第二章 絶対の平和主義者3
「俺は……俺はなにができるのかな」
一爽はつぶやいた。今、類が列挙した能力はなんだかみんな凄そうだった。自分にはその片鱗も感じたことはない。
類は好奇心に満ちた顔を向けている。
「君は『能力未知』の一爽だ」
「未知?」
「うん。君はこの島で監視されてるんだけど、今のところ変わった能力を報告されていない。でも、どうかな。外側に現れてないだけで、実際は何か自覚がある?」
一爽の心に何かがひっかかっていたが、これだけ知識のある類にうまく説明する自信がなかった。
「いや……なんか。能力ってほどのものでもないし。ていうか、俺って、できそこないってことなのかな? プラチナベビーズとして」
「とんでもない。君は僕らのエースだ。切り札だよ」
類はまぶしそうに一爽をみつめている。
「……ぜんっぜん話が見えないんだけど」
「うん、話を続けよう。誕生した当初、プラチナベビーズはその存在を知られていなかった。僕らは普通の赤ん坊として育てられていた。
そして、ある日事件が起きる。当時小学二年生だった少年がありえない方法で人に重症を負わせてしまったんだ。彼は超能力者としてテレビ番組の取材を受けることになっていて、その関係者と言い争いになり、相手をビルの窓から落としてしまった。
事件の一部始終は番組制作会社のスタッフたちが目撃していた上、カメラにもおさめられていた。彼の能力はどう検証してもトリックには見えなかった。
立て続けに、産婦人科病院で出産中に謎の爆発事件が起こった。綿密に調査されたが、火災原因はみつからない。そうする間にも今度は小児科病院で同様の事故が起こった。
共通する条件は、前の事件のときに生まれた赤ん坊がその部屋に存在していること。そして、そこで初めて子供たちの存在そのものへ疑惑の目が向けられた。
その結果、導き出された答えが『プラチナベビーズ』。つまり希少な遺伝子を保有した子供たちの特殊能力だった。
産婦人科の記録からすぐに、妊娠中の感染症との関連が疑われた。条件に合う疑わしい子供たちはDNA検査が行われ、五人のプラチナベビーズが見つけだされた。
政府につきつけられた問題は、彼らをどう裁くかということ。彼らを人間社会で受け入れられるかどうか、人間として認められるか、ということだった。
そこで、国際弁護士を生業としている僕の父親が、プラチナベビーズの親やその周辺の人々、支援者を募り、人権擁護のための団体を設立した。プラチナベビーズは人に危害を加える恐れがあるから危険だと訴える科学者たちと戦い、政府要人との粘り強い交渉を行って、ある途方もない提案を実現させた。
それがこの島だ。この人工島ハーバーガーデンで、僕らプラチナベビーズは周囲の人から監視を受けながら、一般の人々と同じように暮らす。僕らがみんなと同じ『人間性』を持ちあわせていることが証明されれば、僕らは晴れて人として人権と戸籍を得られる。そういう行動観察実験が行われることになったんだ」
「それで、なんにも知らされてないのは俺だけだったってことだろ?」
ため息まじりに一爽がたずねると、類は少し困った顔になった。
「怒らないで冷静にきいてほしい。ここに住む一般市民は君がプラチナベビーズだということを知らなかった。知っていたのは、監視者とその管理組織。そして支援者だけだ。そう、君のご両親も支援者だ。
僕はこの島の事情に明るいが、そもそも立案者の息子だし。それに、僕は早くから自分の能力に気づいていてプラチナベビーズだという宣告も受けていたからね。君はまだ能力みつかっていなかったから、それを本人に告知することが許されてなかったんだ。
できる限り自然な姿を観察するため、本人への告知は最小限にとどめるように定められていた。だから、ご両親でさえ伝えることができなかった」
一爽は、自分には何も知らせずに、この島におくりとどけて行った両親の苦悩を思った。
「でもそのおかげで君は、今まで余計なことに悩まず、のびのび学校生活を楽しんでこれたんじゃないかな?」
類の声には少しだけ羨望の響きがあった。
「だってね、五人のプラチナベビーズの中で、一番問題なく周囲にとけこんで学校生活を送っていたのが君なんだ。ていうか、周囲と摩擦を起こしていないのは僕らの中で、もう君だけと言ってもいい。
さっきも言ったけど、君は僕らのエースだ。希望の星なんだよ。それに研究者の視点から見ると、君は進化過程のミッシングピースだという見方もある。人間とプラチナベビーズの進化の途中にいる存在。プラチナベビーズでありながら人間でもある存在。
君のことがもっと解明されれば、僕らが突然変異の化け物ではなく、人間の延長線上にいる者だと証明されるかもしれない」
なにも知らないでいることは幸せ――これだけ知識を集めた類が一爽にそう言うのは、なんだか皮肉めいていた。
類も、一度はやっきになって「自分がまわりの人間と変わらない理由」を求め、それを裏付ける論文を求め、学術書を読みあさった時期があったのかもしれない。
「まあ、もちろん君の能力がこれから目覚める可能性は充分にある。そして、死ぬまで目覚めない可能性もある。どっちが幸せかな?」
