第一章   実験庭園へようこそ4

「ええと、芝だっけ? お前はどうして監視者になったの」

 虹太は一瞬無表情になり、すぐ、ぎょっとした顔になった。

「え、なに……なに、お前、俺に個人的な興味とかあんの?」

 若干、引き気味の顔で、一爽を見る。

「興味っていうかさー、俺らヒマじゃん?」

 一爽が前を見ながら言うと、虹太はラフな態度になって、ソファの上に片膝を引きあげた。雑談に応じる気になったようだ。

「俺はさ、作家になりたかったから」

「作家?」

「そう。だからこういうの体験してみたら、将来なんか面白いこと書けるかなあって思ってさ。それに、金も必要だったし。作家なんて売れるようになるまでは生活大変だろ。多少危険があっても一発大きな金稼いでおけば、安心して創作にうちこめるって思ったから」

 一爽は、口調は軽薄なくせに、どこか陰気な虹太の様子をみつめた。髪の毛は伸び放題で、外見にかまっている様子はない。教室の隅っこで、ひとり読書に没頭している様子が目に見えるようだった。

「で、監視者をクビになったっていうのは、自分からやめたっていうことなのか?」

「いいや、クビだ。シギント隊の立場を利用してあちこちのカメラの映像盗み見たり、パスワード解除して監視者サイドの機密データを調べたり、好奇心にまかせてやりたい放題やってたのが、管理官にバレちゃったからな。まあ、俺なりに、プラチナベビーズ弥生真尋の行方も調べてたんだけどさー。あいつらにとっては、監視者内部の規律を守る事のほうが大切らしい。武装隊の連中なんて融通きかないし、考え方が軍隊式だもんなあ」

 スタンドプレーに走りすぎた結果、監視者内の和を乱す危険分子とみなされたようだ。

 一爽は泳がせていた視線を、虹太の顔に戻した。

「お前は、なにを調べてたんだ? さっきから、なんていうか、芝はこの実験をすごく俯瞰してるって感じがする。もっとなにか知ってるんだろ?」

 ふーん、お前もただのバカじゃなさそうだな、と虹太はうれしそうに笑った。

「だってさ、おかしななことだらけだろ? お前さ、いくら行動観察実験とかいっても、規模がおかしいだろ。島ひとつ作って、その上に学校や病院建てたんだぞ。すごい費用が掛かってる。そんな莫大な金がどっからわいてくると思う?」

 一爽は首をひねった。

「プラチナベビーズの家族とか、支援者とかにすごい金持ちがいる、とか」

「半分当たりだ」

 虹太はうなずいた。

「この実験は、国際弁護士、吉住耕一が、プラチナベビーズである息子の人権を確保するために日本政府に提案した実験だ。

 プラチナベビーズを人間と認定するかどうか、日本政府は判断を留保した。それを受けて、吉住耕一はプラチナベビーズの人権擁護団体をたちあげた。プラチナベビーズの行動観察実験を行い、彼らが他の人間と変わらないことを証明しようと試みたんだ。

 おそらく吉住耕一は、実験動物のように研究室に囚われている息子が可哀想で仕方なかったんだろうな。他の子供たちと同じように、教育を受ける権利と自由な人生を与えたかったんだろう」

「その吉住っていう人が、すげえ金持ちで、この島を作ったってこと?」

「ああ。だが、さすがに彼だけでは資金が足りない。プラチナベビーズの人権擁護団体は、他の賛同者やスポンサーを募ってこの計画を進めていった。そこで……どういうツテがあったのかはわからないけど、大口のスポンサーとしてトゥエルブファクトリーズが名乗りをあげた」

