第四章   沈まぬ太陽2

   ※   ※   ※


 理央を見送った一爽はリビングに戻った。テーブルに置いていたタブレットを手に取ると、新しいメッセージが届いていた。

 見たことのないIDはおそらく弥生真尋だろう。アイコンにしている写真は、カゴの中の白文鳥だ。

 メッセージの内容は春待のタブレットの起動用パスワードだった。

 もうひとつ、こちらは見慣れたIDからメッセージが届いていた。虹太だ。

虹太「大丈夫か?」

 優吾の亡くなった時間帯に近かった。彼も、ミナトタウン前の交差点で起きた事件を知っているのだろう。監視者の無線を傍受していたのかもしれない。

虹太「返事は気が向いたらでいい」

 虹太はしばらくしてから、ふたつ目のメッセージを送っていた。

 二つのメッセージの前には、昨夜のメッセージが再び表示されている。

虹太「俺は、たぶん、お前と永友が和解するところが見たいんだ。監視者とプラチナベビーズ。他人の都合で対立構造をつくられてしまったお前らが、どうやって絆を取り戻すのか、それを見届けたい。だから頑張れ、一爽」

 とたんに、もう目玉から絞れるだけ絞ったと思った涙が、またじわっとわきあがってきた。誰かから優しくされるたびに自分が弱くなっていくような、不思議な感覚だった。

一爽「俺は大丈夫だ。生きてる。今は類の家に戻っている」

 とりあえずそれだけ打った。

 類がソファのほうから、一爽の様子をちらちらとうかがっている。

 タブレットが震えた。

虹太「安心した」

 早い返信だ。今まで心配させていたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。次の言葉を打ちこむ。

一爽「お前、もう本土に脱出できたのか?」

虹太「いや、まだ島内にいる。心配してたんだ。お前があれで自暴自棄になってないかって」

一爽「いや、むしろ、しっかりしなきゃなって思ってる。俺ももっといろんなこと考えなきゃいけないなって。ここは誰かが正解を教えてくれる世界じゃないんだ。自分で知って考えないと。『情報を持ってないと、狡猾なやつらの食い物にされる』ってお前が言ってたのは本当だったんだなって、やっとわかりかけてきたんだよ」

 虹太の返信を待たずに続けた。

一爽「俺たちの敵は監視者じゃない。俺たちを戦わせようとしているトゥエルブファクトリーズだ」

虹太「そうだな。でも、奴らと戦うのは不可能だぞ。島にいた管理官たちはすでに遥馬が追い払っているし、もともと奴らだって中間管理職の捨て駒みたいな連中だ。トゥエルブファクトリーズ幹部は今、海外でこの実験を見守ってるはずだ。安全な場所でね」

一爽「それでもいい。俺たちは必要なものを彼らから奪取できればいいんだ。監視者の子たちが約束された金。そして、プラチナベビーズが将来にわたって搾取されない生活。それらが手に入ればいい」

虹太「どうやって?」

一爽「それを一緒に考えてくれないか、虹太」

虹太「まあ、俺にできることなら」

 たのもしい情報源の言葉に、一爽はひとりほくそえんだ。

 いつのまにか、頭痛は感じなくなっていた。

一爽「水渓澄人っていう中学生に会ったけど。トゥエルブファクトリーズの連中は、どうしてあんなひょろい子供を兵士として使うんだろう。そんなことで実験データをとって意味あるのか? どうして監視者は生徒ばっかりなんだ」

虹太「いや、大人の監視者もいるよ。病院にいた小児科医だってそうだったろ」

一爽「でも、武装隊って狩野遥馬が隊長なんだろう? あいつも俺たちと同じ高校生だろ。虹太が言うとおり、これが兵器データをとるための実験なんだったら、なんでわざわざ高い金払って、あんな素人の学生を雇うんだ?」

虹太「プラチナベビーズはみんな十代の子供だからな。学校に潜入して行動を監視するには、同年代の学生を仕込む必要があったんだろ。それにトゥエルブファクトリーズが、十代の子供を兵器実験に参加させる理由はちゃんとある。

 戦争が職業軍人たちの領域――特殊なプロフェッショナルの世界だというのは、先進国で軍備にお金をかけられる少数の国の考え方だ。世界には十代の子に兵役のある国もたくさんあるんだよ。

 ここで彼らを短期間のうちに兵士として養成し、最新の兵器を使わせたことは、すごく貴重なデータになるだろう。それに、お前だって見ただろ。この国の子供たちだって、それなりの報酬さえ積まれれば、ああやって忠誠心の厚い兵士になるんだよ」

一爽「俺は澄人と話して思ったんだけど、金はもちろん大事な要素だ。けど、彼らにとっては動機のひとつに過ぎないのかもしれないなって。監視者の組織に居場所ができてしまうと、もう引き返せないんだろうな。寂しい思いをした子供たちの望むものが、あそこには揃っているんだ、きっと」

虹太「金以外に望むもの?」

一爽「仲間とか。使命とか。信頼関係とか。きっと、そういうものがないと、人は人らしく生きていけないんだ」

 だから澄人はあの場面で、命を捨てても仲間をとる、と決断したのだろう。

 考えこんでいるのか、しばらく虹太からの返信は来なかった。

 数分の間をおいて、タブレットが鳴った。

虹太「そうか。あの子たちの目標はさ、最初はきっと俺と同じで、プラチナベビーズと戦ってお金をもらうことだった。でもその背後にある願望は――本当の願望は、人として扱われること。生きたかった人生を生きること、だったのかもしれないな」

 本当の願望。

 ふと、一爽の心に、真尋のヒステリックな声がよみがえった。

『私は、自分が本当に望むものなんて見たくないんだ』

 ミナトタウンで、はじめと遊んでいたとき、一爽の手を握るのを拒絶したときの台詞だ。はじめが、一爽の能力でアイスクリームが見える、と無邪気に喜んでいたときだ。

 一爽は、自分の手のひらをみつめた。

 真尋の言ったとおり「本当に望むものを相手に見せる能力」それが自分に与えられた力だとすれば、この能力の使い道はなんなのだろう。

 ――アイスクリームが見えるだけのクソみたいな能力。

 一爽は、類にそう嘆いた。

 しかし、一爽は今、自分がなにか大事なヒントを握っているような気がしていた。そんな希望をおぼろげながら感じていた。

 GIVEN(ギヴン)。与えられし者。自分はそんな偉そうななにかにはなれない。選ばれた者でも特別ななにかでもない。

 そんな自分がするべきこととはなんだろう。

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