第四章   沈まぬ太陽3

一爽「あ、あとそういえば、澄人が気になることを言ってたんだ。この島はメガフロートなんだって」

虹太「え、知らなったのか? ここは海底まで地続きでつながっている島じゃなくて、海面に浮かんでいるでかい浮島なんだよ」

一爽「だって、今まで海が荒れても、揺れることもなかったし……」

虹太「島の沖三十メートル四方は消波ネットがはりめぐらされて、波の力で簡単には揺れないようになっている。ただ、実際には少しは揺れてると思う。潮の満ち引きに合わせて、海抜も少しずつ上下しているはずだ。ただ、浮体そのものが大きすぎて、俺らが感じてないだけなんだよ」

一爽「海へ流されて行かないのか?」

虹太「潮流に流されないよう海底に打ち込んだフックにケーブルで係留されているんだ」

一爽「いやでも、まず、こんなでかいものが本当に海に浮かぶのかよ?」

 にわかには信じられず、いまだ狐につままれたような気持ちでいる一爽に、虹太は「ちょっと待て」と送ってきた。

 数分すると、容量の大きな画像データが送られてきた。

虹太「一般にはあまり知られていないけど、海に囲まれたこの国は、この方面の技術にすごく長けているんだ。羽田空港新滑走路設置が取りざたされた時には、埋め立て工法ではなくこのメガフロート工法が検討された。その後、横須賀沖で一キロメートル級の実証浮体が建造され、軍事用機体による離着陸試験が行われた記録がある。この時のデータによって、四キロメートル級のメガフロートを建造し空港として利用可能だと報告されている。

 さて、この島の外周道路の道のりが六キロちょいだから、島の直径四キロくらいか? ぴったりこのデータに一致するとは思わないか」

一爽「なるほど、それで、これがその設計図ってことか」

 一爽は送られてきた画像データを開いてみた。この島の建造を請け負った神田造船からトゥエルブファクトリーズへ送られたファイルのようだった。監視者のデータベースから虹太が盗み出してきたものだろう。

 濃い緑色の画面に白い線で描かれた3D図が浮かび上がる。全体像は巨大なキノコが傘を広げたような形をしていた。平べったくて軸の短いキノコだ。

一爽「この図の丸い傘みたいな部分が、海上に出ている島の表面ってことでいいのか」

虹太「そう。海上に出ている面は楕円形だ。これは建物をつくる前の段階、メガフロートの土台の部分を表している。

 これによれば、この海中に伸びている軸みたいな部分は、おおまかに分けて三つの階層に分かれている。最上層は物流のための大型倉庫や、監視者の施設に利用されている。中層に島のインフラ整備のための発電機、給水施設、下水処理施設があって、最下層は必要に応じて海水を入れて浮力を調節するバラストタンクになっている」

 中層部分を拡大すると、海底ケーブルがつながっていることが確認できた。虹太はこれを脱出路として目指しているのだ。

 虹太の説明と照らし合わせながら、一爽は設計図のデータのソースをもう一度確かめてみた。作成者は神田造船。日本企業だ。設計責任者には神田菜月、とある。

(日本企業?)

 意外な感じがした。トゥエルブファクトリーズ傘下の外国籍企業ではない。神田造船にメガフロートの設計と建設を依頼したのは、トゥエルブファクトリーズではなく、プラチナベビーズの人権擁護団体のほうなのだろうか。

 プラチナベビーズの人権擁護団体を構成しているのは、類の実父である吉住耕一を中心とする支援者たちだ。プラチナベビーズが普通の子供たちと同じように社会の中で生きていくことを切望した人たちだ。とすれば、神田造船もプラチナベビーズを支援する一派、と考えていいのだろうか。

 一爽は考えてみた。もし支援者たちが虹太や類のように、トゥエルブファクトリーズのもくろみに気がついていたらどうだろう。救いの神に見えた出資者の、本当の目的に気がついていたら。この実験島で兵器開発の実験が行われ、プラチナベビーズが、その特異な性質のために仮想敵として利用されることうすうす知っていたのなら。彼らはそれを黙って見ているだろうか。

(そんなはずはない)

 いざという時のために、逃げ道を用意するのではないだろうか。プラチナベビーズの保守回線しかり、なにかそういった秘密のしかけを、島の中に用意してくれたのではないだろうか。

一爽「お前、ここで兵器実験が行われてるって話しただろ? 新しい兵器の実践データをとる実験をしようとしてるって」

虹太「ああ」

一爽「でも、武装隊の子が持ってる拳銃やなんかは、すでに製品化されてる既存の武器だよな。わざわざここで試す必要があるか? そりゃ、対プラチナベビーズって意味はあるかもしれないけど」

