第23話 ハイジン
(嘘だろ? 俺、死ぬのかよ…)
ハイジンは、涙の滲む視界で、真っ黒な空を見上げていた。
「おい、大丈夫か!?」
シュンケルの悲痛な声が、遠くから届いてくる。
けれど、何かしゃべろうとするも、声が出ていないようだった。
校舎の中へ戻ろうとした矢先、一台の車が突っ込んできた。
シュンケルは避けたようだが、完全に死角だった自分は、車に挟まれてしまったのだ。
もはや痛みを感じない。
致命的な何かが抜け落ちていく。
苦しいはずなのに、苦しいと感じることさえ出来なかった。
(罰が当たったのか?)
ハイジンはまったく神様の類は信じていなかったが、今はそういう世界もあると知っていた。
ヒガン髑髏。
偶然、その呪憑物を手に入れてから、何かが大きく変わっていった。
絶対的な才能。
アンチすらも押し黙らせて、完璧な称賛だけをくれる。
そんな才能を手に入れることも可能だという。
その甘い言葉に、理性を失っていた。
「ヒガン髑髏を発動させるには、4つの呪憑物が必要なの」
あの女は言った。
H乳牛が連れてきた女。
初めて紹介されたときは、H乳牛の恋人としてだったが、今はまるで別人のような豹変ぶりだった。
「いつもは違う自分を演じているの」
女は妖艶に笑った。なるほど悪女だ。きっとみんな騙される。
「ヒガン髑髏を発動できるほどの呪憑物は、ここには3つしかない。あと一つ足りないんだ」
H乳牛が説明する。
いつもは牛の被り物を被った人物しか見ていなかったので、こんな顔だったことが意外だった。
H乳牛のキャラからは、想像できない。
「あと一つ捜せってか? もう企画の告知は出したんだ。リスケするなんて、シュンケルたちが許さないと思うぜ。時間的に無理だな」
「リスケについては、俺からもシュンケルたちに相談する。どのみち3日じゃ、願いは成就しないし、7日に変更する必要がある」
「7日? そんな長期で人が集まるか? 3日が限度だろ?」
「集まるわ。しかも霊能力を持った贄が。ヒガン髑髏を配信すれば、おそらくメッセージを受け取るはず。むしろ、日程を7日にすることで、こちらの意図を汲み取ってくれるはずよ」
女が自信ありげに言う。
確かにただの肝試しなら、高い賞金があるとはいえ、そこまで人は集まらないかもしれない。
だが、「絶対的な才能」が手に入るとしたらどうか?
金では買えないし、勤勉に祈ったとしても決して手に入らない至高の極み。
「人は集まるかもしれない。だが、本物の呪憑物はどうする? 心当たりはあるのか?」
「そこは、コペルニクス的転回で」
女はニヤリと笑った。
「呪憑物がなければ、作ればいいじゃない!」
キンシン袋。
なんでも、仲の悪い実の兄妹の性器を使って作ることのできる呪憑物だという。精通はあるが童貞、月経があるが処女、それが条件らしい。
「人を殺すって事か!?」
「なに? ビビってんの? どのみちヒガン髑髏の発動には生贄が必要なのよ」
「いや、そういうわけじゃ…」
「生きてても意味のないゴミよ。私たちのような未来ある人間が利用すべきだわ」
そうしてハイジンは殺人に手を染めた。
自分とH乳牛、その彼女と、もう一人の女。
計4人で。
ハイジンは新たなメンバーの女に、こう尋ねた。
「あんたはなんの才能がほしいんだ? 人を殺してまで」
「自分のためじゃなく、子供もためかな」
「子供…」
ハイジンは絶句した。
人の親が、命の価値を知っている人間が、殺人に手を染めるのか。
だがすぐに、違う疑問が思考を埋めた。
「才能は他人に譲渡できるのか?」
「知らないわ。ただ、『子育ての才能』があれば、子供を有名大学に入れることも、スポーツ選手にすること、あるいは隠れた才能を見つけ出して、ベストな人生を歩ませることもできると思う」
なるほどな、とハイジンは感心した。
確かに親にそんな才能があれば、子供は幸せかもしれない。
殺人をすれば、自分の精神に何らかの影響があるかと思っていたが、違った。
少しは罪悪感もあるが、意外に平気だった。
映画やドラマなどで、罪を犯して精神に異常をきたす演出があるが、あれは嘘だ。
むしろ、ニュースなので「殺人のあとも普通に過ごしていた」と報道されることがあるが、あっちの方が正解だ。いや、ニュースなので、ある意味そうなのだが…。
人は人を傷つけることに、それほど心理的な抵抗がない。
少し考えれば分かることだった。
だから、この世からパワハラ、セクハラ、イジメは無くならないし、ネットでは平気で人を攻撃する。
戦争で人がトラウマになるのは、自分に死の危険があるからだ。
一方的な「狩り」ならば、人は興奮しか覚えない。
一度殺人をすれば、二度目は全然平気だった。
ヒガン髑髏の発動のため、再び見ず知らずの人間を殺した。
だから、バチが当たったのだ。
このデスゲームで、才能を手に入れるはずだった。
本当に好きな人に振り向いてもらえる才能を…。
(ははっ…。馬鹿だな。俺は…)
ハイジンは意識が閉じる瞬間。
校舎の窓に人影を見た。
それは自分が殺したはずの、目黒朝陽の怨念に満ちた姿だった。
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