 聞き慣れない名前に、一爽は首をひねった。

「トゥエルブファクトリーズ?」

「会社名だよ。この島のどっかで見なかったか? こう、丸の中に照準を意味するバツ印のロゴマーク」

 虹太は人差し指と親指で丸をつくって、反対の手でバツを描いた。

 そういえば、優吾と話していたときにやってきた女子生徒が持っていたマシンガンの銃身にそのロゴが入っていた気がする。

「見たかも」

「どこについてた?」

「ええと、武装隊の子が持ってたヤバそうな銃に」

「トゥエルブファクトリーズの主要な製品ラインナップには、銃器や武器がある。軍用品だ」

 ふーむ、と一爽もうなった。

「つまり、軍用品の業者がスポンサーになっていて、武装隊の子が持つ銃を供給してるってことか」

 虹太は軽く肯うと、説明を続けた。

「トゥエルブファクトリーズは、もともとは某国の鉄鋼、機械工業の十二社の工場が連合して作った会社らしいけど、今や世界的規模の多国籍企業に成長している。彼らがこの実験に資金援助してこの島が作られた。

 一般の生徒は、ここに住んで実験に参加するかわりに、学費にいくらか援助を得られる仕組みになっている。そういった契約情報は保護者だけに知らされていて、高校生以下の子供たちは、学校でプラチナベビーズに直に接触する可能性があるから、この実験についての情報を与えるのは禁止されている。だから、たぶん、ここへ進学すれば奨学金がもらえるとか、言いくるめられてるんだろう。

 で、さっきの避難勧告。あれは、プラチナベビーズがなんらかの方法で逃亡、もしくは一般市民に対する侵略を行った場合、制圧のため一時的に一般の生徒をこの島から非難させるための、嘘の『津波情報』ってこと」

「つまりこの島では、プラチナベビーズとその監視者と、なんにも知らない一般人とが入り混じって学校生活していたってことか」

 一爽にも、ようやく自分たちのいた島の背景が見えてきた。

「で、俺たちが戦うと、監視者の子がお金をもらえるっていうのは、どういうしくみだよ」

 虹太は少し失望したような顔をした。

「まだカラクリわかんねーか?」

 すぐに気をとりなおし、出来の悪い生徒に対する教師のような態度で、人差し指と中指を立て、話し出した。

「ここで行われている『実験』は実はふたつある。ひとつは、プラチナベビーズの行動観察実験。これはプラチナベビーズの人権擁護団体が最初に行おうとしていた実験だ。

 もうひとつは、軍需企業による、対プラチナベビーズ用兵器の実戦データをとる実験だ。この島にはまだ実用化されてないプロトタイプの武器も持ち込まれてる。それらの実戦データが欲しいんだろう。シギント隊がスキャンしてるのは、プラチナベビーズの行動だけじゃない。この島には監視ビデオのほかにも熱探知、赤外線、放射線センサーが張りめぐらされていて、いつでも戦闘の記録を撮れるようになってる」

「戦闘のデータってそんな金になるの?」

「この国以外にも、プラチナベビーズの能力を恐れている国はたくさんある。有効な武器があれば、そういった国が、警察や軍に配備するだろう。これこそが、トゥエルブファクトリーズがこの実験に莫大な投資をした目的だと俺は思う。『プラチナベビーズの制圧』という大義名分のもとに、金で集めた少年兵たちを戦わせて、新しく開発した兵器を製品化するデータを録る。そのための、大掛かりな実験島だ」

 虹太は熱っぽく語り、訴える目で一爽を射抜く。

「いいか、本当の問題はこのあとだと俺は思っている。この実験のあと起きるのは――本物の戦争だ。考えてもみろよ。この人工島を建設した時点で数千億は投資されているんだ。奴らはその金を回収するあてがあるってことなんだ。投資をして新兵器を開発したものの、大して売れなかった、ではすまない。需要は作りだされる。未来の戦場が生みだされることになる。多くの先進国で経済成長が停滞している今、『戦争』は軍需産業が、各国の予算から莫大な軍事費を回収できる大きなビジネスチャンスだ」

