はじれったくなって類にたずねた。
「よくきいてくれた。でも大事なのは、海上航行することじゃないんだ。このメガフロートを『島』ではなく『船』にすることが重要なんだ」
「船にする?」
一爽は類の言葉をオウム返しにした。
「そう。船にする。そしてこの国のものじゃなくするんだ。便宜置籍船、という言葉を知ってるかな?」
「べんぎちせきせん?」
「そう。税制などの優遇を期待して、わざと外国に船籍を申請したりすることだよ」
類はきらりと瞳を光らせた。
「この島を外国船籍の船にするとどうなる?」
一爽にはまだ関連がつかめない。
「難民申請ができる。僕らプラチナベビーズにはまだちゃんとした戸籍がない。まだ人間として認められてないからね。パスポート無しで他国へ逃れる方法は、難民申請しかない」
「外国へ? そんなことできるのか」
一爽は半信半疑で類をみつめる。
「多少の障害はあるかもしれないけどね。僕の父は国際弁護士だから、すでに各方面に準備と根回しを進めている。船籍はパルマ共和国で申請しようと思っている。便宜置籍先としてすごく人気のある国だ。この国は税金が安くて、なにより手続きが簡単だからね。
すでに父は僕を船主としてペーパーカンパニーの設立を申請してあるそうだ。あとパルマの海技免状のある乗組員が必要なんだけど、それも神田造船の神田社長がひき受けてくれることになった。このフロートに遠隔操作可能な設備があることと、神田さんが日本の海技免状を所有していることを申請すれば、パルマでは通るそうだ。
この島が外国籍の船になった場合、公海すなわち日本の領海十二海里を超えて航行すれば、『旗国主義』が採用されてこの船内はパルマの国法が適用されるようになる。そこで難民申請が通れば、パルマは軍隊を持っていないが、屈強な武装警察を持っているから、武装ヘリで保護してもらえるはずだ。
この国とパルマ共和国の間には犯人等引渡条約は締結されていない。万が一、僕らの身柄について法的に引き渡しを求められても、応じることはないんだ」
まだ話についていけず、ぽかんとしている一爽の顔を見て、類は鼓舞するように笑いかけた。
「あとは、僕らが力を合わせてこの島を船に変えることだ。もうひとつ。この計画は本来プラチナベビーズのための逃げ道だった。でも、それを今、監視者のみんなとわかちあいたいと思っている。彼らも一緒に生き延びるんだ」
一爽の心に光が差した。
この騒動が始まってはじめて、希望らしいものをみつけた気がした。
類が微笑む。
「命に変えられるものはない。ここに残った全員、無事に脱出するぞ」
「でもそれは、結局、あいつらに契約金をあきらめさせることになるんじゃないのか」
澄人の、血の涙を流す決死の形相が、一爽の心に突き刺さっている。
「一爽、虹太が言っていた契約金の条件を思い出せ。本人死亡や行方不明でもいいんだ。監視者は全員ここで僕らと戦って死ぬんだ。そしてあかの他人に生まれ変わって新しい国籍を得るんだ。ただそれを、トゥエルブファクトリーズの監視データ上でごまかす仕掛けさえできればいいんだ」
類は、春待のタブレットを指先で叩いた。その仕掛けはもうここにある、と言いたげに。
がたっと椅子の音をたてて一爽は立ちあがった。
「それじゃ、優吾はちゃんと弟を救えるんだな」
「うん、うまくいけば」
「僕らが人間として生きる権利。国籍。人権。それから監視者の生徒たちの命と生活費。進学費用。全部手に入れよう。この地球上で、自由に生きられる場所を探し出すんだ」
一爽は拳を振りあげた。
「やってやろうぜ! プラチナベビーズの人権、そして監視者達の契約金。全部むしりとってやるからな!」
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