第二章 絶対の平和主義者4
※ ※ ※
夕食はハンバーグだった。
一爽と類がリビングに戻ると、理央と澪がすでにダイニングで大きな鍋に湯を沸かして、レトルトのハンバーグを温めてくれていた。
ダイニングの奧がカウンターキッチンになっている。カウンター脇の通路は広く、シンクと作業台は類のために低く作られている。
作業台にはすでに四人分の皿が用意されていた。
「ごめん、手伝うよ」
類が声をかけると、
「いいよー。大事な話があるんでしょ」と訳知り顔で理央が微笑んだ。シンプルな水色のエプロンをして、きびきびと動いている。
炊飯器からは湯気が出ていて、ご飯を炊く匂いがひろがっていた。
さっきまでのことが全部嘘のような平和な光景だった。
温めたハンバーグに、ゆでたブロッコリーと人参の付け合わせ。ご飯と生野菜のサラダ。調理実習のような雰囲気で、高校生四人で食卓を囲む。
「あの、理央が俺を助けにきてくれたとき、監視者の子に、俺を地下の射撃場に閉じ込めてるのはフェアじゃないって言ってたけど」
一爽の疑問に、類が丁寧に答える。
「うん。この島の監視映像は全て記録してあって、監視者と擁護団体の双方が見られるシステムになってる。プラチナベビーズが不利にならないようにするためだ。監視者の子たちは武装しているが、それはあくまで自分の命と一般市民を守るためだ。プラチナベビーズのほうから危害を加えないかぎり、彼らは手を出せない。そういう協定なんだ」
理央は口の中のものを、ごっくん、と飲みこんで話に参加した。
「でも、あの射撃場の映像は擁護団体側に公開されてないの。あそこは地下で窓がないし、防弾、防音の部屋だし、外からは何が起きてるかわからない。どんなズルされるかわかんないでしょ」
類が難しい顔になった。
「射撃場を建設したとき、あそこだけは監視者たちの聖域にされちゃったんだよね。トゥエルブファクトリーズの企業秘密もあるからってことで」
「プロトタイプ01の射撃実験もあそこでやったんだよ。だから、私や澄人くんが酷い目にあった映像は残ってないの。『不可抗力の事故でした』って、管理官たちに言われればそれっきり。葉月くんもそういう目に遭ったら嫌だなあって私は思って」
「理央ちゃん、つらい記憶のある場所に行って、偉かったね」
ふいに澪が口を開いた。となりに座っている理央をねぎらう。
「澪ちゃん、ありがと」
たしか澪は一爽と同い年だった。理央から見たらひとつ年下だが、なんだかこのふたりは立場が逆転しているようだ。
「逃亡しているプラチナベビーズの女子はまだみつかってないの?」
一爽は類に現状をきいた。
「うん。僕も本土にいる擁護団体の人たちも、島内の画像を見て捜索してくれてるけど、手がかりはない。本人からの連絡もないし。発信機は外されていて、いまのところタブレットの使用記録もない」
澪が、フォークを置いて小さく咳払いした。
「真尋は、春待とかけおちしたんだよ。ふたりは両想いだったから」
「かけおち? 本当に?」
理央が目を丸くした。
「澪、真尋の心にアクセスしてくれたのか」
「ううん。今はできない。真尋が心の中で私を拒絶してるから。でも、私はずっと前から知ってた。知ってたけど黙ってた。ごめん。でも、それは真尋のプライベートで、私が勝手に暴いていいことじゃないから」
澪は真面目な顔で言った。
「今は? いいのか」
類が優しく問いかける。
澪は少し迷うような顔をしてから、ためらいがちに言った。
「わからない。でも私も真尋が心配だから。今は彼女の手がかりが必要でしょ」
「真尋はこのあとどうするつもりなんだろう?」
「青鬼になる」
澪の返答に、類の顔がこわばった。
「それは、あれかな『泣いた赤鬼』の青鬼?」
澪はこっくりとうなずいた。
「なに?」
類は一爽のほうに顔を向けた。
「『泣いた赤鬼』って昔話があるだろ。赤鬼は人間と仲良くしたい。でも人間は怖がって近づいてくれない。赤鬼が親友の青鬼に悩みを打ち明けると、青鬼は人間をいじめにいく。赤鬼は怒って青鬼をやっつける。守ってもらった人間は赤鬼と仲良くなる。青鬼は赤鬼の前から姿を消す。そんな話だ。それを僕らがやろうって話なんだ。プラチナベビーズの誰かひとりが人間の脅威になって戦う。残りのみんなは人間の味方になる。そしたら残りのみんなは人間との間に信頼関係が作れて、晴れて共存できる」
一爽はすっと背筋が寒くなった。
「それって……プラチナベビーズの誰かひとりが、悪役として犠牲になるシナリオなんだな」
