第四章   沈まぬ太陽7

「この計画を実行するには、監視者側の協力がいる。そのために君の能力を使ってほしい」

 類の熱を帯びた口調に、拳をおろした一爽は困惑した。

「え、俺の? ……こんな能力、本当に役に立つのか?」

 まだ半信半疑の一爽に、類は自信たっぷりに笑いかけた。

「君の能力はたぶん『手で触れた相手が本当に望んでいるものを、本人にだけ具現化して見せてくれる能力』だと思う。僕はこれを『沈まぬ太陽』と名付けたい」

 沈まぬ太陽。一爽は口の中で繰り返してみた。

「優吾にはパフェグラスが見えたんでしょ。そう言ってたんでしょ」

 澪の声だ。一爽は驚いてソファのほうを振り返った。

 いつの間にか澪は目を開けていた。類の話をきいていたようだ。

「え、なんで、それを……」

 不思議そうな顔をする一爽に、澪は訳知り顔で語りだす。

「じゃんけんパフェのグラス。優吾はそれを見ると、思い出すんでしょ。自分の欲しいものは、お金なんかじゃないって。誰とも戦わずに、家族が仲良しだった頃の家に帰りたかったんだって。……優吾が本当に望んだのは、親友を騙してまで手に入れる三千万円じゃない。家族とまた笑いながら平凡に暮らすこと。それが本当の願望だった」

 でしょ? と澪は厚い前髪の下から、一爽をみつめた。

「優吾は一爽の能力のおかげで、最後に大事なことを見失わなかった。全てを捨てて自分の希望を、誰かの未来に託した。『沈まぬ太陽』、私もいい名前だと思うよ」

 澪は目を細めて微笑む。それは、不思議な神々しさをもった笑みだった。幼子を見守る地蔵や観音像のような。丸い童顔ながら慈愛に満ちた笑みだった。

「君がみんなを明るく照らすんだ、一爽。監視者たちに希望を与えてくれ」

 類の声が背中を叩く。

 照らす。本当にそんなことができるだろうか。

 一爽は自分の両手をみつめた。そして目を閉じる。

(俺が、与える)

 ただ与えてもらうのを待っているだけじゃない。

 与えられた運命を嘆くばかりじゃない。

 自分で行動してなにかを変えなければ。

 一爽は一度砕け散った自尊心の欠片をかき集めて、自分を奮い立たせた。

 決心して目を開く。

「類の考えた作戦を教えてくれ、やってみる」

 まだ自信はない。それでもやるしかない。


   ※   ※   ※


 午後二時過ぎ、類は自分のほうから遥馬に連絡した。

『そろそろ刻限だからな、こちらからも通信をするつもりだった』

 遥馬は相変わらず感情を見せない仏頂面だ。場所は監視者の施設内のようだ。

「遥馬、澄人くんの具合はどうだ? 本土へ運ばなくて大丈夫なのか?」

 類の言葉に、遥馬の瞳が翳った。眉間に深いしわが刻まれる。

『……本土へは行きたくない、と本人が言うんだ。みんながいるここで死にたい、と。今は少し、回復の兆しが見えてきた』

「そうか、薬がきいてきたのかな」

 嬉しそうな類の声に、遥馬は至極嫌そうにしながらも、かすかに首肯した。

 類の後ろで話をきいていた一爽は、胸に硬くしこっていた気がかりがひとつ、溶解していくように感じた。

「遥馬、このあとの話をするのに、こちらの保守回線を使わせてくれないか。こちらからの最後の交渉だ。トゥエルブファクトリーズの幹部を遮断したところで話をしたい」

 遥馬は片眉を上げた。

『プラチナベビーズサイドに、保守回線があるのか?』

「僕の父を誰だと思ってるんだ。この計画の元大ボスだぞ。まあ、金の力でトゥエルブファクトリーズに乗っ取られてしまったけどね」

 類はちゃかすように言ってから、手元にあるタブレットを画面に映るように持ちあげた。

 遥馬の顔が一瞬でこわばった。おそらく、監視者たちも血眼で探していたものだろう。

『お前、それは』

「ここに春待太一のタブレットがある。これを君たちに返したい。保守回線を利用するためのアプリケーションは、その春待のタブレットの中に入れておく。その通信用アプリを立ちあげて指示に従ってくれ」

 遥馬はすぐにうなずいた。

『了解した。では交渉の続きは保守回線で』

「このタブレットを、今から一爽が監視者の施設に渡しにいく。リーダーである君が、彼から直接受け取ってほしい。一爽は澄人くんに薬をあげた張本人なんだから、礼くらい言ってくれるんだろう?」

 遥馬は画面越しに、類の奥にいる一爽をちらりと見た。猜疑心の強い切れ長の目が一爽を射すくめる。

『わかった。葉月一爽、会えるのを楽しみにしている』

 ひんやりした声とともに画面は暗黒に戻った。


   ※   ※   ※

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