第三章 孤独な少年たち6
「一爽くん、『泣いた赤鬼』って民話知ってる?」
一爽はうなずいた。類の言っていた青鬼計画を真尋は話した。
「人間と仲良くなりたいんだけど、どうしても怖がられてしまう赤鬼がいてね。その友達の青鬼がわざと粗暴なことをして嫌われ者になる。そしてそれをいさめた赤鬼は、人間たちの味方として歓迎される、っていうのがだいたいの筋。
吉住類は小学生の時にこれをやろう、って思いついたらしい。プラチナベビーズの中から、一人青鬼役を作って、人間達を脅かす。そして、残りのみんなが人間の味方をして戦えば、きっと人間に有益な存在として受け入れてもらえるようになる。そういう筋書き。たぶんね、類はその時、自分が青鬼になるつもりだったんじゃないかな。自分を責めていたんだと思う。一度人を傷つけてしまい、みんなに迷惑をかけた自分を。
そして、類は空田澪っていうプラチナベビーズの能力を利用して私にこの計画を知らせてきた。澪は『思念伝達』って言われているけど、彼女の能力はそれだけじゃない。眠っている間に他人の意識の中に入りこめるの。でも、私はずっと協力を拒んできた。一人を犠牲にして残りのみんなが楽しく生きるなんて、私には賛成できなかった」
真尋はそこで大きな目を見張った。泣きたいのをこらえているように見えた。
「でも、それしか方法がないなら、それでもいいかなって。そのかわり、犠牲になるのは私じゃなきゃいやだって、そう思った」
「それが、ほんとにうまくいくと真尋さんは思ってるんですか」
真尋は優吾の前からベンチに戻り、腰をおろした。ホルスターが重たげな音をたてた。
「他に方法がないなら、仕方ないでしょ。昔は、もっと他の解決があるんじゃないかって思っていたけど……。でも、私たちの行動観察実験の合格基準てなに? 私たちが人間だという決め手はなんなの?」
一爽の予想はあたっていた。ゴールのないマラソン、真尋はそれを終わらせようとしている。
「無い、でしょ。ただ、減点方式で監視を続けているだけ。政府は、私たちの人権について、ただ決定を先延ばしにしているだけ。この問題にきちんと決着をつける気はないのよ。誰も責任をとりたくないから。それでも擁護団体はこの実験にすがるしかない。
しかもトゥエルブファクトリーズが出資してから、この実験の目的は変わってしまった。プラチナベビーズを仮想敵として戦う軍事演習の場になってしまった。ただ、攻撃の理由が欲しいから、ひたすら私たちを監視しているだけだよ」
吐き出すようにいって、真尋は息をついた。
「だったらこっちだって、捨て身で戦ってやろうじゃん。私だって本当はこんな計画嫌いだ。青鬼っていう存在が出てきた途端に、今まで嫌ってた赤鬼にすり寄る人間なんて嫌いだ。共通の敵ができたとたんに仲良くなるなんて、イジメの構図みたいじゃん。『一緒にあいつやっちゃおうぜ』って決まるとすぐ結託する。
でもさ、考えてみて。これって少年漫画なんかによくある共闘シナリオなんだよ。どうしてもかなわない第三勢力が現れた途端に、今まで敵だった奴と手を組んで戦おう、みたいなの。
それがみんなにとって共感しやすい筋書きだっていうのなら、それを演じてみてもいいんじゃない? それでみんなが納得して、『プラチナベビーズって本当はいい奴だったんだね』ってなれば、めでたしめでたしじゃない?
結局、私たちが手を取り合うために必要なのは、平和主義の思想や博愛の精神なんていう綺麗なものじゃなくて、共通の敵なのよ。戦闘さえあれば、君たちは報酬を稼げるんだし、データがとれればトゥエルブファクトリーズだって実験を続ける必要がなくなるし。みんなが幸せになる結末を、最低限の犠牲で手に入れようって提案なんだよ」
「それを……あなた一人の死によって?」
真尋はうなずいた。
「ダメですよ」
反射的に一爽はそう叫んでいた。
実験が成功したあとは、本物の戦争が起こる、と虹太は言っていた。真尋が考えるように、単純にハッピーエンドが迎えられるだろうか。
「俺たちは、本当に戦うしかないんですか? そんなわけない」
一爽は、優吾をはさんで真尋に向き合う。
「あなたと優吾の関係性がその答えだと俺は思います。人間の科学力でどうにもならない部分を、プラチナベビーズの能力が補う。それでよりよい未来を目指す。俺たちは協力しあえるんじゃないですか? 人類が結束して戦わなきゃならない敵は、すでに身近にいると思うんですよ。移植医療の問題もそうですし、環境問題とかも、きっとそうなんじゃないですか」
真尋はため息をついた。
「正論だね。でも正しいだけじゃお金は稼げないよ。未来をよくする技術とか、そういうものはてっとりばやくお金にならないから。世間の人が未知の技術の価値を認めるには、余裕が必要なの。監視者の子たちは経済的に追い詰められていて、そんな余裕はない。だから、とにかくまずお金。それも間違ってないと私は思う」
「でも、目先のお金に追われるせいで、不幸が増幅されているように俺には思えます」
真尋が泣きそうな顔で怒鳴った。
「だって、それがこの世の真理でしょ? この島で、『みんなの命が大事』とか言ってる平和主義の旗振り役が、大金持ちの類っていうだけで、もうお察しって感じ。そういう理想や正論は、衣食住に困らない人にしか言えないことなのよ」
真尋の強い語調に、はじめが、びくっと体をすくませた。
