第21話 惨劇の始まり (残り98名)
「はぁ!? H乳牛が死んだ!? なんで?」
シュンケルは混乱の極みにいた。
あたりを包み込む異様な感覚。不安と恐怖とが濃厚に交りあった気配が漂っている。
慌てて本部の外に飛び出して、周囲のパニックを知った。
さらには、H乳牛が死んだと、スタッフから報告を受けた。
ほかにも雛原乙希という女性が亡くなったらしい。
彼女のことはよく覚えていた。
目を奪われるような、見目麗しい容姿。
絶対に口説いてやる、と狙っていた。
「いったいどうなっとるねん!」
「おい、シュンケル! 死人が出たらしいぞ! どうする!?」
やまだ天気とハイジンが声を荒げた。
夜昼寝も、声こそ出さなかったが苛立たし気に爪を噛んでいる。
「知るか! くそっ! 何が起きてる! 誰か説明しろ!!」
「──呪蓋が降りた。ヒガン髑髏の呪詛が発動したようね」
ボブカットの陰気な女だった。
黒革のジャケットにミニスカート、ジャラジャラと鎖のついたロックな格好をしている。
こう見えて彼女は、もしものために雇っていた霊媒師だ。
名前を、如月葉月という。
「呪蓋!? なんだそれは!?」
「簡単に言うと、呪詛の真っただ中にいるってこと。人が死ぬほどの呪い。本物のヤバい呪憑物が混じっていたようね」
「おまえは霊媒師だろ!? なんで気づかなかった!!?」
「私が合流したのは今日なんだけど? ギャラを渋ったのはそっちでしょ?」
「シュンケルさん! ハイジンさん! ヤバいっすよ!! 参加者が押し寄せてます! もう止められません!!」
スタッフの緒方が、泣きそうな声で言った。
「運営出て来い!!」
「死人が出てるんだぞ!!」
本部のある運動場には、たくさんの参加者が集まっていた。
すでに乙希とH乳牛が死んでいることは、みなに伝わっているらしい。
「こっちも混乱しとるんや! 騒いだってどうにもならんやろ!」
やまだ天気が叫ぶが、火に油を注ぐ行為でしかなかった。
「命懸けのデスゲームだと知ってたはずだろ!? 今更文句言うなよ!!」
ハイジンも強気で言い返すが、すぐに怒りの声にかき消される。
こいつら駄目だ、とシュンケルは思った。
基本は炎上と煽りで飯を食って来た連中だ。
そもそもYouTuberに、場を治めるような気の利いた発言ができるはずがない。
「警察呼べよ! 馬鹿なのか!!」
「スマホ使えるようにしろ!」
「車の鍵を返せ!!」
ゲームの運営上、22時までは10キロ先の基地局へ無線で飛ばす小型中継端末の電源は落としていたし、勝手な行動を制限するため、車の鍵も預かっている。
「こいつらの言うとおりにしろ!」
「おい、シュンケル! 企画を駄目にする気か!?」
ハイジンが胸倉を掴んできた。
「馬鹿か!? 人が死んでんだぞ!? もう無理に決まってんだろ!?」
小型中継端末の電源が入る。
「警察にはウチから連絡する!」
電波が確認できるや、やまだ天気がスマホを耳に当てた。
「もしもし、警察か!? ウチらは──」
ふと、やまだ天気の声が止まった。
シュンケルは違和感を覚えたが、それが明らかに異常であることを理解するのに、数秒程度かかった。
「おい、どうした?」
「う…、し…」
「はぁ?」
やまだ天気が奇妙な声を漏らす。
その目は、どこか遠くを見ていた。
「ろ~の…」
参加者たちも、やまだ天気の違和感に気づいたらしい。
怒りの声が収まっていき、言葉少なく、やまだ天気の様子を窺っていた。
「しょうめん~」
ああ、とシュンケルは思った。
この歌はアレだ。かごめかごめ。だけどなぜ、急にこんな歌を?
「だあれ?」
その声に合わせて、やまだ天気がゆっくりと後ろを向く。
「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!!」
やまだ天気が、途端に奇妙な笑い声をあげた。
笑い声をあげながら、首がさらにゆっくり振り向いて行き、
ゴキッ!!
冗談かと思うくらい大きな音がして、やまだ天気の首が360度回転した。
そのままバタリと倒れる。
悲鳴が爆発した。
蜘蛛の子を散らすようにとは、このことを言うのだろう。
「もしもし警察ですか!? 助け──」
何人かの参加者が、逃げながらも電話をかける。
けれども、どこかへつながった瞬間、ピタリと動きを止めて、
「う~し~ろの…」
「スマホだ!! スマホを使うな!!」
いち早く参加者が条件に気づき、声をあげる。
けれどもそのときには、何人かがすでにスマホを使用しており、「かごめかごめ」を唄ったあと、全員がやまだ天気と同じ死に方をした。
「うわぁあああああああああああ!!」
「ひぃいいいいいいいいいいいい!!」
パニックが爆発する。
悲鳴と悲痛な泣き声が、異様な空気を作り出す。
日本人は混乱時にも、順番を守り礼儀正しく並ぶことができるというが、あれは嘘だ。
本当の意味で命の危険がせまれば、パニックになって我先にと逃げ出す。
「どけ! 邪魔だ!!」
いつもは眠そうな声で話す夜昼寝が、声を荒げる。
そして運営スタッフ兼運転手の笹渕の腕を掴むと、近くに止まっていたライトバンに乗りこんだ。
「早く出せ!!」
シュンケルはその意図をすぐに悟った。
「待ってくれ! 俺も乗せてくれ!!」
ふと、微動だにしないハイジンが気に止まる。
「乗らないのか?」
「俺はいい」
シュンケルは、はっとなった。
この惨状。放っておいて逃げ出したら、炎上は免れない。
いや、死人が出た以上、ただでは済まないが、真っ先に逃げ出した者とそうでない者で、明暗が分かれてしまうだろう。
迷った時間は一瞬。
けれども、その時間は、ライトバンが発進するには十分な時間だった。
「待ってよ!!」
叫んだのは運営スタッフの蜜蜂花子だった。
4人のスタッフのうち、場所が悪かったのか、乗り遅れたのは彼女だけだった。
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