エピローグ
極秘扱
経済水域における未確認巨大浮体航行について
20XX年5月10日午後3時54分横須賀○地区にて海岸線から約400メートルのところに謎の浮体を確認。直径約4キロメートルの楕円形の浮体は、沖へ向かい航行。
無線に応答なし。
海上自衛隊○○支部より小型船を派遣。スピーカーによる警告。
同日午後4時05分中心に位置する高層建造物から砲撃。光学兵器か? 詳細不明。
浮体の南西部分に直撃。損傷あり。浮体は大きく傾くも航行を続行。
※浮体について詳細情報入電※
有限会社 吉住運輸所有
取締役社長 吉住耕一
船名 ライジング・サン 神田造船製作
船籍 パルマ共和国
船長 吉住類(住民票および戸籍謄本確認できず)
船長代理 葉月一爽(住民票および戸籍謄本確認できず)
海技免状保有者 神田奈月
領海十二海里外にパルマ共和国の軍事警察所有の輸送用ヘリコプターを数台確認。これに対し、航空自衛隊より小型機2機スクランブル発進。警告。
外務省筋より、浮体の乗船員四十四名がパルマ共和国に難民申請を行い受理された旨通告。委細不明。
浮体について(有)吉住運輸に対して(株)トゥエルブファクトリーズが引渡しを要求。受理、後日公海上にて引き渡された模様。
(株)トゥエルブファクトリーズの報告と遺族の訴えにより、浮体内で邦人四十五名が死亡もしくは行方不明とのこと。(株)トゥエルブファクトリーズは警察の介入を拒否。政府側からの特例措置によって警察は介入を断念。遺族側は、(株)トゥエルブファクトリーズの契約金の支払いによりこれに同意する模様。
以上
※ ※ ※
「重傷ではありますが、今のところ命には別状ありません」
理央は医師が表示した翻訳アプリケーションの文字をながめた。
病室にはバイタルモニターの音が定期的に時を刻み、酸素吸入器の音がしていた。理央は点滴台を見た。今日は点滴が一本減っている。いい兆候だ。
「ただ、左腕機能の再生は難しいかもしれませんね。しかし悲観することはありません。あなたの義手、義足に使われている技術には、我々も大変興味があります。将来これを実用化することができれば、彼も生活に支障はなくなるでしょう」
「意識はいつ戻りますか」
理央は自分の言葉を翻訳させて医師に液晶画面を見せた。浅黒い肌をした異国の医師は、白い歯を見せてキーボードを打つ。
「脳圧検査の数値に問題がなければ、近いうちに眠らせるお薬はやめましょう。リハビリに取り組んでもらうことになりますが、お姉さんが傍にいらしてくれるなら、支えになってくれるでしょうし」
「I see.」
理央は嬉しげに何度もうなずいた。そして指先でベッドに眠る弟の頬に触れた。
※ ※ ※
目を開けると、白い天井だった。
類はそっと首を起こす。首も肩も長いこと同じ姿勢でいたためか、固まってしまったように上手く動かない。むりやり首を起こすと、ぎしぎしと痛んだ。
柔らかなベッドの上にいた。
毛布の上に出た自分の右手を、澪が抱えていた。左腕は一爽が。ふたりともしっかりとつかんだまま白い木綿のカバーのかかった毛布につっぷして眠っていた。
「終わったのか」
口に出して言ってみた。
右手を握っていた澪が、目をこすりながら顔をあげた。
「おかえり、類」
まだ眠そうな顔をしていた。
「ああ」
もぞり、と一爽が肉厚の上半身を持ちあげた。
「ん。ああ。類、意識戻ったか」
「うん。ふたりをかなり待たせたのかな?」
つとめてなんでもないことのように言った。
「いいや。まだたっぷり寝てていいぜ。俺、立派に船長代行やったからな」
一爽は誇らしげに言って、自分の胸を叩いた。
「ああ。僕も信じてた」
そういう類の瞳から、ぽたりと安堵の涙がこぼれおちた。
帰ってこられた。その事実だけで胸がいっぱいで、何も考えられなくなっていた。
(おかしいな。僕は頭脳派を自負してたのに)
「類、部屋の外でお父さんが待ってるから、呼んでくる。澪が類の心を呼びもどすのを、外でずっと待ってたんだ」
一爽が扉の向こうに消えて、やがて入ってきたのは上等なスーツ姿の五十代の男性だった。
懐かしい父親の姿だった。顔は心労のためかひどくやつれている。その後ろには同じく五十代くらいの女性の姿。神田奈月社長の姿もあった。
父の顔を見ただけで、類は頭の中がじーんとしびれたようになって、何も考えられなくなった。新しい涙がこみあげてくる。
「類、おかえり」
「父さん」
それだけ言うのがやっとで、あとはただ涙を落とした。吉住耕一はさっきまで一爽がいたベッドサイドにかがみこんだ。
澪と神田社長、そして戻ってきた一爽に暖かく見守られ、父子はかたく抱き合った。
了
引用文献・宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
GIVER 沢村基 @MotoiSawa
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