第一章 実験庭園へようこそ5
※ ※ ※
永友優吾は、葉月一爽を訓練場の視察用ボックス席に閉じ込めたあと、監視者本部へ向かっていた。訓練場とは地下通路でつながっている。
八十人収容の本部執行室は、大学の講義室のようなつくりで、段差のついた座席で囲まれたすり鉢状になっていた。普段はミーティングに使われる場所だが、今はまばらに生徒がいるだけだった。みな監視者として契約している生徒だ。
「ヒューミント隊、永友優吾、葉月一爽の連行を完了しました」
入口で、声をあげて部屋の中央を見た。つきあたりにはプロジェクターのスクリーンを背にして、長机がある。ひじ掛け付きの大きな椅子は、管理官が座る席だ。六脚並んだ椅子は、今は全て空になっていた。
「ヒューミント隊の浅井管理官は?」
周囲の生徒に声をかける。直属の上司に一爽のことを報告しなくてはならない。
「今、研究棟の会議室にいる。上層部で会議中だ」
「まだやってるのか」
優吾は壁の時計を見上げた。おそらく議題は、プラチナベビーズ弥生真尋を逃がした春待太一の処遇についてだろう。
なんとなく監視者の生徒たちも、そわそわして落ち着かない雰囲気だ。
「武装隊の連中の姿が見えないけど、なにかあったか?」
すでにどこかで戦闘が始まったのではないかと、優吾は少し心配になった。
同じヒューミント隊のひとりが、不思議そうな顔で優吾を見た。
「お前、まだ狩野隊長のメッセージ見てないの?」
「え? 狩野隊長?」
優吾は戸惑う。二年の狩野遥馬(かのうはるま)は副隊長だったはずだ。
「春待隊長の代わりに今は、狩野遥馬が暫定隊長ってことになってるんだよ」
優吾は、あわてて制服のポケットからタブレットを出した。
監視者の通信用アプリに、新着メッセージをしめす赤いエクスクラメーションマークがついていた。さっきまで一爽を連行していて確認することができなかったのだ。
内容を確認する。届いていたのは動画メッセージのようだ。
発信者は狩野遥馬。
元隊長の春待太一は運動神経抜群で、体格もよく、体育会系らしいリーダーシップがあった。狩野遥馬は、春待の横に影のように控えているナンバーツーだった。冷静で頭がよく、高校では選抜クラスに所属していた。はじめから素質に恵まれていた春待より、努力でのしあがった狩野のほうを支持する生徒は、監視者内部にもたくさんいた。
画像の狭い四角形の中にいる遥馬は、防弾用のスーツに大型拳銃のショルダーホルスターを装着していた。蛇のように引き締まった体形だ。
優吾は三角形の印をタップしてメッセージを再生した。
「学徒隊の新しい隊長、狩野遥馬だ。今、学徒隊監視者の全員にこのメッセージを送っている。急で申し訳ないが、各人この画像を見て、今後実験に参加するか判断してほしい。
現在、各隊の管理官は、春待元隊長の処遇をめぐって会議中だ。春待元隊長は負傷して本土の病院に入院中だが、彼はけっして俺たちを裏切ったわけじゃない。プラチナベビーズ弥生真尋にだまされて利用された。彼はこの実験の被害者だ。
しかし、管理官たちは春待元隊長を契約違反として処分し、戦闘に対する契約金を支払わない方針だ。あと数時間後に会議が終われば、これは決定事項となるだろう」
そこで遥馬は言葉をきった。瞳にある静かな怒りは、自分たちを裏切ってプラチナベビーズを逃がした春待本人へのものだろうか。それとも、彼を裏切り者として切り捨てようとしている管理官たちへのものだろうか。
「俺たちにとってこれは、到底納得できる判断ではない。そこで俺たち武装隊は、トゥエルブファクトリーズの管理官をこの島から一掃することに決めた。彼らは会社の利益を優先するあまり、俺たち監視者への契約金の支払いを拒む傾向がある。
俺たちはもう彼らを信用していない。武力行使により、この島に駐在する管理官およびトゥエルブファクトリーズ社員を一掃し、俺たち学生の手でこの実験を継続する」
島の管理職の大人たちが一室に集まっている今は、千載一遇の好機なのだ、と遥馬は説く。そして、この島から全ての大人を追い出し、今後は自分たち十代の監視者だけで、業務を遂行するという。
この島には監視データ取得のための情報網が敷かれている。それをネット回線を通じて海外にいるトゥエルブファクトリーズ幹部に送り、契約を遂行すると説明した。
「この計画が成功すれば、今後は海外にいるトゥエルブファクトリーズ幹部と直接取引をすることになる。君たちはどうする? 契約金をあきらめるなら、一般の生徒たちに紛れて本土へ逃げてくれ。橋梁の監視にあたる隊員には知らせておく。しかし、君たちがプラチナベビーズと交戦を行い、契約金を手に入れたいと望むなら、今後は俺の下で働いてもらうことになる。さあ、選んでくれ」
監視者の生徒たちの間に、武装隊の反乱の兆しは密かに伝わっていた。
危険な訓練を強いられてきた武装隊では、管理する大人への不信感が募っていたようだ。それでも金のためにみんな我慢してきた。
しかし、管理官たちが春待への契約金の支払いを留保したことで、信頼関係に決定的な亀裂が入ってしまった。
ずっとあたためられてきた生徒たちの謀反が、この混乱に乗じて実行されるというのだ。
動画の中の遥馬の目には敵意が燃えていた。『子供だと思って侮るなよ。俺たちは、お前たちに使い捨てられる駒じゃない』そう管理官たちへ宣戦布告しているようだ。
優吾はタブレットから顔をあげた。
ヒューミント隊のひとりが、お前はどうする? と問いかける目でみつめていた。
考えるまでもない。すでに答えは決まっている。
「俺は残る。金を持って帰らなきゃ、俺は家に戻れないんだ」
「そうだよな」
目の前の生徒は、仲間が増えてうれしそうだった。
「それで、今、武装隊は会議室へ向かってるのか?」
「そう。研究棟で会議をしてるから、そこへ突撃するらしい。管理官たちが抵抗しなければ、武器で脅すだけっていう話だけど」
遥馬ならきっと成功させるよ、と生徒はわくわくするような顔で言った。
一爽とともに過ごした平凡な高校生活が、優吾の脳裏を一瞬夢のようにかけめぐった。
すでに賽は投げられたのだ。もうこの島が日常に戻ることはないだろう。
「……とうとうこの実験に、終わりがくるのか」
自分の気持ちに区切りをつけるように、優吾は声に出してつぶやいた。
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