第24話 天元健三郎

「全員動くなっ! 死にたくなかった動くんじゃねぇ!!」

 天元健三郎(髭)は大声で叫んだ。

 声の大きさには自信がある。

 逃げ出す足がなく、途方に暮れていた参加者たちの多くが、こちらを見た。

「あんた何言ってんだよ! 逃げなきゃ死んじゃうでしょうが!!」

 如何にもギャルといった感じの、阿久津未来が吠えてきた。

「逆だ! 逃げたら死ぬんだよ!」

 健三郎の言葉に、未来は目をパチクリとさせる。

「向井と岡森! だったな! ちょっと話がある!」

 

 やがて、向井慎太郎(オカメン)と岡森麗奈(オカメン)が恐る恐るといった感じで姿を現した。

「さっき、雛原乙希のテントの前で、呪いとか条件とか、そんな話をしていたな! 俺には何が起こってるか分からねえ! だけど、これが異常な現象ってことは理解できる! 何か知ってることがあるのなら教えてくれ!!」

 向井と麗奈は顔を見合わせた、やがて口を開こうとし──。


「わ、わざとらしいんだよ!!」

 切り裂くような女の声が割って入った。

 血走った目に神経質そうな女。忽那来夏という名前だったと記憶している。


「何がだ?」

「本当は知ってんでしょ!? だって普通逃げるじゃん!! 逃げなかった時点で、これがこういうものだって知ってた!! あんただけじゃない!」

 来夏はほかの参加者も指で指して叫んだ。

「逃げようとしなかった、あんたら全員怪しいんだよ!!」

「だから、何がだよ!!」

「うっせぇえええ! 誤魔化そうとすんじゃねえ!!」

 来夏が髪を振り乱して叫んだ。

 駄目だ、コイツ、と健三郎は匙を投げた。


「忽那さんの言うとおりだと思います」

 静かな声が投げかけられた。

 夜闇の中から現れたのは、真壁浩人(イケメン)だった。

「忽那さん。あなたは何も間違っていない。全部正しいと思います」

「え? あの…」

 突然のイケメンの登場と、全肯定の言葉に、来夏が動揺の色を見せた。

「おい」

 健三郎が咎めるように声をかけるも、真壁はウインクで答える。

 任せてくれ、という意味だ。


「忽那さん、あちらの子供を見てください」

 真壁の示す方向には、4人の子供がいた。

「彼らはバスで参加したため、逃げられなかった人たちです。あんな子供がすべてを知っていると思いますか?」

「え? いや…それは…」

「僕も忽那さんと同じ考えで、正直信用できない人ばかりです。ですが、ほんの一部ですが、巻き込まれて事情を知らない人たちがいます。敵と味方を知るためにも、あの人たちにまずは話をさせてはどうでしょうか?」

 真壁が、向井と麗奈の話を聞くよう来夏を説得する。

 なるほど、否定から入るのではなく肯定から入り、理性で物事を判断させ、結果的に自分の誘導したいほうへ誘導する。

 なかなか面白い奴だな、と健三郎は感心した。


「ヒガン髑髏の試練だと!?」

 向井たちの口から語られた衝撃に事実に、健三郎は眩暈を覚えた。

 健三郎がこの企画に参加した理由は、単純に金が欲しかったからだ。

 若い頃から人生はギャンブルだと考えていた健三郎は、稼いだお金はすべて新たな金儲けの種へ投資していた。

 浮き沈みはあったものの、結果、50歳になって貯金はゼロ、日々糊口を凌いでいるような状況だ。

 十年前に妻には逃げられ、今年大学に入るという娘にも会わせてもらえない状態だった。

 そんな折り、「娘の大学の費用を出してほしい」と妻からお願いがあった。

 中途半端な時期となったのは、向こうにとって最後の手段だったからで、それは健三郎にとって汚名返上のラストチャンスでもあった。

 任せておけと答えたものの、健三郎に財力はなく、お金を貸してくれるところもなかった。

 あるとすれば、闇金。そのリスクを、健三郎は当然理解していた。


 そんなときだ。

 道を歩いているときに偶然、このデスゲーム企画のことを知ったのは。

 いろんな金儲けの話に飛びついてきたから分かる。7日過ごすだけで100万円。ボロい商売だ。

 しかも応募数は、さほど多くないらしい。

 おそらく、こういった企画に飛びつきそうな、金がなくて時間だけはあるオッサンは、そもそもYouTubeなんて見ないからだろう。

 向こうもそれを知っているためか、夏休みにタイミングを合わせたようだが、「7日間スマホ使用不可」という条件は、若者には不人気だった。

 結果、健三郎は当選し、この訳の分からない状況に巻き込まれていた。


「お前ら! なんてヤバいもんを企画しやがったんだ!!」

 健三郎は、まるで他人事のように向井たちの話を聞いていたシュンケル(YouTuber)と、蜜蜂花子(運営スタッフ)を怒鳴りつけた。

「知らねえよ! 俺たちだって今初めて知ったんだ!」

「嘘だ!! じゃあなんで7日に変更したの!? ヒガン髑髏のこと知らなくて、そんな偶然ある!?」

 来夏がヒステリックに叫ぶ。

 シュンケルたちは、H乳牛(YouTuber)やハイジン(YouTuber)のせいにして、知らぬ存ぜぬを押し通した。このままでは埒が明かない。


「なあ? この中に、そのヒガン髑髏の啓示を受けた人がいるってことか!?」

 大学生の荒木望が、周囲を見回しながら、非難するように言った。

 シュンケルたちに向けられていた視線が、ばらける。

「啓示を受けてきた奴は誰だよ!! 正直に手を挙げろよ!!」

 咎めるような空気に、誰もが戸惑っていた様子だったが、最初に手を挙げたのは、小学生の清明だった。隣にいた母親の愛が、驚いたように目を見開いている。知らなかったのだろう。