その様子を見て、真尋は続く言葉を飲みこみ、深いため息をついた。
「……感情的になってごめん」
そして虚空をみつめ、途方に暮れた顔でつぶやいた。
「一爽くん、私たちを本当に分断しているものはなんなんだろうね。ちょっとした遺伝子の違い? 生まれつきの貧富の差? それとも過去の事故にまつわる恐怖や憎悪? どうすれば、そういうもの乗り越えて手を取りあえるの?」
一爽は考えこんだ。沈んだ心に、ふと優しい光を帯びて輝く少女の姿が思い浮かんだ。髪の長いラバースーツ姿の少女だ。
「たとえば狩野理央。彼女もお金がなくて監視者になった人です。でも今は、類の味方になってくれている。お金よりも、弟や仲間の命が大切だって思い直してくれた。理央のような人もいますよ」
「ああ、理央か。人は良さそうだよね。でもあの子、感情優位って感じ。見た目より頭良くないでしょ」
真尋は同学年だった理央を知っているようだ。
「頭が良くなくても、俺は理央の考え方が好きです」
一爽は真剣な顔で真尋に断言した。
そしてふとある疑問を思い出した。
「あ、そうだ。俺も、真尋さんにこれ、きいてみたかったんですよね」
一爽は理央のことで思い出した。
「なに?」
「トゥエルブファクトリーズは、真尋さんの力を使って、理央と澄人を治療したじゃないですか。どうして、類の脚は治さないんですか?」
「ああ。あれは……そういう契約だから。トゥエルブファクトリーズと擁護団体とのあいだの」
真尋は言葉をにごした。
「類を歩けなくしておくことが、ですか?」
「私もあんまり詳しくはわからないけど、私と同じように類の能力も、いつか研究に利用されるのよ。そのときに必要な人工の神経回路が、あの子の脚に埋め込まれているから」
ずい、と一爽に顔を近づけて、耳元で言った。
「だからね、一爽くん、類を盲目的に信用するべきじゃないって私は思ってる。結局はあの子もまた、トゥエルブファクトリーズとの契約に縛られているんだから」
ぎくりとした。類はあの上品な顔で、一爽や理央に隠していることがあるのだろうか。しかし、彼のそばには澪がいる。澪がそういった事情に気がつかないなんてことがあるだろうか。
いや、澪はわざと黙っているのかもしれないな。と一爽は考え直した。どの場面で重要なことをうちあけるか、澪はいつも慎重に考えている。
真尋はふっきれた顔で、あでやかに笑った。
「でも、私はもう自由だから。もうこの世になんの未練もない。だから『青鬼』になれる。死ぬことは恋の成就でもあるんだ。あっちで彼も待ってるから」
一爽は優吾と顔を見合わせた。
どうやら、真尋には重大な事実誤認があるようだ。
一爽はおそるおそるたずねた。
「すみません……真尋さんの彼って、つまり、春待太一さんですよね」
真尋がぴた、とかたまっていたが、小さくうなずいた。
「真尋さん、春待さんのタブレット持ってますよね。それを使って、ここの監視カメラの映像が監視者側に届かないように、なにか細工してますよね。だからここに隠れていられたんですよね」
真尋がはじめて一爽に対して、畏怖に似た表情を見せた。
「すごいね、そこまでわかってるの。私、葉月くんをみくびってたのかな。……君たちも、私が彼をだました、とか、おとしいれた、とか思ってる?」
震える声で問いかけてきた。
優吾が、優しい声で説明する。
「いいえ。そういうことじゃなくてですね。あの、ちょっと誤解があるみたいで……春待さん、死んでないです。まだ生きてますよ」
ごく、と真尋の喉がなった。驚愕に目が見開かれる。
「うそ……だって。あの時、私をかばって肩を撃たれたし、そのままむちゃな姿勢で三階の窓から飛び降りて……」
「右肩貫通射創と、両膝の複雑骨折で全治三ヶ月の重傷です。本土の病院に搬送されました。でも、命に別状はないはずです」
真尋が両手で口元を覆った。まるで奇跡を見たように目を見開いている。下まぶたに大粒の涙が盛り上がってきた。こらえようとしているのか、それでも肩はひくひく震えて止まらない。
「……よかった……」
そう言ったあとは言葉にならず、ひたすら涙をこぼした。
「……私が……巻き込んでしまった……私が……彼の運命を変えてしまった……」
赤いワンピースに水の染みた点ができ、いくつもいくつも重なっていく。
「あの……もう一度、春待さんに会わなくていいんですか? このまま真尋さんが死んじゃうなんて、必死であなたを逃がした春待さんにとって、あんまりじゃないですか?」
一爽が問いかけると、真尋がいっそう苦しげに喉を詰まらせて泣きだした。
「あー、お兄ちゃん、泣かしちゃったー」
気がつくと一爽の目の前に、はじめが立っていた。
「お姉ちゃんを泣かしたー」
「はじめくん、これは俺が泣かしたんじゃないんだよ」
「ほんと?」
はじめは真尋に近づき、下の方に首をねじ曲げて顔をのぞきこんだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
真尋は両手で目を覆ったまま何度もうなずく。
泣かないで、泣かないで。
そう言いながら、はじめは小さな手を伸ばして真尋の頭を何度もなでた。
「お姉さんのことは、少しそっとしておいてあげよう」
一爽は優吾とともに、はじめをうながして催事場の前のベンチを出た。
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