「類はどう? 能力があるのとないのと、どっちが幸せだった?」
「僕に能力がなかったら、君とはこうして出会えなかったかもね」
類は理性的に笑いながら言い、そして急に視線を自分の膝あたりに落とした。
「でも本当は……無いほうがよかった」
自分の脚をみつめて少し寂しそうに言った。
GIVENであることは、どうやらあまり類を幸せにはしていないようだ。
一爽は今まできけなかったことをきりだした。
「あの、一緒に生活するなら、きいておいてもいいか? 類は、今、たまたまケガをしてるのか? それとも……」
「僕が歩けなくなったのは小学二年生の時」
小学二年生、と口の中で繰り返す。
「覚えてるかい? さっきの話。プラチナベビーズとして最初に事件を起こした小学二年生っていうのは、じつは僕なんだ。あの頃はまだ、うまく能力をコントロールできなかった。事故を起こしたときに自分もケガをして、両脚の神経を傷つけてしまったんだ」
「治るんだろ?」
「さあ、どうかな」
一爽が身を乗りだすと、類は力なく笑った。
いや、治るはずだ、と一爽は思った。
でなければ理央はどうなる? 失った手足さえ復活させる技術がこの島にはあるのだ。理央の手足の動きは並の人間よりもスムーズだった。
その技術がなぜ、類の足には応用されないのだろう。裕福な吉住家なら、息子にその治療を受けさせるのが当然なのでないだろうか。どうして類は今も車椅子の生活を続けているのだろう。
一瞬疑念がわいたが、すぐに頭から追い出した。難しい医療技術のことは自分にはわからない。そういう治療には、なにか特別な条件があるのかもしれない。
「そっか。じゃあ、手助けがいるときは遠慮なく言ってくれ。俺は、そういう介助とか慣れてないから、言われないとわからないと思う」
一爽がさばさばと言うと、類はくすぐったそうに笑った。
「ありがとう。でもたぶん大丈夫だよ。僕の場合は脚が使えないだけで、腹筋も背筋も使えるし、室内なら腕の力で移動もできる。排泄障害もない。この家は僕が暮らせるように父が考えて建ててくれた家だから、キッチンで料理も出来るし、トイレも風呂も一人で行ける。わりと普通に生活できるんだ」
「わかった。これから、よろしく頼む」
椅子にかけたまま律儀に頭をさげた。顔をあげると、類は少しだけ深刻な顔つきになっていた。
「……一爽、僕が十一年前に愚かな事件を起こしたせいで、プラチナベビーズのみんなが差別され、危険視されるようになってしまった。僕はこの過ちを取り返したい。君たちに人権が認められるようにして、こんなバカげた実験を終わりにする。だから君にも協力してほしい」
右手を出され、一爽は椅子から立ち上がってその手を握り返した。色白のほっそりした手だが、始終ハンドリムを転がすためか、親指の付け根あたりにタコができて皮膚が硬くなっていた。
じっと一爽を見上げる類は、育ちの良い知性的な顔をしていた。髪はもともとくせっ毛なのか全体的に柔らかなウェーブがかかっていて、それがとてもよく似合う。
――プラチナベビーズはみんな兄弟のように思ってる。
さっきは「選民思想のようだ」と思ってしまったが、類の本質は、強い責任感にあるような気がした。
幼い頃の自分の失態を取り返すために、彼は情報を集め、仲間を守ろうとしてきたのだろう。
「僕は、かならず君たちを人間にする」
たのもしく言いはなつ類の言葉に、一爽は微妙な違和感を覚えた。
なぜ類は「君たち」と言うのだろう。なぜ「僕たち」と言わないのだろう。
「類、それは」
一爽が問いかけたとき、
「あ……」
類の視線が、不思議そうに一爽の顔でとまった。しばらくそこをじっとみつめていた。そしてあわてて周囲を見まわす。
「何?」
「あ、いや、なんでもない」
類は我に返ったように左右に頭を振ったが、一爽はくいさがった。優吾が相手のときにも感じていた違和感だ。
「何か見えるのか? 見えるんだな。それって、俺の能力じゃないかって思うんだ。俺が体に触れると、たまに相手に何か見えるみたいなんだ。それってなんだろう」
類はそれを聞いて少し考え、やがて言った。
「今、僕は一爽と同じ目線で会話してた。本当は見下ろされてるはずなのにね。ほとんど同じ高さに君の顔があった。僕は……立ってたんだ」
一爽は腕を組んだ。
「うーん。それってどんな能力だ」
「少し考えてみよう。もっと他の例を集めれば何か手がかりになるかもしれないね」
類は考えこみながら言った。そして喜びと悲しみの入り交じった複雑な表情になった。
「君の能力なのかな? でも素敵だった。一瞬でも、見下ろされない位置にいて嬉しかったよ。君にはあんまりこういう気持ちはわからないと思うけど」
無理に笑っているような類の顔を見ると、一爽の心は、ずきりと痛んだ。
一爽は一瞬、車椅子のかたわらにひざまずいて話すべきかと考え、思いとどまった。彼が望んでいるのはきっとそういうことではないのだろう。
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