「戦争? まさか」と笑い出した一爽を、虹太は冷たい視線で黙らせた。

「トゥエルブファクトリーズの後ろには、国家予算並みの金を動かせる投資家がごろごろいるんだ。奴らにとって、もともと紛争の火種を持ってる国々に、油をまいて火をつけることくらいたやすいんだよ。ここでの実験が成功すれば、次は本物の戦争が起きるだろう。たかが、数千万の金に目がくらんで右往左往してるような俺たちが、たちうちできるような相手じゃねーよ。でも、たったひとつ、俺らが抵抗できるとしたら、それはこの実験を失敗させることなんだ」

 一爽は黙っていた。虹太の言っていることは本当だろうか。

 未来の戦争。本当にそれが、この島の現況とつながっているのだろうか。今日は突飛な話に驚いてばかりだ。

 しかしさすがの一爽も、この虹太の話は、現実からかなり飛躍がある気がしていた。これが作家志望の想像力、いや妄想力というものか。オタクっぽい雰囲気の虹太を感心してみつめる。

 そんな一爽の気持ちを知ってか知らずか、虹太はふーっと大きく息を吐いて、伸びをした。

「俺は、せめてこの事実を、心ある誰かに伝えたい、ここでこんなヤバい実験が行われていることを世間に暴露したい。そう思って行動してきた。けどまあ、今の俺は無力だ。こうしてクビになっちまったし、拘束されてタブレットも取りあげられたしな。もう情報を集めることも、発信することもできなくなっちまった」

 笑うしかねーなあ、と虹太はソファの背に身を投げるようにして寄りかかった。

 一爽はそんな虹太の様子を見て、ぽつりともらした。

「お前はさ……そう思うなら、書くべきだろ」

 弱々しく笑っていた虹太の顔の中で、瞳だけが、ひた、と見開かれた。

「本気でそう思うなら、自分の考えをみんなに伝えるべきだろ。それがお前のやりたかったことなんだろ。捕まってあきらめてる場合じゃない。ここを出て、原稿を書かなきゃ、だろ」

 虹太の表情が、徐々に引き締まり、使命感らしき意思がうかびあがってきた。

 背もたれから上半身を起こして、両膝に肘をつく。

「じゃ、どうすんだよ。脱出すんのか。どうやって?」

「うん。脱出の方法を考えたい……けど、あの、おとなしくしていれば助けが来るかもしれないんだ」

 一爽は今朝見た夢のことを虹太に話した。

「まじで? お前、仲間がいるの? プラチナベビーズの支援者か?」

 虹太は目を輝かせている。

「いや、俺もよくわからない。お前さ、こういう感じの女の子知らないか?」

 一爽は手で、夢の中に出てきた少女の髪形を示した。

「こういう頭で。背が低くて、コミュ障っていうか、内気な感じで愛想なくって……」

「ほかに特徴は?」

「うーん。あ、そうだ、名前がミオ」

 虹太は顎に手をやって記憶をさぐっているようだ。

「それ、ひょっとして……プラチナベビーズの空田澪(そらたみお)か?」

「その子、プラチナベビーズなのか?」

 質問を質問で返されて、虹太は、はあ、と小さくため息をついた。

「校内で見たことないか? お前と同じ二年生で、能力は、『思念伝達(テレパス)』深層心理に働きかけることができるって言われている」

「その空田澪は、自分の意思で他人の夢の中に出てくることができるのか?」

 虹太は首をひねった。

「夢の中に……? いや、そこまでは知らねーな。俺ら監視者の間でも能力の詳細については、極秘扱いだしな。でもお前とはプラチナベビーズ同士だし、俺たちとは違うチャンネルで交信できる、とか?」

「助けに行くから、それまでおとなしくしてろってその子が夢の中で言ったんだよ」

 虹太は半信半疑という顔になった。

「うーん、じゃ、もうしばらくおとなしくして、その助けを待ってみるとするか」

 再びソファに寄りかかって目を閉じた。

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