 清明が手を挙げたのを皮切りに、至るところで手があがりはじめた。


 そのほとんどが、オカルトコミュニティのメンバーだった。

「じゃあ、おまえらは人が死ぬって知ってて参加したのかよ!!」

「人が死ぬとか思っていない! そりゃ、危険かもっては思ったけど!」

 望の言葉に、畑中由詩(ポニテ)が反論する。

「危険と思っていたのなら止めろよ!!」

「あんただって参加してんじゃん!!」

「嘘だ!!」

 叫んだのは、来夏だった。

「ヒガン髑髏から才能を受け取れるのは7名のみ。最初から人を殺すつもりだったんだ!!」

 ざわざわとした動揺が周囲に走る。

 向井たちの説明では、そんなことを言っていなかった。

 それが本当なら、7名に残りたい者は、ほかの93名をどうするのだろうか?


「いや、それはデマだ! ヒガン髑髏は7日生き残った全員に才能をくれる!」

 反論したのは向井だった。

「デマ!? いい加減なことを言わないで! 私は調べたんだから!!」

「僕もその情報は知っている! SNSで流れていたから! でも、根拠はない!!」

「証拠はあるのかよ!?」

 別の誰かも入って来て、侃侃諤諤の激しい議論が交わされていく。


「ちょっと待ってくれよ!!!」

 切り裂くような叫び声に、一瞬、みんなの言葉が止まった。

 須賀義昭(フリーター)だった。

 後で知ったのだが、車で逃げようとした彼は、小山大吾(大学生)に車を奪われ、恋人も一緒に連れ去られてしまったらしい。

「だったら逃げた連中はどうなったんだ?」

 最初、誰もその意味が理解できなかった。

「才能がもらえるのが7人でも全員でもいい!! 途中で逃げ出した人間はどうなるんだ?」

 おいおい、まさか…。

 健三郎はぞっとなった。

 外部と接触を持とうとスマホを使用した連中は、みんな呪い殺されてしまった。

 だとしたら──。


「うわあああああああああ!!」

 義昭がパニックになり走りだす。

 外に出ようとした恋人の安否が気になるのだろう。

「待て!!」

 そんな彼を、近くにいた白川哲也(マッチョ)が取り押さえた。何人かが同じように、義昭を取り押さえる。

「離せ! 離せよ!!」

「頼むから落ち着いてくれ!」


 場が混乱してきた。どうすれば良いのか?

「おい、イケメン。どうしたら、いい?」

 健三郎は真壁に訊ねた。

 この中で頼れるのは、この男しかいない。

「まずは、朝まで待ちましょう」

「朝まで!?」

「まあ、それが良いだろうな」

 同意してきたのは、金髪の篠田武光だ。


「少なくとも条件を踏まない限り、僕たちは無事です。それに外に逃げた人たちが無事ならば、朝になれば警察が来ると思います。僕たちがリスクを冒す必要がない」

「なるほどな」

「それと勝手なイメージですが、朝になれば、呪いの力って弱まりそうなので…」

「呪蓋の中なんだろ? 実際、どうなんだ?」

 篠田が疑問を口にする。

 答えてくれそうなのは向井たちだったが、オカルトコミュニティの面子は、来夏たちと激しく議論している最中だった。


「先生なら知ってるかも!?」

 叫んだのは、蜜蜂花子だった。

「先生?」

「如月葉月先生です。もしものときのために雇った本物の霊能力者です」

 全員の息を飲む音が聞こえた。

 本物の霊能力者。この状況で、こんなに頼りになる存在はいない。

「どこにいる?」

「ええと…。先生! 如月先生!!」


「うっさいわね。聞こえてるわよ」

 暗闇から現れたのは、露出の多い、如何にもロックバンドのコンサートから帰って来ました的な若い女だった。霊能者というイメージからは程遠い。

「ああ、あんたが…」

 姿は何度か見たことがあった。

 運営側にいたので、スタッフのひとりだと思っていたが、霊能者だったとは…。


「で? なに?」

「朝になったら、この呪蓋って弱まるんですか?」

「そりゃそうよ。だけど、条件を踏めば即アウト。まあ、大人しく朝まで待つほうが得策ね」

「それで? どうやったら俺たちは助かる?」

「知らないわ」

 葉月は他人ごとのように言った。

「はぁ? おまえは専門家じゃなのかよ!!」

「専門だから知らないって言ってんの!」

 訳が分からなかった。


「あのね。映画監督よりも、映画オタクのほうがたくさん映画を観てたりするんだよ。漫画家よりも漫画オタクのほうがたくさん漫画を読んでんだ。わかる!? 私は除霊の専門家だ。仕事で忙しいし、空いた時間は自分を高めるための修行をしている。単純な情報だったら、暇な時間をすべてネットに使えるオタクのほうが強いんだよ!」

「つまり?」

 真壁が辛抱強く尋ねる。


「ヒガン髑髏のことなんて、今日初めて知った」

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