虹太「新しい兵器だってあっただろ。俺ら、理央さんに目の前で実演してもらったじゃんか」

一爽「理央の持ってるガウスガンだな。でも、今のところあれだけだ。あれを使うためにこの島全体を作ったんだとしたら、ちょっと大げさすぎないか? 費用がかかりすぎている」

虹太「プラチナベビーズの監視実験っていう建前を守るための必要経費だろ?」

一爽「なぜ、兵器実験にプラチナベビーズを巻きこまなければならなかったんだろう。たとえば、ガウスガンの射手には強化モジュールが必要だ。強化モジュールの技術には、プラチナベビーズ弥生真尋の能力が利用されている。プラチナベビーズの能力に依存した兵器の開発と実用化は、たしかにこの島の研究所でなければできなかっただろうな。でも、それは、ガウスガンだけなのか? それだけのために、トゥエルブファクトリーズは島ひとつ作ったのか? お前が言うとおり本物の戦争が起これば、その投資費用は全部回収できるのか?」

虹太「なんでそう思う?」

一爽「ガウスガンは、特殊な射手を必要とする扱いの難しい銃器だ。専門射手の澄人が感染症であんなふうになった時点で、もう失敗作なんじゃないかってことだ。あれでは実用化は難しいだろう。でもそれじゃ、商売にならないんだろ? まだほかにも開発されているものがありそうだ」

虹太「ガウスガンや強化モジュールは、成功例の理央がいるから、失敗ってことになるのかはわからないけどな。ただ……俺もちょっと気にはなっていたんだ」

一爽「心当たりがあるんだな」

虹太「わからない。そいつの開発は途中で止まっている」

一爽「それはなんだ」

虹太「荷電子粒子砲」

一爽「要フリガナ」

虹太「カデンシリュウシホウ」

虹太「ちょっとは自分でもググってみろよ。SFアニメとかで、ビーム砲って名前で出てくるおなじみのアレだよ。トゥエルブファクトリーズはアレをこの島で実用化する計画を作ってたみたいなんだ。でも、幹部用の極秘資料扱いでさ。二重施錠されたデータを二日間かけてパスワード解析して、出てきたのはなんか作成途中みたいな中途半端な文書だけだった。がっかりしたよ。もったいつけやがって」

一爽「やっぱり、ガウスガン以外の計画があったんだな。ビーム砲って今の科学で作れるもんなのか?」

虹太「架空の兵器ではあるけど、同じ原理ですでに実用化されている例はあるんだ。ガン治療に取り入れられた重粒子線治療がそれだな。安定していて加速がかけやすい重粒子を材料に使い、それらに加速器(アクセラレーター)で加速をかけ、ねらった患部にあてるっていう」

一爽「なるほど、じゃあそれを、兵器に応用するのも時間の問題だったってわけか」

虹太「いや、無理だ。まず安定した粒子をたくさん集めることそのものが、地球上ではすごく難しい。そしてそれを一定方向に加速するには、とんでもない電力と、バカでかい装置が必要になる。ここを技術的に補うものがなければ、実用は不可能なはずだ。だからこの計画も途中で頓挫してるんじゃないかと俺は思う」

 粒子をたくさん集めて……その言葉に、一爽の心臓は不穏に騒ぎだした。空気中から粒子をたくさん集めて固形化する。そういう能力者はたしかにプラチナベビーズにいた。しかも、彼は安定して能力を発揮できる。問題は、彼は自分の能力を軍事利用することに絶対に同意しない、ということだけだ。

 荷電子粒子砲の開発。この計画は、虹太が言うように本当に頓挫したのだろうか。ひょっとすると、虹太のような監視者にアクセスされることをおそれて、詳細データの保管場所を変えたのではないか。そのくらいの極秘事項として扱われているのではないか。

 類に直接聞いてみるべきなのか、一爽は迷った。

虹太「俺は今、ゴミ処理施設の管理棟にいるんだ。このあと、この地下にある発電所から出てるケーブルをたどって、海中ケーブルのトンネルをみつける予定だ。ひょっとすると、もうタブレットの電波は届かないかもしれない」

一爽「わかった。脱出の成功を祈ってる」

虹太「俺がうまくいったら、絶対に連絡する」

一爽「待ってる」

 頭のいい虹太なら、きっとやり抜くだろうと一爽は思った。

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