類はあわてて首を振った。
「この計画を最初に考えたのは僕だ。僕は自分が青鬼になればいいと思ってたんだ。僕が悪者になって一生檻に入って暮らせば、残りのみんなは自由な人生を生きられる。そういうふうに考えていた時期もあったってことだ」
澪が淡々と言った。
「真尋はその計画を知ってて、自分が青鬼になろうとしてるんだよ」
「ダメだろ、そんなの」
一爽は即座に否定した。となりにいる類の顔をのぞき込む。
「俺は理央から、吉住類は平和主義者で、誰の生命も犠牲にしないで解決するってきいたから協力しようと思った。俺らはそれを目指すんだろ? だったら類も真尋も、犠牲になんてなるなよ。そういう方法を考えよう」
「一爽、正解」
澪が、相変わらずにこりともしない顔で褒めてくれた。そして子供を叱るように類に言う。
「類、自分の気持ちを間違えちゃだめ。自分を信じられなくなるよ」
「澪にはかなわないな」
類がふわりと表情をゆるめた。絶え間ない自責の念に、一瞬許されたような顔だ。
「どんなに大事にしても命は有限。いつかは失われる。私たちは悔いなく生きることしかできない。信じたとおり生きることが、命を活かすってことでしょ」
澪は現代文の朗読のような調子で言うと、再びフォークを握って、皿の上の人参を突き刺した。
類は気をとりなおしたように、話を続けた。
「監視者たちは、本当に真尋を武力制圧する気なのか、やるとしたらいつなのか、僕はそこを確かめたいんだ」
理央が長いため息をついた。椅子の背もたれによりかかる。
「遥馬や武装隊の子たちは、たぶん真尋を悪者にしたいんだと思うよ。しっかり者だった春待隊長を、真尋が誘惑してたらしこんだんだってことにしたい。そうすれば、あの子たちはリーダーの春待くんに裏切られたんだって思わなくて済むからね。それに『全部真尋が悪かった、春待くんは被害者だった』ってことにすれば、春待くんに契約金が支払われるはずだから」
「春待はケガをして本土の病院に搬送されたって、優吾は言ってたけど」
一爽の言葉に、理央はうなずく。
「そう。気の毒だよね。でも契約金がちゃんと支払われれば、もうこんな危ない仕事に戻らなくてもいい。安心して暮らせるから」
にっこりと微笑み、それからまた眉根を寄せた。
「でも……そのお金のことで、遥馬は管理官たちともめてるわけだけど。監視者の子にとっては、春待くんのことは他人事じゃない。プラチナベビーズと戦って大ケガしても約束のお金がもらえないなんてことになったら、みんなやってられないでしょ」
一爽にも、監視者の組織で内紛が起きていた事情がわかってきた。
類が、ティッシュで口元を拭いた。
「トゥエルブファクトリーズの管理官たちは、監視者の生徒たちをもっと簡単に利用できると思ってたんだろうな。彼らに持たせた武器の銃口が、いつか自分たちに向くなんて思っても見なかったんだろう」
軽蔑を含んだ口調だった。
一爽は監視者の側にいる優吾のことを思って、暗澹たる気持ちになった。
監視者の生徒たちは、そこまでして確実にお金が欲しいということだ。そういう子にとっては、今の状況は待ち望んでいた絶好のチャンスなのだ。プラチナベビーズとの戦闘に参加すれば、まとまった契約金が手に入る。ずっと訓練してきた武装隊の子などは、いよいよ腕が鳴る、というところだろう。
真尋が「人間に仇なす青鬼」を演じようとしているなら、彼女は恰好の標的になる。
優吾は戦闘に参加するだろうか。相手が友人の一爽でさえなければ、優吾はあの小型拳銃で人を撃つことにためらいなど感じないのだろうか。
それが弟のためだから?
そのために多少の犠牲はつきものだから?
「世の中は不公平にできているんだから、こんなことをするのも仕方ないんだ」と返り血を浴びて寂しく笑うのだろうか。
考えたくない、と思った。
そんなことは考えたくない。
優吾は、ずっと彰吾の優しい兄でいてほしい。面倒見の良い優等生で、周りの人に迷惑をかけられない苦労性。そんな優吾が好きで、友人としてずっと傍にいたのだから。自分の願いを叶えるためになにをしてもいい、なんて考え方は優吾らしくない。
「このあと、遥馬に交渉して真尋との戦闘を食い止めよう。うまくいくかはわからないけど、今僕にできるのはそれだけだ」
類は残りの三人を安心させるようにそうまとめて、フォークの背に白いご飯をすくいあげた。
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